第十四話「伝説の師匠たち」
夕食の席は、いつもより賑やかだった。
「父さんと母さんは、どこで知り合ったの?」
アルマが無邪気に聞いた。明日からの巡礼を前に、興奮が隠せないようだ。
ナブとリーナは一瞬、視線を交わした。
「それは……神殿でよ」リーナが優しく答えた。「メルベル様の紹介で知り合ったの」
「へえ」ガレスが興味深そうに言った。「やっぱりメルベル様とは昔から友人だったんだね」
実際、メルベルとアザリアは時々この家を訪れていた。伝説の英雄たちと両親が友人関係にあることは、ガレスとアルマにとって密かな誇りだった。
「ねえ、キシュの森にも行ったの?」
アルマが目を輝かせて聞いた。千年戦争時代の最も危険な聖地の一つ、キシュの森の話は、若い世代にとって憧れの冒険譚だった。
ナブとリーナは、また顔を見合わせた。
真実は、リーナが当時メルベルの護衛として、命からがらキシュの森の聖火を取りに行ったことだった。その時、ナブはいなかった。それは、ナブにとってかなりのコンプレックスになっている。
「もちろんよ」
リーナが明るく言った。そして、まるでナブと一緒に体験したかのように、熱っぽく語り始めた。
「夜になると、アンデッドが森中を徘徊するの。私たちは息を殺して、木の陰に隠れて……一晩中、お互いを励まし合いながら耐えたわ」
「すごい!」アルマが身を乗り出した。「怖くなかった?」
「そりゃあ、怖かったわよ」リーナは続けた。「でも、お父さんがいてくれたから」
ナブは苦虫を噛み潰したような顔になりながら、小さく頷いた。この話は何度も繰り返されてきた。家族の中の美しい嘘。
「そんな危険地帯によく踏み込めたね」ガレスが感心したように言った。
「まあ、若かったからな」
ナブが曖昧に答え、話題を変えようとした。
「それより、明日からの巡礼の教官だが……」
「誰か教えてくれるの?」
ガレスとアルマが同時に聞いた。卒業生たちにとって、担当教官は神殿に行くまで明かされない最大の関心事だった。
ナブは意味深な笑みを浮かべた。
「多分、死ぬほどぶったまげると思う」
リーナも笑いを堪えきれない様子だった。
「えー、誰なの?教えてよ!」アルマが頼む。
「明日のお楽しみ」
翌朝、神殿の大広間には緊張した面持ちの卒業生たちが集まっていた。
真新しい装備に袖を通し、これから始まる任務への不安と期待で顔を固くしている。先輩戦士たちから見れば、まだ尻に卵の殻をつけたひよっこ同然だが、本人たちは一人前のつもりだった。
「俺の担当は、バルト教官らしい」
トーマスが嬉しそうに言った。
「いいなあ。俺はゴードン教官だ」
「私はマリア教官よ」
次々と名前が呼ばれ、卒業生たちがペアごとに教官と共に出ていく。
しかし、ガレスとアルマだけが最後まで残された。
「え?」アルマが不安そうに兄を見た。「まさか、私たちだけ担当がつかない?」
「いや……それはないだろ」ガレスも困惑していた。「俺たち、成績は一番上だったはずだ」
「普通、成績が良い順にベテランの教官がつくんでしょ?」
「そのはずだけど……」
その時、扉が開いた。
入ってきた人物を見て、二人は息を呑んだ。
メルベル・ボムだった。法力と聖火の力で若々しい外見を保つ伝説の戦士が、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
「メ、メルベル様!」
ガレスとアルマが慌てて直立不動の姿勢を取った。
「君たち、久しぶりだな」
メルベルは穏やかに微笑んだ。しかし、その目には鋭い光が宿っている。
「私が君たちの監督だ」
「えっ?」
二人が同時に声を上げた。
「ガレス君には、巡礼中に巫女を守るガードとしての心得を教える」メルベルの声が急に厳しくなった。「今までのような甘いことは言わない。覚悟を決めておけ」
「ええええええ!?」
ガレスが叫んだ。血の気が引いて、目の前が一瞬暗くなった。伝説の戦士から直接指導を受けるなんて、光栄を通り越して恐怖だった。
「それから、巫女の方の監督だが」
メルベルが振り返って呼びかけた。
「おーい」
「まさか……」
アルマの顔が青ざめた。予感は的中した。
アザリア・イシュタルが優雅に入ってきた。かつての聖女は、メルベルと同じく驚くほど若い外見を保っている。
「私があなたの監督です」
アザリアは優しく微笑んだ。
「でも安心して。この人みたいに厳しいことは言わないから」
ガレスとアルマに、かすかな希望が芽生えた。
「嘘だから気をつけてくれ」
メルベルが端的に言った。
アザリアが恐ろしい顔でメルベルを睨みつける。その表情の変化の速さに、二人の若者は凍りついた。
「あら、余計なことを」
「事実を言っただけだ」
「私は優しいわよ。ね?」
アザリアがアルマに微笑みかけるが、その笑顔の裏に何かが潜んでいるような気がして、アルマは思わず後ずさった。
「あの……本当に、私たちの教官なんですか?」
ガレスが恐る恐る聞いた。
「そうだ」メルベルが頷いた。「ナブから頼まれてな。君たちを一人前にしてくれと」
「父さんが?」
「お前たちは第一期生のトップだ」メルベルの表情が真剣になった。「それに相応しい訓練を受ける必要がある」
アザリアも続けた。
「これから一年間、みっちりと鍛えてあげるわ」
一年。その言葉が、まるで永遠のように長く感じられた。
「荷物はまとめてあるな?」メルベルが聞いた。
「は、はい」
「では、出発だ。最初の目的地はウルクだ」
「ウルク?」アルマが驚いた。「てっきりウルからだと……」
「他の連中と同じルートを辿ると思ったか?」アザリアが意味深に笑った。「あなたたちは特別なのよ」
特別。その言葉が、なぜか不吉に響いた。
「あの、一つ質問が」ガレスが手を挙げた。
「何だ?」
「なぜ、俺たちなんですか?他にも優秀な生徒はいたはずです」
メルベルとアザリアは、一瞬視線を交わした。そこに何か深い意味があるような気がしたが、すぐに表情を戻した。
「君たちの父親との約束だ」メルベルが答えた。「それ以上は聞くな」
ガレスとアルマは顔を見合わせた。父親の約束?それはどういう意味だろう?
「さあ、行くわよ」アザリアが手を叩いた。「時間を無駄にしている暇はないわ」
こうして、ガレスとアルマの巡礼の旅が始まった。
ただし、それが普通の巡礼ではないことを、二人はまだ知らなかった。伝説の英雄たちが直々に指導するということが、どれほど特別で、そして過酷なことなのかを。
神殿を出る時、ガレスは振り返った。他の同級生たちが、和気あいあいと出発していく姿が見える。
(俺たちだけ、なんでこんなことに……)
「何をぼーっとしている」
メルベルの声で我に返る。
「早く来い。遅れたら置いていくぞ」
ガレスは慌てて走り出した。
横を走るアルマが小声で言った。
「兄さん、私たち、とんでもないことになったみたい」
「ああ……父さんの言った通り、死ぬほどぶったまげた」




