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第七十一話「三角の構図」



病院の白い建物から出ると、久しぶりの陽光が肌を刺した。


ニイナは深く息を吸い込む。消毒薬の匂いから解放され、外の空気が肺を満たしていく。最高の気分だった。昨夜は父の腕に縋りついて眠り、目覚めたときもその温もりは続いていた。たった数時間のことだったが、もうそれで十分。思い残すことなど何もない。


病院の前には、護衛の戦士たちがずらりと並んでいた。その中心に、父と、そしてあの女がいた。


アザリア・イシュタル。年上の自分。母。


二人が先に車に乗り込む。ニイナも当然のように続いた。


車内で、アザリアは目の前の少女をじっと見つめていた。瓜二つの顔。いや、顔だけではない。仕草も、表情も、恐らく思考回路さえも。十三年前に失った娘が、こうして生きて戻ってきた。喜ばしいことのはずだが、何か違和感が拭えない。


その時、ニイナが動いた。


メルベルの隣に強引に座り込むと、その太い腕を持ち上げて自分の肩に回させる。そしてアザリアの方を向いて、口の端を僅かに上げた。勝ち誇ったような、挑発的な微笑み。


アザリアの中で何かがピキリと音を立てた。


そうか、そういうことか。もし娘が普通に育っていたとしても、きっとこうなっていたに違いない。この子は私と全く同じ。単性生殖で分裂したかのような、完全な相似形。好みも、性格も、そして好きになる男も――


娘の挑発的な視線を受けて、アザリアの額に青筋が浮かぶ。


『は?いやいや、私は何回その男に抱かれたと思ってるんだ?その結果できたのがお前だろう。私が原作、お前は複製品。私の方が先に愛された。二十年早いわ、小娘が』


視線だけでそう伝えるが、ニイナは涼しい顔で父の腕の中に収まっている。


『これは私のもの。古い方は引っ込んでろ』


そう言わんばかりの堂々とした態度。


「パパ」


ニイナが甘えた声でそう呼ぶと、メルベルの目から涙が溢れ出した。


「うっ……うぅ……」


嗚咽が漏れる。十三年。十三年待ち続けた、その一言。もう我慢できなかった。


「うわぁぁぁん!」


大の大人が、それも戦場の英雄が、娘の前で号泣している。ニイナはその様子に満足そうに微笑みながら、再びアザリアを見た。


『どう?』


完全勝利の表情。アザリアの内心で何かが爆発しそうになる。


『このガキャァァァ!』


心の中で絶叫するが、表面上は聖女の仮面を保つ。これが限界だった。


「よかったわね、あなた」


何とか絞り出した言葉は、予想外に穏やかだった。


「これで家族が戻ったのよ」


『この小娘どうしてくれようか。明日にでも寮にぶち込んでやる。あの灰色の要塞に数年間閉じ込めた後、しょうもない男とくっつけて巡礼の旅に叩き出す。家には一歩も入れてやらんぞ』


アザリアの殺気立った思考を、ニイナは一瞬で察知した。そして甘い声で切り札を切る。


「パパ、都での聖火受領の時、後ろに立って欲しいの。ガードになって」


「わかったよぉ……」


今まで聞いたことのない情けない声でメルベルが答える。鼻水まで垂らしながら、娘の願いを聞き入れる。


「一緒に巡礼の旅に出てくれる?」


その言葉に、メルベルは完全に崩壊した。おいおいと声を上げて泣きながら、ニイナの体を強く抱きしめて何度も頷く。


『このアマがぁぁぁ!』


アザリアの内心が完全に爆発した。表面上は聖女の微笑みを保ちながら、心の中では娘への対抗心が燃え上がる。


車内に、奇妙な均衡が生まれていた。号泣する父、勝ち誇る娘、そして内心で激怒する母。三人三様の思いを乗せて、車は目的地へと走り続けた。

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