第十五話「最初の試練」
神殿の門を出ると、すぐに歩き始めた。
他の卒業生たちが、ガレスとアルマの一行を見て目を丸くしていた。
「おい、見ろよ……あれって」
「メルベル様とアザリア様じゃないか?」
「マジかよ、あいつらの監督があの人たちって……」
羨望と同情が入り混じった視線を浴びながら、ガレスとアルマは必死に背筋を伸ばして歩いた。顔は若干青ざめているが、みっともない姿は見せられない。
しかし、わずか数時間の移動で、現実の厳しさを思い知らされた。
「痛っ……」
アルマが小声で呻く。新品の靴が足に馴染まず、靴擦れができ始めていた。ガレスも同じような状態だったが、男のプライドで黙っていた。
「どうした?」
アザリアが振り返る。
「い、いえ、何でもありません」
アルマが慌てて答えた。
「そう?でも、歩き方がおかしいわよ」
「大丈夫です!」
メルベルが横から口を挟んだ。
「最初は誰でもそうなる。足の皮が厚くなるまでの辛抱だ」
その言葉に、ガレスは絶望的な気分になった。これがあと一年続くのか。
夕方、最初の村に到着した。
「ようこそ、神殿の方々!」
村長が満面の笑みで出迎えた。小さな村にとって、神殿戦士と巫女の訪問は一大イベントだった。
「今夜は盛大に歓迎させていただきます」
他の卒業生たちも同じ村に到着しており、広場では歓迎の準備が進められていた。
「まずは祠での浄化作業から始めましょう」
アザリアがアルマに促した。
村外れにある小さな祠は、練習用として新人巫女たちがよく使う場所だった。村人たちも微笑ましく見守る中、アルマは緊張しながら浄化を始めた。
両手を祠に向けて、聖火の力を循環させる。白い光が手のひらから流れ出し、祠を包み込んでいく。
「もっと集中して」
アザリアの声が飛ぶ。優しい口調だが、その裏には容赦ない厳しさがあった。
「へその下、丹田に力を入れなさい。そう、もっと深く」
「は、はい」
「流れがよどんでいるわ。もっと素早く循環させないと、日が暮れるまでに終わらないわよ」
他の新人巫女たちが苦戦している中、アルマは必死に集中した。アザリアの的確な指導のおかげで、徐々にコツを掴んでいく。
(できる……私にもできる!)
白い光が安定し、祠全体が清らかな輝きに包まれた。
「よし、完了!」
アルマが額の汗を拭いながら振り返ると、アザリアが微笑んでいた。
「素晴らしいわ。私が初めて挑戦した時は、もっと時間がかかったものよ」
その褒め言葉に、アルマの疲れが吹き飛んだ。
一方、ガレスは別の場所にいた。
「本来であれば、浄化作業を護衛するのがガードの役目だが」メルベルが言った。「今はそれはいい。君の実力を見せてもらおう」
メルベルは木の剣を二本取り出し、一本をガレスに渡した。
「では、ガレス君。君の力を見てみよう」
ガレスは自信満々に剣を構えた。
(見ていてください)
彼には自信があった。学校では無敵だった。法力の検査でも、普通の生徒はおろか、若い神殿戦士にも勝てる能力がある。いくらなんでも、一発くらいは当てられるはずだ。
「本気で行きますよ」
「いつでもいいぞ」
メルベルは軽く構えただけだった。その余裕が、ガレスの闘志に火をつけた。
(今だ!)
