第十三話「新たな世代」
―― 十三年後 ――
春の陽光が、神殿幼年部の大講堂を満たしていた。
ガレス・エアは、真新しい制服の襟を正しながら、卒業式の壇上を見つめていた。十三歳の誕生日を迎えたばかりの少年は、黒い髪と鋭い瞳を持ち、すでに将来の戦士としての風格を漂わせている。
「緊張してる?」
隣から声をかけてきたのは、双子の妹アルマだった。栗色の髪を綺麗に結い上げ、巫女部の白い制服に身を包んでいる。
「まさか」ガレスは肩をすくめた。「ただの式典だろ」
「嘘ばっかり。手、震えてるじゃない」
アルマが指摘すると、ガレスは慌てて拳を握りしめた。
大講堂には、神殿の重鎮たちが参観に訪れていた。第一期生の卒業式は、新しい時代の幕開けを告げる歴史的な瞬間だった。これから卒業生たちは、神殿戦士や巫女の要職につくべく、実地での修行を積むことになる。
「諸君」
校長のバルガスが壇上で口を開いた。かつてメルベルと共に戦った老戦士は、感慨深げに生徒たちを見渡した。
「君たちは、千年戦争が終結してから生まれた、最初の世代だ。平和な時代に生まれ、体系的な教育を受けた君たちこそが、新しい世界を担っていく」
講堂が静まり返る。続いて、ナブが壇上に上がった。
「父さんだ」アルマが小声で呟いた。
ナブは威厳ある声で語り始めた。
「この学校の設立には、多くの犠牲の上に成り立っている。過去の大戦を乗り越え、我々は新たな世界を築いた。君たちには、その世界をさらに良いものにしていってほしい」
ガレスは父の姿を誇らしげに見つめた。神殿戦士の頂点に立つ父は、自分にとって憧れの存在だった。
「そして今日は、特別な来賓をお招きしている」
校長が続けた。
「千年王ギシュガルを討った伝説の戦士、メルベル・ボム殿。そして、かつて聖女と呼ばれた、アザリア・イシュタル殿だ」
会場がどよめいた。
メルベルとアザリアが壇上に現れると、生徒たちは息を呑んだ。二人とも実際の年齢は四十を超えているはずだが、法力と聖火の力を共有しているため、見た目は驚くほど若かった。三十代前半、いや、二十代半ばにすら見える。その若々しい外見と圧倒的な存在感に、生徒たちは目を奪われた。
メルベルは短く、しかし心に響く言葉を述べた。
「強さとは、剣の技術だけではない。仲間を守る心、正しいことを貫く勇気。それこそが、真の強さだ」
アザリアも優しく微笑みながら言った。
「皆さんは、私たちが命を賭けて守った未来そのものです。どうか、その未来を大切にしてください」
ガレスは、なぜか胸が熱くなった。この二人の言葉には、特別な重みがあった。
式典が進み、卒業生たちは一人ずつ、卒業の証である剣や杖を受け取っていく。
ガレスの番が来た。ナブから直接、剣を受け取る。父の手は、温かく力強かった。
「よくやった、ガレス」
小声でそう言われ、ガレスは頷いた。
式典が終わると、生徒たちは解放感から賑やかになった。
「なあ、ガレス」同級生のトーマスが近づいてきた。「お前、どこの巡礼地から回る?」
「まだ決まってないよ」ガレスは答えた。「それより、誰と組まされるかの方が重要だろ」
「そうそう!」別の同級生が割り込んできた。「俺は絶対、エミリアと組みたい。あの子、可愛いだろ?」
「お前、単純すぎる」トーマスが笑った。「でも、まあ、巡礼の旅で親密になるチャンスだもんな」
ガレスはため息をついた。
「俺は……妹と組まされそうだ」
「え?マジで?」
仲間たちが同情的な視線を向ける。
「かわいそうに……それじゃあ、ロマンスも何もないな」
「うるさい」ガレスは苦笑した。
巫女部の方でも、似たような会話が交わされていた。
「アルマ、あなたは誰と組みたい?」
友人のソフィアが聞いてくる。
「私は……兄さんとらしいわ」
アルマの声が急に怒気を帯びた。
「え?本当?」
「ふざけんなって感じよ!」アルマが爆発した。「なんで、この楽しみにしていた巡礼の旅を実の兄と行かなきゃいけないのよ!将来を誓い合う相手と出会う旅の詩を、今まで散々読み漁ってきたのに!」
「まあ、でも……」
「そりゃあ、あんたたちは『ガレス君と行けるなんて羨ましい』とか言うんでしょうけど」アルマは腕を組んだ。「妹が兄と旅に出て、何が嬉しいっていうのよ。教官たちは何考えてるんだ!」
「でも、ガレス君って人気あるよね」別の巫女が言った。「成績トップだし、かっこいいし」
「だから何よ」アルマは顔をしかめた。「あいつはただの兄よ。ロマンスのロの字もないわ」
夕方、教官たちが最後の指示を出した。
「では、各自、明日神殿に集合すること。担当教官と共に聖火巡礼の旅に出る。これは単なる儀式ではない。自分の力を確かめ、成長する機会だ」
生徒たちは希望を胸に、学校を後にした。
ガレスは校門で振り返った。三年間通った学校も、今日で終わりだ。
「どうした?」
アルマが隣に立っていた。まだ巡礼の件で不機嫌そうだ。
「いや、なんでもない」
二人は並んで歩き始めた。
「まだ怒ってるのか?」ガレスが聞いた。
「当たり前でしょ」アルマは頬を膨らませた。「せっかくの巡礼なのに」
「俺だって、できれば他の誰かと……」
「はいはい、分かってるわよ」
家に帰ると、ナブとリーナが待っていた。
「おめでとう、二人とも」リーナが優しく抱きしめる。「立派に成長したわね」
「明日からいよいよ巡礼か」ナブが言った。「気をつけるんだぞ」
「大丈夫だよ、父さん」ガレスは胸を張った。「俺たちは第一期生だ。失敗なんてできない」
しかし、ナブの表情には、どこか陰りがあった。まるで、何か言いたいことを飲み込んでいるような。
その夜、ガレスは眠れなかった。
明日から始まる巡礼の旅。ウル、ウルク、ジッパルの三都市を回る予定だ。道路も整備され、裏切り者たちの粛清も終わった今、かつてのような危険はない。
(でも、キシュの森とエリドゥは、まだアンデッドが残っているんだよな)
ガレスは天井を見つめながら考えた。
(いつか、そこにも行ってみたい)




