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第三十話「鉄嵐の系譜」



数日が経ち、ガレスの動きは見違えるほど洗練されていた。朝から晩まで、同じ型を繰り返した成果だった。


「よし、今日は実戦の話をする」


メルベルは剣を鞘に収めながら言った。


「鉄嵐流は本来、アンデッドやルカヴィといった化け物を力でねじ伏せるための剣技だった」


ガレスは興味深そうに耳を傾けた。


「一撃で沈める。それが基本思想だ。だが、時代を経て変化した。人間の剣士相手の技も取り入れ始めた」


メルベルは自分の剣を抜いた。柄の部分に、複雑な形状の金属が巻きついている。


「今まで教えたのは基本の型だ。実戦では、もっと厄介なことが起きる」


そう言って、メルベルは素早い動きを見せた。


「小手先の技。指を落としてくる攻撃。足元への奇襲。これらに対応する必要がある」


ガレスは身を固くした。指を落とす。想像するだけで恐ろしい。


「鎧を着ていれば防げるものもある。だが、指落としへの対応は特に重要だ」


メルベルは実演を始めた。


「相手が手を狙ってきたら、ほんの小さな引きで外す。前に出しすぎるな。間合いを保て」


剣が空を切る。僅かな動きだが、確実に急所を外している。


「打つ瞬間だけ伸ばす。それが鉄則だ」


次に、低い位置からの防御を見せた。


「手首狙いは低い角度から来ることが多い。この場合はセコンドやプリムを素早く合わせる」


金属音が響く。


「そのまま受け流して、手首返しで反撃につなげる」


流れるような動き。防御と攻撃が一体化している。


一通りの練習を積んだ後、メルベルは苦笑いを浮かべた。


「とは言え、指落としは分かっていても難しい。だから、一番確実なのはこれだ」


メルベルは自分の腕を見せた。黒い鎧のような手甲が、指をすっぽりと覆っている。


「防具で守る。単純だが、最も効果的だ」


そして剣を示した。


「見ろ。俺の剣にはナックルガードがついている」


確かに、柄の部分から伸びた金属が、握った手を守るように覆っている。


「お前にも新しい剣が必要だ。そのおもちゃのような直剣では、この剣術には合わない」


ガレスは自分の剣を見下ろした。神殿から支給された標準的な直剣。鍔も真っ直ぐで、剣のシルエットはまるで十字架のようだ。ナックルガードなど、ついていない。


そこでガレスは思い出した。


(そういえば、あの少女も先生と同じような剣を使っていた)


曲刀。そして確か、同じようなナックルガードも。


「先生」


ガレスは恐る恐る聞いた。


「じゃあ、あの女の子も同じ流派なんですか?」


メルベルは少し黙った。息子の鋭い観察力に、内心で感心しながら。


「……そうだ」


重い声で答えた。


「ただし、あっちの方がより古い。今言ったような改良型の技術に乏しい。一撃必殺を狙う技が多い」


メルベルは遠くを見つめた。


「この前戦って、少し技を盗まれた。次は狙ってくるぞ」


苦笑いが漏れる。娘の才能は、恐ろしいほどだった。


ガレスは別のことを思い出していた。


「そういえば、あの女の子は黒い炎の法力を使っていました」


先生の赤い炎とは違うが、炎であることは同じだ。何もかもがそっくりだった。


「先生の技に、本当に似てました」


自分の法力は電撃だ。父——ナブから教わり、神殿で受けた法力訓練で電撃に特化させられた。


「僕も、炎の法力は使えるんですか?」


希望を込めた問いかけ。同じ流派なら、同じ法力を使えるのではないか。


メルベルは困った顔をした。実は、ずっと気にしていたことだった。


「ここまで法力を鍛えた後だと、難しい」


慎重に言葉を選ぶ。


「今から炎の法力に矯正すると、下手をすると混乱して、今より法力が弱くなる。いや、絶対にそうなる」


ガレスの顔が曇った。


「法力はそのままでいい」


メルベルは続けた。


「電撃の法力は、都市部では神殿の聖火エネルギー供給システムの恩恵を受けられる。確かに、遠く離れるとシステムの恩恵は弱くなる」


それは事実だった。


「俺やあの暗殺者は、どこでも最大のパフォーマンスを発揮できるが…法力は自前のものしか使えないからな」


だが、と付け加える。


「お前はその電撃の法力を鍛えろ。それがお前の武器だ」


ガレスは少し納得いかない顔をした。だが、頷いた。


そして、ふと思い出した。


(あの時、自分は都市部で女の子に襲われた)


都市部では、神殿のシステムの恩恵を最大に受けていたはずだ。なのに、女の子の炎の法力の方が圧倒的に強かった。


(先生も神殿のシステムの恩恵は全く受けていない。なのにあんなに強い)


焦燥感が胸に溢れる。


(もしかして、俺って弱い?)


その不安が顔に出たのか、メルベルが口を開いた。


「俺は妻のアザリアと古式契約を結んでいる」


唐突な告白に、ガレスは顔を上げた。


「アザリアの聖火の力を共有している。だから俺の強さは、半分はアザリアのものだ」


メルベルは笑った。


「だから、お前もいつかはいい巫女のガードになれ。それが一番の近道だ」


なるほど、と思いながらも、ガレスは新たな疑問を抱いた。


「でも、あの少女は一人であんなに強かったです」


メルベルは頭を掻いた。


「あの少女は、自分で聖火を宿しながら炎の法力を使う。一人二役で、能力に相乗効果がある」


そして苦笑いを浮かべた。


「実際、鉄嵐流は女の方がいいんじゃないか、という話もあるくらいでな」


「え?」


「開祖が女だったんじゃないか、という逸話もある。大昔の剣術が得意な巫女が、最初の剣士だったんじゃないかって」


メルベルの顔が苦いものになった。


「つまり、強敵だということだ。単純な力比べでは、勝てないかもしれない」


ガレスの焦燥感は、さらに強くなった。


「明日は、実戦形式の稽古をする」


メルベルが言った。


「覚悟しておけ。今までの比じゃないぞ」


「はい!」


ガレスは力強く答えた。


夕陽が二人を照らしていた。師匠と弟子。いや、父と息子の姿を。


同じ頃、廃屋でニイナは痛みに耐えながら、頭の中で剣技を反芻していた。


メルベル・ボムの技。あの美しい剣筋。受け流しから反撃への流れ。


(次は、完璧に再現してみせる)


鎖骨の痛みはまだ激しい。だが、日に日に良くなっている。聖火の力が、治癒を早めていた。


(あと一週間。そうしたら)


父の仇を討つ。


そのために生きてきた。そのために強くなった。


でも、なぜか心の奥底で、小さな違和感が育っていた。


あの男は本当に、自分の父親だと言った。


馬鹿げた話だ。


でも、なぜあんなことを?


(関係ない)


ニイナは首を振った。


迷いは弱さだ。弱さは死を招く。


ただ、復讐を果たすだけ。



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