第八十九話「血塗れの父」
ルカヴィたちがパレードの広場に殺到してきた。
二十体ほどか。人間の皮を被った化け物たちが、獲物を追って群がってくる。
メルベル・ボムの背中で、先ほど浴びせられた液体が本格的に肉を溶かし始めた。皮膚が焼け、筋繊維が露出する。腹のナイフにも毒が塗ってあったらしい。視界が歪み、足がもつれる。
もう限界だった。
メルベルは最後の力を振り絞って、娘を前方に突き飛ばした。
「走れ!」
「パパ!」
ニイナが振り返る。
「行け!邪魔だ!失せろ!」
鬼の形相で怒鳴りつける。本心ではない。だが、娘をここから遠ざけるには、これしかない。
ニイナは父の顔に浮かんだ激しい怒りに驚愕し、涙を浮かべながら神殿に向かって走り出した。
「嫌だ!パパ!」
その声が遠ざかっていく。
よし、これでいい。
近くで呆然としていた大道芸人から、頼りない長いナイフを奪い取る。芸用の鈍らだが、ないよりはマシだ。
ルカヴィたちが無遠慮に銃を乱射し始める。パレードの観客が悲鳴を上げて逃げ惑う。
メルベルは被弾しながらも、パレードの山車の影に転がり込む。木製の派手な装飾が、弾丸を防ぐ盾になった。
一体のルカヴィが回り込んでくる。
メルベルは炎の法力を拳に纏わせ、渾身の力で殴りつけた。
ゴキリ。
顔面が陥没し、ルカヴィの体が観客席に向かって吹き飛ぶ。悲惨な死体が転がり、家族連れの悲鳴が響き渡った。
「ひぃぃぃ!」
「化け物だ!」
「逃げろ!」
楽しいパレードは一瞬にして地獄絵図と化した。
液体で溶け始めた上着を引きちぎって捨てる。露出した背中は、赤く爛れ、所々白い骨が見えていた。
別のルカヴィが襲いかかってくる。奪ったナイフで首を掻き切る。噴き出す黒い血を浴びながら、そいつが持っていた法石銃を奪い取った。
死体を盾にして構える。重い。だが、これなら戦える。
周囲に散らばっていた神殿戦士たちも異変に気づき、あちこちで戦闘が始まった。
「メルベル様!」
「援護する!」
「民間人を避難させろ!」
戦士たちの声が飛び交う。
メルベルは殺到するルカヴィを次々と撃ち殺していく。法石銃の反動で傷口が開き、血が噴き出すが構わない。
撃つ、殴る、斬る。
もはや人間の動きではなかった。傷ついた獣が、最後の力を振り絞って敵を殺戮していく。
ふと後ろを振り返る。
神殿の大きな扉を、小さな金髪の少女がくぐっていくのが見えた。
よかった。間に合った。
安堵と同時に、膝から力が抜けた。
一方、指揮所では――
「大通りで戦闘開始!」
「メルベルが交戦中!」
「民間人多数、パニック状態です!」
次々と飛び込んでくる報告に、ナブ・エアは即座に判断を下す。
「第三小隊から第五小隊まで、大通りに急行!メルベルを援護しろ!」
「了解!」
「医療班も向かわせろ。あいつは負傷している」
ナブは歯噛みした。やはりメルベルが標的だったか。丸腰の親友が、今頃血塗れで戦っているはずだ。
「イザベラはどこだ」
「まだ発見されていません」
「探せ。必ず近くにいる」
祭りの喧騒は完全に消え、悲鳴と銃声、そして戦いの音だけが街に響いていた。
パレードの広場では、メルベルがまだ立っていた。
周囲にはルカヴィの死体が転がり、黒い血が石畳を染めている。だが、まだ終わらない。新手が次々と現れる。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら、血塗れの戦士は銃を構え直す。
娘は無事だ。
あとは、この体が動く限り、一体でも多く道連れにしてやる。




