第八十話「一年後の真実」
季節は巡り、一年が過ぎた。
誕生日の祝い、聖火祭、収穫祭。二つの家族は互いの家を行き来し、子供たちは共に成長していった。ガレス・エアは十五歳になり、神殿戦士として独り立ちし始めていた。任務で家を空けることも多くなった。アルマ・エアも巫女の職務に就き、神殿で働く日々を送っている。
ナブ・エアは居間のソファに座り、妻のリーナ・エアと顔を見合わせた。
「そろそろ頃合いか」
「そうね。もう隠しておける時期じゃないわ」
二人の間には、重い決意が横たわっていた。十五年間守り続けてきた秘密を、ついに明かす時が来たのだ。
ガレスが一週間の任務で家を空けている夕刻、ナブとリーナはアルマを居間に呼んだ。
「座って」
リーナの声には、普段にない緊張が滲んでいた。アルマは首を傾げながら、両親の向かいに腰を下ろす。
「仕事はどうだ?」
ナブが切り出した。
「順調よ。先輩たちも優しいし、もう一人前の巫女として認められてきたわ」
アルマは胸を張る。彼女は昔から自尊心が強く、自信に満ちていた。親の保護下を離れても立派にやっていけるという若い自負。それは平和な時代に育った子供の証だった。
千年の戦いは、こういう子供たちを育てるためだったのだ。豊かな大人になり、豊かな社会を作ってほしい。戦い続けた人々の悲願は、今まさに実を結びつつあった。
「ところで」
ナブが話題を変える。
「ガレスはメルベルの弟子になったんだが」
「ああ……」
アルマは思い出す。一年前、まだニイナが暗殺者だった頃、メルベルが数週間ガレスを鍛えた。それから今日まで、兄は定期的に彼の指導を受けてきた。鉄嵐流の剣を授かる場面も、この目で見た。
確かに、最近は容貌まで似てきたような気がする。背筋も伸びて、すっかり大人びてきた。男には外で修行することも必要なのだろう。
リーナが娘の手をそっと握った。
「これから言うことは、とても大変なことだから。落ち着いて聞いてね」
母の真剣な眼差しに、アルマの顔が強張る。
「な、何?ちょっと怖いんだけど……」
「すごくやばい話?エリドゥのアンデッド浄化作業の、一番危険な場所に飛ばすとか?」
「いや、そうじゃない」
ナブが苦笑する。
「あれはもっとベテランになってからの仕事だ」
「え、一応予定はあるの?」
アルマはげんなりした。
「ガレスのことなんだが」
ナブが核心に近づく。
「ガレスは、俺にも母さんにも似てないだろう?」
「え?」
アルマは困惑した。母の黒髪に似た兄、父の金髪に似た自分。そう信じて生きてきた。当たり前すぎて、最近は話題にすることもなかった。
「そうかな?」
「ガレスとメルベルは、本当に似てきたよな。流派も、考え方も」
「いや、メルベルさんは……なんていうか、崖っぷちの男って感じじゃない?荒くれ者みたいで。兄さんは父さんとそっくりでしょ。安定志向で、勉強ばかりしてるし、音楽とか興味ないし」
しかし話しながら、アルマは異様な気配を感じ始めた。
待てよ。ニイナ……あの少女が、実はアザリア様とメルベルさんの子供だと判明した。それで――
何この話の流れは。
ピンときて、アルマは慌てて耳に指を突っ込んだ。
「なんか聞きたくない感じがする」
リーナが娘の手を取り、優しく指を耳から離した。
「え?ちょっとやめてよ……」
動揺するアルマに、ナブが重い口を開く。
「あのな、俺たちとガレスは……」
アルマは再び耳を塞いだ。
「ちょっと、真面目に聞きなさい」
リーナが叱りながら、また手を外す。
ナブは妻の手を握り、覚悟を決めた。
「ガレスはな、メルベルとアザリアの血を引いているんだ」
アルマは耳を疑った。慌てて耳掃除の仕草をする。
「なに?」
「お兄さんはね」
リーナが静かに続ける。
「十五年前、あなたが生まれる前に、あの二人の家で生まれたの。本当の名前は、ガレス・ボム。メルベルとアザリアの実の息子よ」
アルマの顔から血の気が引いた。
「じゃあ、ニイナと兄さんは……」
「実の姉弟」
リーナが頷く。
「でも、なんで?どうして私たちの家に?」
「十五年前、ニイナが誘拐された時」
ナブが説明を始める。
「まだ赤ん坊だったガレスを守るため、俺たちに預けられたんだ。敵に狙われないよう、別の家族として育てることになった」
「それで双子として……」
アルマの声が震えている。
「お前たちを同い年の双子として育てた。それが一番自然だったからな」
沈黙が部屋を支配する。アルマは頭を抱えた。
十五年間信じてきた家族の形が、音を立てて崩れていく。兄だと思っていた人は、血の繋がらない他人。しかも、あの完璧な金髪美少女の実の弟。
「兄さんは……知ってるの?」
「まだだ。来週、任務から戻ったら話すつもりだ」
ナブの声は重い。
「でも、なんで今?」
「もう大人だ。真実を知る権利がある。それに……」
リーナが続ける。
「これからも家族であることに変わりはないわ。血の繋がりだけが家族じゃない。私たちはあなたを心から愛してるし、ガレスのことも実の息子として育ててきた」
アルマは涙を堪えながら、震える声で言った。
「じゃあ、私は……本当に一人っ子だったの?」
「違う」
リーナが娘を抱きしめる。
「あなたには兄がいる。血は繋がっていなくても、十五年間一緒に育った兄が。それは変わらないわ」
アルマは少し考えてから、意外にもあっさりと頷いた。
「ちょっと……それは、わかったわ。ショックだけど、兄さんは兄さんよ」
両親は安心したような、少し肩透かしを食らったような表情を浮かべた。
「それはいいとして」
アルマが話題を変える。
「ってことは、ニイナと兄さんは実の姉と弟。えーっと、私は立場的に一番下の義理の妹?うん、まあそれはいいの」
しかし、そこで言葉が止まる。
「ちょっと兄さんがね……」
言いにくそうに続ける。
「この前、ちょっと手紙というか……うん」
リーナに嫌な予感が走った。
「どうした?」
ナブが心配そうに聞く。
アルマは深いため息をついた。
「兄さんの名誉のために言いたくなかったけど、ことが終わった後だとややこしくなりそうだから言っておくわね」
両親の顔が青ざめていく。
「兄さん、ニイナにラブレター書いて、プレゼント買いに行ってたのよ」
沈黙。
「ちょっと言うの遅いんじゃないの?父さんと母さん。時間かけすぎよ」
「ガレスの奴、そんなだったか?」
ナブが困惑した声を上げる。
「ちょっとそうなんじゃないかなとは思ってたけど……」
リーナが言いよどむ。
アルマは呆れたように続けた。
「もうなんていうか、家に最初に遊びに来た時にリュート演奏したでしょ?あれでガツンと来たって、私にこぼしてたわ」
両親の顔がさらに青ざめる。
「ちょっと、なんというか……ひどい話になりそう。倒錯的にもほどがあるわ」
アルマは両親を見て、さらに追い打ちをかけた。
「いつ言いに行くか分からないから、今すぐ言った方がいいと思うけど……兄さん、今最後の研修中だっけ?」
「ああ、それが終わったら一人前扱いだ」
ナブが頷く。
「絶対『ガードにしてくれ』ってニイナにプレゼント持って話に行くと思うわよ。すぐに会いに行って呼び戻すか、何かした方がいいわ」
二人は頭を抱えた。




