表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/94

第八十一話「危険な視線」



メルベル・ボムの家の居間は、若者たちの賑やかな声で満ちていた。


ニイナは手にした甘菓子を見つめながら、内心で溜息をついた。目の前の少年――ガレス・エアをどう扱うべきか、最近悩みの種になっている。


うっとおしい。


しかし父の手前、適当にあしらうわけにもいかない。せっかく手に入れた父の愛情を、ガレスへの態度が原因で失うわけにはいかなかった。


「ニイナ、これも美味しいよ」


ガレスが熱心に菓子を勧めてくる。その視線は明らかに恋する少年のそれだった。


「ありがとう」


淡々と受け取る。悪くはない。甘いものをくれること自体は歓迎だ。ただ、その裏にある感情が煩わしい。


卒業は間近に迫っていた。自分と、忠実な部下――いや、友人と呼ぶべきか――のマヤは、一位と二位で卒業できそうだ。マヤは「自分こそ一番の子分」という顔で、あれこれと世話を焼いてくる。気が利くし、楽だから特に文句はない。


ユナは……まあ、ほどほどの距離感で、たまに遊ぶ程度の付き合いになっていた。


父が期待の眼差しで「友達を家に呼んだらどうだ」と言うから、今日は二人を招いた。彼女なりに精一杯の愛想を振りまいたつもりだ。


「メルベル様のお宅、素敵ですね」


マヤが目を輝かせている。


「本当に……緊張します」


ユナは固くなって、丁寧すぎる挨拶を繰り返していた。


そして問題は、この実の弟――現在の体裁上は、父の友人の息子という立場の少年だ。父との時間を邪魔する存在。どうしたものか。


さらに面倒なことに、マヤもユナも明らかにガレスに好意を持っている。どうぞ好きにしてほしい。自分には関係ない。


一方、メルベルは満足げにその光景を眺めていた。


全てが順調だ。全てが完璧だ。


十五年前、娘がさらわれた。一年前、暗殺者として自分を襲ってきた。可愛い娘の手を、切り落とさざるを得なかった。あの砦でぐったりとしていた娘の姿――


奇跡の連続だった。


今、娘は息子と仲良く土産物の甘菓子を食べ、友人たちと語らっている。ナブという友人がいなければ、この奇跡もなかった。リーナ――かつてのセラフィナがルカヴィから人間に戻ったことも、十六年前にアザリアと出会ったことも、母のことも、全てが奇跡の連続だ。


「昔は、こんな風になるなんて想像もしてなかったな」


メルベルが子供たちに向かって微笑む。


「全てお前のおかげだ」


妻への感謝を込めて、アザリア・イシュタルを見つめた。


「そ、そうね……」


しかしアザリアの表情は硬い。実の息子が実の姉に向ける熱い眼差しを見て、胸の内で警鐘が鳴り続けていた。


これはまずいことになった。


とっとと真実を告げた方がいい。息子が気の毒すぎる。そりゃあ、赤の他人でこんな美少女が――そう、自分にそっくりな美少女がいたら、好きになっても仕方がない。しかし、それは決してしてはいけない恋なのだ。息子が深く傷つく前に伝えなければ。


「ね、今度の都の祭りで、一緒に回らない?」


ガレスが切り出した。


「仕事のシフトが終わったら、街を見て回ろうよ」


「私は父と回るから」


ニイナが即答する。


「ガレス様、私と回りましょう!」


マヤが割って入る。


「え、でも……」


混沌とした会話が続く中、アザリアは密かに通信機を手に取った。ナブの家に連絡を入れなければ。


通信がつながると、ナブの声が聞こえてきた。


『わかっています。もうアルマには話しました。ガレスにもすぐに言います。そこにいるなら、替わってください』


アザリアはガレスを手招きした。


「ガレス、お父様から」


「え?」


ガレスが通信機を受け取る。


『すぐに戻ってこい。大事な話がある』


『ええ?すぐに?わかったよ、帰る帰る……うーん』


通信を切ったガレスは困った顔をした。どうやってデートの約束を取り付けてから戻ろうか。


「あの、ニイナ、また今度……」


「うん、じゃあね」


あっさりとした返事に、ガレスは少し傷ついた表情を見せたが、それでも諦めない。


「絶対また誘うから!」


その必死さを見て、アザリアは深い溜息をついた。


メルベルだけが、息子と娘の「仲の良い」姿を見て、幸せそうに微笑んでいる。この男には、息子の視線の意味がまるで見えていないらしい。


マヤとユナも帰り支度を始める。ガレスと一緒に帰れることに、二人とも嬉しそうだった。


「また来てね」


メルベルが優しく声をかける。


「はい!ありがとうございました!」


若者たちが去っていく。


静かになった居間で、アザリアはメルベルの肩を叩いた。


「あなた、ちょっと話があるの」


「なんだ?」


「ガレスのことよ」


「ああ、いい子に育ったな。ナブに感謝しないと」


「……そうじゃなくて」


アザリアは言いかけて、止めた。どうせこの男に言っても理解できまい。ナブとリーナに任せた方がいい。


ニイナは父の隣に座り直した。やっと邪魔者がいなくなった。これで父を独占できる。


「パパ、リュート教えて」


「お、いいぞ」


メルベルが嬉しそうに楽器を取りに行く。


アザリアは、娘の計算高い笑みを見て、また溜息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