第三話「奇妙な事情聴取」
アジョラの屋敷の居間は、異様な緊張感に包まれていた。
メルベルは縁側に座らされ、まるで罪人のように皆に囲まれている。ナブは腕を組んで仁王立ち、リーナは疲れ切った顔で椅子に座り、アザリアとアジョラは心配そうに様子を見守っていた。
「さて」
ナブが口を開いた。その声には、まだ怒りが滲んでいる。
「なんであんなことをしたんだ。説明してもらおうか」
メルベルは溜息をついた。どうせ本当のことを言っても信じないだろう。しかし、完全な嘘でもまずい。
「予知夢を見たんだ」
「また予知夢か」ナブが眉をひそめる。
「聞け。俺があのまま出世していたら、生まれてくる子供が襲われる夢を見た」
アザリアが無意識に自分のお腹に手を当てた。
「俺も死んで、残された二人がルカヴィになって敵になってしまう。そして、全部がご破算になって、全員死ぬ」
メルベルは淡々と語った。大部分は嘘だが、全員が死ぬという点に関しては真実だった。微睡の魔王のことは言えない。
「だから、証言するのはギリギリ許容できるが」
メルベルは不機嫌そうに続けた。
「復帰しろというのは絶対に嫌だぞ。また同じ運命を辿ることになる」
ナブは眉間に皺を寄せ、アザリアとアジョラを見た。
「今の話は本当なんですか?」
二人は一瞬顔を見合わせ、そして頷いた。
「本当です」アジョラが答えた。「メルベルの予知夢は、よく当たりますから」
「バビロンの時もそうでした」アザリアも口を添える。「彼の警告を無視した結果、私は攫われました」
嘘だった。しかし、メルベルを庇うための嘘だった。
ナブは深い溜息をついた。
「事情は分かった。だが」
彼の声が厳しくなる。
「お前の名誉が回復しないことには、俺たちの針の筵の状況は変わらないんだ」
「それは」
「証言は絶対にしてもらうからな」ナブは断固として言った。「まず話はそこからだ」
メルベルはふてくされた。
「俺が嘘をついた理由は、一体どうやって説明するんだよ」
「それは敵の情報戦によるものだと説明する」
ナブは即答した。
「まあ、今までもそう説明はしてきたんだが、肝心のお前の証言がないから、全く話が進まなかった」
リーナが疲れた声で付け加えた。
「ルカヴィの幹部もまだ残っていることだし、連中がしてきたことということにすれば、筋は通ります」
「お前だけじゃなくて」ナブが続ける。「アジョラ様とアザリアの名誉も回復することになるんだ。そんなに悪い話でもないんじゃないのか?」
アザリアとアジョラの顔が、少し明るくなった。確かに、失った名誉が戻るのは嬉しい。
「生まれてくる子供のためにも必要なことだろう」
ナブの言葉に、アザリアが頷いた。
「そうね。この子に、父親が臆病者だったなんて言われたくないわ」
メルベルは頭を抱えた。
「本当に大丈夫かな……」
その態度に、リーナが爆発した。
「大丈夫かな、じゃありません!」
彼女は立ち上がり、メルベルの前に詰め寄った。
「あなたがどれだけ気楽に過ごしている間、私たちがどんな思いをしてきたか!毎日、毎日、嘘つきと罵られ、裏切り者と呼ばれ、ルカヴィの手先だと!」
涙が溢れそうになるのを、必死で堪えている。
「もううんざりなんです!今すぐ都に来て、真実を証言してください!」
メルベルは観念したように肩を落とした。
「分かった、分かった」
「本当ですね?」リーナが念を押す。
「ああ、行くよ」
ナブが頷いた。
「よし、じゃあ今すぐ出発だ」
「今すぐ?」
「当たり前だ。また逃げられたら困る」
すでに屋敷の外には、馬車が用意されていた。神殿の紋章が入った立派なものだ。
「ちょっと待て、準備が」
「準備なんて必要ない」ナブが断言する。「都に着いてから何でも用意する」
メルベルは諦めたように立ち上がった。
「アザリア、母さん」
二人の方を振り返る。
「すぐ帰ってくる」
「気をつけて」アザリアが心配そうに言った。「無理しないでね」
「大丈夫よ」アジョラは微笑んだ。「これで全てが元に戻るわ」
しかし、メルベルの表情は晴れない。予知夢のことが気がかりだった。本当に、このまま都に行って大丈夫なのだろうか。
馬車に乗り込もうとすると、ナブが突然思い出したように言った。
「そうだ、リュートを持ってこい」
笑顔だった。しかし、その笑顔には何か恐ろしいものが潜んでいた。
「道中、お前の歌が聞きたい。リクエストだ」
「え?」
「『救世の巫女リーナ』を演奏しろ」
笑顔のまま、有無を言わせない口調だった。
メルベルは仕方なく家に戻り、リュートを取ってきた。
馬車に乗り込むと、ナブが早速催促した。
「さあ、始めろ」
「今から?」
「今からだ」
メルベルは溜息をつきながらリュートを構えた。そして、歌い始める。
それから何時間も、延々と歌わされ続けた。
「次は『英雄ナブの凱旋』」
「次は『千年王討伐の歌』」
「もう一度『救世の巫女リーナ』」
永遠にリクエストが続く。メルベルは若干げっそりしてきた。喉も痛い。
しかし、ナブとリーナの顔は徐々に明るくなっていった。
「そういえば」ナブが言った。「最近は、いろんな曲が増えてきたな。平和な証拠だ」
「そうですね」リーナも微笑んだ。「これでやっと、ストレスから解放されます」
二人は久しぶりに希望を感じていた。
「そうだ、メルベル」ナブが急に真顔になった。「お前、自分の悪評の歌を歌った時の気分はどうなんだ?」
メルベルはリュートの弦を調整しながら答えた。
「まあ、特に何も」
「仕事というが、お前、金はいくらでもあるだろう?」
「家でじっとしてると暇だし」メルベルは肩をすくめた。「それに、エクリスから歌のことを頼むと言われていてね」
「頼まれた?」
「死に際に。自分の持ち歌というか、今流行っている歌は大体その歌なんだ」
リーナが興味深そうに聞いた。
「じゃあ、私とナブの歌も?」
「ああ。奴はそこら辺に頓着がなかったらしい」
メルベルは苦笑した。
「『臆病者メルベルの大脱走』も、どうもプロパガンダのための曲だったが、奴は作ったはいいが、発表するのが嫌だったらしい。手記に書いてあった」
ナブの顔が変わった。
「ほぉおおお?」
声は静かだが、額に青筋が浮かんでいる。
「じゃあお前は、プロパガンダ用の敵の作った歌を、自分で広めていたのか」
「まあ、そういうことに」
「そうか、そうか」
ナブは笑顔を作った。恐ろしい笑顔だった。
「いい歌ばかりだよな。最近は都の子供たちにも大人気でなあ!みんな歌ってるぞ!」
笑顔のまま、明らかにブチ切れている。
「歌っていて楽しかったか?なあ?」
メルベルはしおらしく答えた。
「まあ、うん……」
リーナが頭を抱えて呻いた。
「本当に信じられない……」
馬車は都に向かって進み続ける。メルベルはまた歌わされ始めた。今度は『臆病者メルベルの大脱走』だった。自分の悪口を、延々と歌わされる。これも罰の一つなのだろう。
窓の外を流れる景色を横目に、メルベルは機械的に歌い続けた。




