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第四十七話「四時間の自由」



会議室には、アジョラ、アザリア、ナブが集まっていた。


「普通の囚人のいる区画に移しましょうか」


ナブが提案したが、すぐに首を振った。


「いや、今回は事情が特殊です」


「確かにね」


アジョラが頷く。


「将来のことを考えると、アザリア様とメルベルの娘ということを公表しなければいけません。その時に元囚人の身分があると困りますから」


打算的だが、現実的な話だった。ナブも同意する。


「では、まず自分たちの立ち会いのもとで、普通の服を着せて、独房の外でアザリア様と面会することから始めましょう」


##


ニイナの前に、ファイルが差し出された。中を開けると、あの楽譜があった。すぐに仕舞い込み、紙の端がめくれていないか確認する。真っ直ぐになっているのを見て、安心したように息をついた。


アザリアが楽譜を取り上げようとすると、ニイナは嫌がった。


「巨人の腕に帰りたくはないの?」


アザリアが冷たく言う。


「まだ若干、可能性はある」


希望への脅し。ニイナはやむなく従った。


「これから、その服装なら神殿の施設を歩けます」


アザリアが説明を始める。


「四時間。自由時間を与えます。戻ってこなければ、今までの話はなしです。この譜面も捨てますからね」


ニイナは頷いた。


――これは試験だ。


小さい頃に受けた、イザベラからの試験とは違うが、私の何かを試している。おそらく、この社会に溶け込めるのかを。


下級巫女の新品の服を着せられ、解放された。そこは神殿の職員が歩き回る、普通の廊下だった。


「もし誰かに聞かれたら、名前はそのまま使っていい。理由は新規の巫女の登録のためと答えなさい」


書類が二枚渡される。地方の神殿の推薦状と、アザリアの部下ミリアの紹介状。それを封筒に入れて持たされた。


「では、四時間の自由を楽しんでみなさい」


##


数分間、どこに行けばいいのか歩き回った。


広い廊下、行き交う人々、看板で分類された受付。行政の税金申請受取、戸籍管理、巫女登録……番号がずらりと並んでいる。


「どうかしましたか?」


親切そうな中年の男性職員が、後ろから声をかけてきた。都会に出てきた田舎の少女が右往左往することは、日常茶飯事だ。服装から考えて、新しい登録をしに来た少女に違いない。


ニイナが振り返ると、職員は一瞬息を呑んだ。


「アザリア様?」


思わず口から出たが、すぐに別人だと気づく。まだ十代半ばの年齢だ。


「いえ、失礼。よく似ていらっしゃるもので」


ニイナは一瞬迷ったが、すぐに書類のことを説明した。


「新しい登録をしに来たんですが、よくわからなくて」


職員が書類を少し見て、理解した様子で頷く。


「あそこのカウンターに、この書類を持っていけば登録ができますよ」


わざわざ案内してくれるので、ついていくしかなかった。


##


カウンターの前では、似たような年齢の少女たちが書類を出したり、質問に答えたりしていた。


「お名前は?」


「ニイナです」


「生年月日は?」


書類に書いてあった日付を思い出して答える。それが本当の誕生日だとは、彼女も知らなかった。


「少し席で待っていてください」


受付番号が書かれた紙を渡され、待合席に座る。他の少女たちは緊張した様子で座っている。


すぐに二、三人が声をかけてきた。


「初めて? 私たちもよ」


「一緒に食事に行かない?」


――四時間、このまま黙って座っていたら、間違いなく点数は下がる。


ニイナは理解した。社会性を見たいのだ。どこかから自分を監視しているはず。


「はい、お願いします」


##


食堂に移動すると、少女たちは自分の出身地について話し始めた。


一人は綺麗な服装で、後ろには護衛の男。金持ちだ。それに追従しようとする少女たち。


――この場でヒエラルキーを決めているんだ。


他の社会と変わらない。自分の出身は貧しい設定。隣に座ったマヤという少女も同じ。どうやら格下として見られている。


――それを受け入れて演じる必要がある。


この場で全員叩き伏せることはできる。だが、何の意味がある? 自分の目的は巨人の腕に戻ること。


「私の家は商家なの」


金持ちの少女が自慢げに話す。


「聖火を三つも受領できる才能があるって言われて」


周りの少女たちが羨望の眼差しを向ける。


「すごいね」


「羨ましい」


ニイナも適当に相槌を打つ。


食事が終わると、マヤという少女が親しげに語りかけてきた。茶色の髪に、そばかすのある素朴な顔立ち。


「私も貧しいの」


小声で打ち明ける。


「両親は私を食わせる余裕がないから、巫女にしたって」


寂しそうに笑う。


「村の神官様は紹介状を出してくれたけど、私が本当に才能があるのかどうかも分からない」


――この少女は、本物だ。


ニイナは直感した。演技ではない。本当に不安で、寂しくて、誰かと話したがっている。


「私も同じよ」


ニイナが答える。これは嘘ではない。ある意味で。


「才能なんて、分からない」


マヤの顔が少し明るくなった。


「そうよね。でも、頑張ろうね」


「ええ」


二人は小さく微笑み合った。


監視カメラの向こうで、アザリアとナブが様子を見守っていた。


「上手くやってるじゃない」


アザリアが呟く。


「ええ、思ったよりも」


ナブが頷く。


四時間の自由。それは、ニイナにとって十五年ぶりの、普通の世界だった。

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