ガレスは全身の法力を解放した。神殿戦士が使う電撃の法力を全開にして、光速で突進する。
次の瞬間、ガレスの視界が回転した。
「うぐっ!」
腹に強烈な蹴りが入り、息ができない。膝をついたところに、木剣が軽く頭を叩いた。
「死亡、一回目」
メルベルの冷たい声が響く。
「ナブは何を教えていたんだ?さっさと立て」
ガレスは地面に這いつくばりながら、屈辱に震えた。一瞬だった。何が起きたのかさえ分からなかった。
その後も訓練は続いた。
立ち上がっては倒され、攻撃しては返り討ちに遭う。気がつけば、顔は腫れ上がり、体中があざだらけになっていた。
夜、宿に戻ると、アルマが誇らしげに金貨を見せた。
「見て!初めての報酬よ」
村の受付で、浄化の成功を報告し、一度は遠慮してから受け取る。それが巫女の作法だった。
「他の子たちはまだ苦戦してたのに、私だけ成功したの」
アルマは上機嫌だった。不満があるとすれば、同行するのが実の兄で、ロマンスの欠片もないことくらいか。でも、それは仕方ない。
しかし、食堂に入った瞬間、その喜びは消え失せた。
ガレスが顔を腫れ上がらせて、スープをすすっていたのだ。
「それ、どうしたの!?」
「これ?」ガレスは無理に笑った。「ちょっとした、あれだ。訓練だよ。稽古をつけてもらってたんだ」
どう見ても、いじめにしか見えなかった。
「お兄さんはなかなか根性がある」メルベルが笑顔で言った。「いい戦士になるぞ」
アルマの中で、恐怖と怒りが沸き上がった。
(よくも兄さんを!)
しかし、戦士の訓練に口を出すわけにはいかない。ぐっと堪えるしかなかった。
アザリアがガレスの顔を見て、表情が変わった。額に青筋を浮かべて、恐ろしく静かな声で言った。
「ちょっと、あなた。こっちに来て」
「何だ?」
メルベルが不思議そうに立ち上がる。
二人が外に出た途端、激しい口論が始まった。
「バカじゃないの!?実の子……じゃなくて!新人相手に何やってるのよ!」
「訓練だ。これでもだいぶ控えめにした」
「控えめ!?頭おかしいんじゃない!?」
「お前は甘やかしすぎだ」
「甘やかす?私が?冗談じゃないわ!」
「おい、危機が迫っているのにそんな様子で大丈夫か?」
アルマが心配そうにガレスを見た。
「兄さん、大丈夫?」
「口の中に、ナイフを押し込まれたみたいに痛む」
ガレスは苦笑しながらスープをすすった。それでも食べなければ、明日また同じ目に遭う。
外では、まだ口論が続いていた。
「マジで信じられない!」
「お前の指導だって大概だろう」
「私のは愛のムチよ!」
「俺のも同じだ」
「全然違う!」
宿の中の新人たちは、伝説の英雄たちの意外な一面を見て、呆然としていた。
「あの……これが普通なんですか?」
アルマが隣のテーブルの先輩巫女に聞いた。
「さあ……でも、あなたたち、特別扱いされてるのは確かね」
特別扱い。それが幸運なのか不運なのか、まだ判断がつかなかった。
ガレスは腫れた頬を押さえながら思った。
(これがあと一年……)
アルマも同じことを考えていた。
(兄さん、生きて帰れるかしら……)
外では、ようやく口論が収まったようだった。メルベルとアザリアが戻ってくる。二人とも何事もなかったような顔をしているが、空気がピリピリしている。
「明日は早いぞ」メルベルが言った。「日の出前に出発だ」
「ええ、しっかり休んでね」アザリアも微笑んだ。「明日はもっとハードよ」
ガレスとアルマは顔を見合わせた。
もっとハード?これ以上?
部屋に戻る階段で、アルマが小声で言った。
「兄さん、私たち、本当に一年持つかな」
「持つさ」ガレスは強がった。「持たなきゃ、父さんと母さんに顔向けできない」
そして、急に真剣な顔になって付け加えた。
「あ、もし俺が巡礼で死んだら、部屋の机の中のは見ないで全部燃やしといてくれ」
「何それ」アルマが呆れた。「そんなやばいもの隠してるの?」
「いや、その……とにかく頼む」
「そうね……」
二人は、それぞれの部屋に入った。
ベッドに倒れ込むと、すぐに深い眠りに落ちた。疲労が限界を超えていた。
夢の中で、ガレスはまだメルベルと戦っていた。何度倒されても、立ち上がる自分の姿があった。
これが、伝説の英雄たちによる特別な巡礼の、最初の一日だった。




