# 第二部 第二十四話「月下の対峙」
深夜のウル。月明かりだけが、石畳の大通りを青白く照らしていた。
メルベルは一人、静かに歩いていた。わざと、一人で。護衛もつけず、隠れることもせず。餌になるために。
大通りの中央で、彼は立ち止まった。
風が吹く。冷たい夜風が、彼の黒髪を揺らす。
数十秒。
そして、背後に気配が現れた。予想通りだ。
「昼は邪魔が入ったわね」
少女の声。感情のない、氷のような声。
メルベルはゆっくりと振り返った。月光の下、ニイナが立っていた。古びた巫女服を纏い、曲刀を腰に差して。まるで、過去から蘇った亡霊のように。
「もう一度、要件を聞いておこう」
メルベルは静かに問いかけた。
ニイナは剣の柄に手をかけた。その仕草は、恐ろしいほど自然だった。
「父の仇」
彼女は淡々と告げた。
「父、ギシュガルを殺したお前を、母の望みで殺しに来た」
メルベルの眉が動いた。ギシュガル。その名前を、娘が口にする違和感。
「お前、父親がどんな男か知っているのか?」
ニイナは小首を傾げた。
「おしゃべりは得意じゃないけど」
そう前置きしてから、少女は続けた。
「母は言っていた。勇敢な戦士だったと。この剣は父の形見」
彼女は腰の曲刀を示した。確かに、ギシュガルが使っていた剣に似ている。だが……。
「あの不死の、人の倍の高さの化け物から、お前が生まれたとでも言うのか?」
メルベルの言葉に、ニイナは初めて困惑の表情を見せた。
「なんのこと?」
(なるほど)
メルベルは理解した。この子は、ギシュガルの正体を知らない。千年を生きた不死の魔王。人間を超えた化け物。そんな真実は、一切教えられていない。
(嘘の中で育てられたか)
哀れな娘だ。利用されているだけだということも、きっと知らない。
「母親の名前は?」
メルベルは問いかけた。
「これから仇討ちの決闘だ。誰の娘かは聞いておきたい。お前の死体を届けるのに困るからな」
挑発的な言葉。だが、ニイナは動じなかった。
「イザベラ・カーカラシカ」
その名前に、メルベルは記憶を探った。
(残ったルカヴィの幹部の一人か)
ギシュガルの腹心。元巫女だという話を、かつてセラフィナから聞いたことがある。狂信的で、危険な女。その女が、自分の娘を「ギシュガルの子」として育てた。
なんという皮肉だろう。
「もう十分?」
ニイナが口を開いた。会話に飽きたような口調で。
「そろそろ始めましょう」
剣を抜く音が、静寂を切り裂いた。月光が刃に反射し、銀の軌跡を描く。
メルベルも剣を抜いた。同じ曲刀。親子が、同じ型の剣で向かい合う。
月は雲に隠れ、大通りは闇に包まれた。
二つの影が、静かに構えを取る。
父と娘の、哀しい決闘が始まろうとしていた。




