第十七話「束の間の策略」
二週間の地獄を経て、ついにウルクの城門が見えてきた。
ガレスとアルマは、ぼろぼろの状態だった。顔のあざは黄色く変色し、手足は筋肉痛で常に震えている。それでも、かつての自分たちと比べれば、確実に成長していた。
「だいぶ様になってきたな」
メルベルが小さく呟いた。アザリアも頷く。
「そうね。飲み込みは早いわ」
しかし、当の本人たちは限界だった。
ウルクの大通りを歩きながら、ガレスとアルマは小声で密談していた。
「このまま行くと、本当に死ぬ」
ガレスの声は切実だった。
「アンデッドと戦う前に、訓練で死ぬなんて冗談じゃない」
「どうする?」アルマが聞いた。
ガレスは少し考えてから、妹に耳打ちした。
「聖火受領の時、わざと引き延ばせ」
「え?」
「才能のない奴は、二日とか三日とかかかるんだろ?お前が才能あるかは俺には分からないけど」ガレスは苦笑した。「すぐに受領できる状況でも、失敗したふりをするんだ」
アルマの目が輝いた。
「それ、いいアイデアね!」
「受領の最中は、さすがにあのアザリア様もしごきはしないだろう」
「そうよね。神聖な儀式の後で訓練なんて、いくらなんでもしないはず」
「兄さんは?」アルマが心配そうに聞いた。
「俺は……」ガレスはため息をついた。「受領の時、ガードは後ろに控えているのが普通らしい。だから、お前が引き延ばせば、俺も直立不動とはいえ、とりあえず休める」
そして、自嘲的に付け加えた。
「新しいあざができないだけマシだ」
ウルクの神殿は、都にふさわしい立派な建物だった。白い石造りの壁が陽光を反射し、神聖な雰囲気を醸し出している。
受付を済ませると、先に到着していた同期生たちの姿が見えた。
「あら、ソフィア!」
アルマが友人を見つけて駆け寄った。
「アルマ!無事だったのね」
ソフィアは心配そうにアルマを見た。
「なんか、やつれてない?」
「そ、そう?訓練がちょっときつくて」
近くで、他の巫女たちが井戸端会議をしていた。
「私、もう三日目なのに、まだ受領できないの」
「私も。明日でうまくいくといいんだけど」
「エミリアなんて、一週間かかったらしいわよ」
アルマは内心でほくそ笑んだ。
(これなら、私がてこずっても不自然じゃない)
聖火受領の祠は、練習用とは比べ物にならないほど立派だった。古代の彫刻が施され、千年の歴史を感じさせる。
アルマは祠の前に立ち、深呼吸をした。そして、おもむろに手をかざす。
瞬間、彼女は驚いた。
(何これ……簡単すぎる)
アザリアの地獄のような訓練に比べれば、これは子供の遊びだった。聖火がすぐに反応し、ちりちりと受領が始まりそうな気配を見せる。
これは彼女にとって二つ目の受領だった。学生時代、バビロンで最初の聖火を受領した時は、丸一日かかった記憶がある。しかし今は、集中しなくてもできそうだった。
「おい!」
後ろからガレスの必死の小声が聞こえた。
アルマははっとして、慌てて集中を切った。聖火の反応を意図的に抑え込む。
(そうだった。失敗したふりをしないと)
二時間、何もしないまま祠の前に座り続けた。時々、わざと眉をひそめたり、ため息をついたりして、苦戦している演技をする。
「どうですか?」
控えていた神官が心配そうに声をかけてきた。
「ちょっと……難しいかもしれません」
アルマは申し訳なさそうに答えた。
「仕方ないですね。初めての受領は誰でも苦労します。また明日頑張りましょう」
神官は特に気にした風もなく、優しく励ましてくれた。
神殿を出ると、ガレスと目が合った。二人は小さくガッツポーズを交わす。
(作戦成功!)
宿に戻ると、アザリアが待っていた。
「どうだった?」
「あの……うまくいきませんでした」
アルマは俯いて報告した。
「あら?」アザリアは不思議そうに首を傾げた。「今のあなたなら、簡単だったと思うけど」
「ちょっと、旅の疲れが出たのかも……」
苦しい言い訳だったが、アザリアは深く追及しなかった。
「じゃあ、ガレス君」メルベルが立ち上がった。「今日も訓練するか」
「え?」
ガレスの顔が青ざめた。せっかくの休息が……。
しかし、アザリアが割って入った。
「まあまあ、今日は休みにしましょう」
メルベルが振り返る。
「なぜだ?」
「二時間も立ちっぱなしで見守っていたし」アザリアは優しく微笑んだ。「明日の神聖な儀式に、あざを増やしてはかわいそうですから」
実の息子があざだらけになっているのに、もう耐えられなかったのかもしれない。
「すみません」
ガレスとアルマは同時に頭を下げた。しかし、心の中では歓喜の叫びを上げていた。
(やった!やったぞ!)
二週間ぶりの休息。それがどれほど貴重か。
部屋に入ると、二人は同時にベッドに倒れ込んだ。
「ふかふかだ……」
ガレスが恍惚とした声を出す。
「天国……」
アルマも同じような顔をしていた。
「温かいご飯も食べられる」
「熱いお風呂にも入れる」
「木の棒で殴られない」
「聖火で手を焼かない」
二人は天井を見上げながら、幸せを噛みしめた。
「明日も失敗するから」アルマが宣言した。
「頼むぞ」ガレスも頷いた。「できれば三日は引き延ばしてくれ」
「任せて。演技には自信があるわ」
夕食の時間、久しぶりにまともな食事を前にして、二人は涙が出そうになった。
「肉だ……柔らかい肉だ」
「パンも焼きたて……」
「スープが温かい」
「野菜が新鮮」
メルベルとアザリアは、そんな二人を見て顔を見合わせた。
「少し、厳しすぎたかしら」アザリアが小声で言った。
「いや、これでもまだ甘い」メルベルは首を振った。「ニイナの強さを考えれば」
「分かってるけど……」
二人の教官は、複雑な表情で若者たちを見守った。
その夜、ガレスとアルマは久しぶりに安らかな眠りについた。
体の痛みはまだ残っているが、明日も訓練がないと思うと、心が軽い。
「おやすみ、兄さん」
「おやすみ」
窓から差し込む月明かりが、二人の安らかな寝顔を照らしていた。
しかし、この平和も長くは続かない。
メルベルとアザリアは、別室で新たな訓練計画を練っていた。聖火受領が終わったら、今度こそ本格的な訓練を始める予定だった。
「三日後には、鉄剣を使う」
「錫杖も用意しておくわ」
「走り込みは倍に」
「聖火の維持は一時間を目標に」
若い二人が束の間の休息を楽しんでいる間に、更なる地獄が準備されていた。




