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第七十九話「チャンバラと歌」



中庭に朝の光が差し込んでいる。


ニイナは右手に綿を巻いた竹の棒を持ち、ガレス・エアと向かい合っていた。左手は傷のせいで思うように動かない。だが、それでも――


五秒もいらないな。


内心でそう呟く。目の前の少年は、以前より基本らしきものを身につけたようだ。自分がこれまで葬ってきた戦士たちと似たような技量。もちろん、そんなことは口には出さないが。


「始め!」


ガレスの声と共に、二人の棒が交差した。ぴしり、と軽い音が響く。


ガレスは必死だった。攻撃と防御を慌ただしく繰り返す。相手はゆっくりと動いているはずなのに、なぜか追いつけない。棒が空を切り、汗が額を伝う。


メルベル・ボムは腕を組んで見守りながら、困ったような表情を浮かべていた。うん、まあ、そうなるよな……


父の視線を感じ取ったニイナは、首を傾げた。これでもまだ足りないの?


仕方ない。もっと丁寧に隙を作らなければ。右手の動きを意図的に遅らせ、防御の構えをわずかに崩す。そこへガレスの棒が吸い込まれるように当たった。


「あ!」


ガレスが驚きの声を上げ、すぐに申し訳なさそうな表情になる。


「ごめん、大丈夫?」


「大丈夫よ。やっぱりガレスは強いわ」


ニイナが微笑む。それは計算された、完璧な笑顔だった。


メルベルは小さく息をついた。まあ、これでいいのだ。ガレスは確かに強い。13歳の頃の自分と比べてどうだろう?いや、当時の自分の方が強かったはずだ。しかし、それは当然のことだった。


自分は文字も名前しか書けず、父から地獄のような特訓を受けていた。ガレスのようにまともな教育を受ける余裕などなかった時代。今の子供たちは恵まれている。


そして時代も変わりつつある。法石を使った銃器が開発され、剣技はますます廃れていくだろう。アンデッドとの戦いの時代は終わった。神殿戦士の装備も近代化され、槍から銃へ、そして銃を搭載した車両まで実験的に作られているという。


次はどんな時代になるのだろうか。人間同士が争う時代?いや、それは今までもそうだったか……


「おお!」


アルマ・エアが歓声を上げた。兄が相手に一撃を当てたのを見て、興奮している。


「お兄ちゃん、強くなってる!」


確かに、あの時は一瞬で倒されていたのに。メルベルの特訓の成果が出ているに違いない。


ニイナはふと思った。父とこの遊びをしたら面白いかもしれない。以前の対決は、自分が父を仇と思い込んで殺しにかかった。結局負けたけれど、この棒遊びならどうだろう?もしかしたら勝てるかも――


棒を持ったまま、父の方を見つめる。今やってみよう、という無言の提案。


しかしメルベルは鋭い視線を返し、わずかに首を横に振った。絶対にやらないからな。


ニイナは内心で舌打ちし、棒をアルマに差し出した。もう飽きた。この鈍重な生き物たちに遊ばせてやろう。


「じゃあ、お兄さんに教えてもらって」


アルマは目を輝かせて棒を握った。


「やった!お兄ちゃん、覚悟して!」


さっそく振りかぶって兄に襲いかかる。勢い余って、振り上げた棒が自分の頭に当たった。


「痛っ!」


「だから言っただろ、落ち着けって」


ガレスが苦笑しながら妹を指導する。その様子を見てニイナは思った。放っておいても自滅しそうだな。


午後になり、大人たちが酒を飲み始めた。メルベルが杯を傾けながら、懐かしそうに口を開く。


「そういえば、昔はよく歌ったもんだ」


「歌ってくださいよ」


ナブ・エアが促す。メルベルは照れくさそうに頭を掻いた。


「じゃあ、『侵略の時代』でも歌うか」


低い声が響き始める。


「乾杯をしよう、若さと過去に

苦難の時は、今終わりを告げる」


ニイナは身を乗り出した。父の歌声は、いつ聴いても心を揺さぶる。アザリア・イシュタルも優しく微笑みながら、夫の歌に耳を傾けている。


「血と鋼の意思で、敵を追い払おう

奪われた故郷を取り戻そう」


ガレスとアルマも静かに聴き入っている。この歌の意味を、子供たちはまだ完全には理解していない。


「ギシュガルに死を!聖女殺しの悪党!

討ち破った日には、飲み歌おう」


メルベルの目に、一瞬遠い日の記憶が宿る。あの血塗られた戦場、仲間たちの叫び声、そして最後の勝利。


「それでもこの地は、我らのもの

今こそ取り戻せ、夢と希望」


歌が終わると、拍手が起こった。


「相変わらず上手いな」


ナブが賞賛する。


「逃亡者だった頃、吟遊詩人として稼いでいたこともあったからな」


メルベルが苦笑する。


「各地を転々として、宿代を稼ぐために歌った。意外と稼げるもんだよ」


ニイナは父の話に夢中になった。逃亡者として各地を旅した父。その旅に自分も同行したい。そういえば、残りの聖火を受け取る巡礼の話もあったはずだ。父と一緒に旅に出られたら最高だ。


またあの腕の中で眠りたい。ベッドではなく、冷たい外気の中で、父の体温に包まれて眠りたい――


「他の歌も聴きたいわ」


ニイナが控えめに言う。


「『臆病者メルベルの大脱走』とか」


メルベルが苦笑いを浮かべた。


「ああ、その歌か。今じゃご禁制の歌でな、酒場で歌うと罰金ものだ」


「どういうこと?」


「当時は人気があってよく歌ったんだが……」


メルベルが歌い始めると、ニイナは珍しく顔をしかめた。聴き進めるうちに、違和感が募っていく。


なんだ、この歌は?


本人が自分の臆病を歌うのもおかしいが、何より父がギシュガルを殺したという話と完全に食い違っている。


「この歌、事実と違うわよね?」


ニイナが静かに問う。


「ああ、当時は色々あってな」


ナブが説明を引き継いだ。


「メルベルに憎まれ役をやってもらう必要があったんだ。裏切り者を炙り出すためにな。その時にこの歌が流行って」


「この歌にはもうけさせてもらったよ」


メルベルが笑う。逃亡中、吟遊詩人として各地で歌い、宿代を稼いだ思い出。


しかしニイナは無表情のまま、静かに言った。


「二度と歌わないで」


その声には、有無を言わせない響きがあった。父を臆病者と嘲る歌など、たとえ策略のためでも許せない。


メルベルは娘の真剣な眼差しを見て、小さく頷いた。


「わかった」


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