第六十五話「親子の相似」
ナブは素早く状況を整理した。メルベルが消えた理由――それを部隊に説明しなければならない。
「副官、聞け」
通信越しに、ナブの落ち着いた声が響く。
「メルベル様は特殊部隊を率いて、イザベラ討伐に向かわれた。十三年前、娘を殺された仇を討つためだ」
「なるほど……了解しました」
副官はすぐに納得した。ある意味で真実だ。単独行動という部分を除けば。
「お前が指揮を執れ。問題ないな?」
「はい。掃討戦の継続、可能です」
実際、この戦いにメルベルは必要なかった。彼は象徴的存在に過ぎない。劣勢を覆すための切り札、戦場の化け物。だが今回のような一方的な掃討戦では、むしろ副官の冷静な指揮の方が適している。
「では頼む」
ナブは通信を切り、別の法石を手に取った。アザリアへの報告だ。
##
バビロン神殿、アザリアの執務室。
「……そう、バレたのね」
アザリアの声は、意外にも冷静だった。
「はい。メルベル様は既に単独行動を開始しました。部隊の指揮は副官が」
「問題ないでしょう。あの人がいなくても、掃討戦は進む」
「ニイナについてですが」
ナブは報告を続けた。
「モルガンを殺し、イザベラを狙っているようです」
「……なぜそんな行動を?」
「アザリア様のお考えは?」
長い沈黙の後、アザリアが口を開いた。
「おそらく……メルベルに認められたいのよ」
「は?」
ナブは困惑した。
「父親に認められたいなら、大人しく帰りを待てばいいだけです。この戦いは言ってみれば消化試合。イザベラもいずれ死ぬ。無理をする必要など」
「なるほど、確かにそうね」
アザリアは苦笑した。
「でも、あの子にはそう思えなかったのでしょう。このままでは、父親の関心を買う機会が永遠に失われる。だから突入部隊より先にモルガンを殺して、手柄を独り占めにした」
「理解に苦しみます」
「メルベルからすれば、とんでもない話よね。学校で大人しく楽器でも練習していた方が、よほど喜んだでしょうに」
アザリアの声には、呆れと心配が混じっていた。
「イザベラは危険です」
ナブが警告する。
「リーナの情報では、幹部の中で最も戦闘力が高い。ギシュガルを除けば最強だったと」
「知ってるわ。その代わり、他の取り柄は皆無。ギシュガルの腰巾着に過ぎなかったけれど」
「ニイナが返り討ちに遭う可能性も」
「ええ、充分にあるわ」
アザリアは深いため息をついた。
「こんな馬鹿げたことがなければ、普通に大部隊で圧倒すればよかったのに。ニイナの意味不明な行動には、本当に頭が痛いわ」
「ただ」
ナブが付け加える。
「アザリア様の推測は、おそらく正しいかと」
「どういうこと?」
「学校での報告によれば、かなり穏やかに過ごしていたようです。脱走直前、同室の生徒に打ち明けたそうです。自分の父と母は、メルベル様とアザリア様だと」
アザリアは息を呑んだ。
「……そう」
「十三年間が偽りだったと気づいたのでしょう。実際にモルガンを殺してきた以上、もう我々を敵とは思っていない。メルベルの関心を買うための単独行動……理にかなっています」
「親が親なら、子も子ね」
アザリアの呟きには、苦い響きがあった。
どちらも単独行動。どちらも無謀。どちらも、大切な何かのために全てを投げ出す。
「とにかく、最悪の事態だけは避けなければ」
「メルベル様が間に合えばいいのですが」
「祈るしかないわね」
通信が切れた後、アザリアは窓の外を見つめた。エリドゥの方角。夫と娘が、それぞれ別の目的で同じ場所へ向かっている。
##
戦場では、副官の指揮の下、掃討作戦が粛々と進んでいた。
「第三小隊、左翼展開。第五小隊、援護」
的確な指示が飛ぶ。メルベルのような派手さはないが、堅実で確実な指揮だった。
兵士たちは気づいていない。総指揮官が消えたことを。象徴が不在でも、戦いは続く。
「敵の抵抗、微弱。このまま前進」
副官は地図を見ながら、次の一手を考えていた。メルベルのような天才的な閃きはない。だが、教科書通りの戦術で充分だった。
相手は既に崩壊した軍。残党狩りに、英雄は必要ない。
##
その頃、メルベルは全速力で走り続けていた。
赤い炎を纏い、障害物を焼き払いながら進む。アンデッドも、瓦礫も、全てが邪魔だった。
「ニイナ……」
娘の名を呟く。
なぜあの子は、わざわざ危険を冒すのか。なぜ、あの忌まわしい場所へ戻ろうとするのか。
理解できない。理解したくない。ただ、守らなければ。
「イザベラ……!」
憎悪が胸を焼く。だが今は、それも後回しだ。
娘を救う。それだけが、今の自分の全てだ。
遠くに、古い砦が見えてきた。最奥の聖地。




