回答と内省
堂の戸が、すっと開かれる。重蔵がニコニコと笑みを浮かべながら、堂に入ってきた。
「おう、おう。起きておったな、晴さん」
「……!」
晴奈は一瞬重蔵に顔を向け、すぐに目の前で刀を構えていた「自分」の方に視線を戻した。だが、既にそこには誰もいない。辺りを見回しても、自分の他は重蔵がいるだけだった。
「さて、聞こうかの。晴さん、この試験は何を問うものじゃろ?」
すべてを察した顔で、重蔵は晴奈に問いかける。晴奈はこの24時間で至った考えを、率直に話した。
「……戦いの、意義。無闇に戦うことが、正しいことかどうか。無益な戦いは、無駄であると言うことだと」
「ほぼ、正解じゃ。じゃが後一つ、逆のことも考えなければならぬ」
「逆のこと……と言うと?」
晴奈は刀を納めつつ、聞き返す。
「意味も無く戦えば、どうなる?」
「無為。何も成しません」
「さよう。じゃが、確実に失ったものがある。時間や話す機会、物、その他諸々、そして何より、人命じゃ。
人は失えば、代わりの何かを手に入れようとする生き物じゃ。戦いで失ったものを取り戻そうとし、それは時として次の戦いを生む。そしてその戦いでまた何かを失い、さらに代わりを求め――行き着く先は、戦いが戦いを生み続ける修羅の世界じゃ。そこへ至ればもうそこには、無限の損失しか無い。永遠に失い続ける人生を歩み、何も生み出すことは無い。それはいつか己自身をも失わせる、まさしく地獄への道じゃ。
無益な戦いこそ、剣士の名折れと心得よ。それがこの試験の本意じゃ」
「なるほど……」
重蔵の答えを聞いて、晴奈はしばらく顔を伏せ、考える。
「……もう一つ、感じたことがあるのです」
「うん?」
「私は、私と向かい合った時、ひどく怯えていました」
それを聞いた重蔵が、「ほう」と声を上げた。
「自分まで呼び出しなすったか」
「ええ。そして対峙した時、ずっと私は私から殺意をぶつけられていました。お恥ずかしい話ですが、これまで私は、あれほど強い殺意を受けた覚えが無かったのです。いや、殺意を受けたと気付いていなかったのか……」
「ふむ」
重蔵は腰を下ろし、晴奈に座るよう促す。
「まあ、今までのわしの経験から言うとじゃな」
「はい」
座り込み、同じ目線にいる晴奈をじっと見て、重蔵は言葉を続ける。
「今回、あるやもとは思っておったが――晴さんみたいに自分を呼び出した者は、滅多におらんのじゃ。自分を呼び出した者は例外無く、若くして才能を開花させ道を極めし者。そう言う者ほど、自分に自信を持っておるのじゃろうな」
「はあ……」
「正直な話、自分以外のすべてを倒したその時、『私は誰よりも強い』とおごったじゃろう?」
「……はい」
心の中に一瞬浮かんだ邪心を言い当てられ、晴奈は顔を赤くしてうなずく。
「そんな者ほど、当然過ぎるほど当然のことに気付かん。『敵を倒す時は逆に、倒されることもある』と言うことにな。それが分からん者ほど修羅になりやすい。さっきも言うたが、剣士としてその道に身を落とし、己のみならず周りの者までも失わせることは、何よりも恥ずべきこと。最も重い罪じゃ」
罪、と聞いて晴奈の心がまた痛む。先程感じた罪悪感が、思い出されてきた。その忸怩たる思いも見透かすように、重蔵はこう続けた。
「自分と向かい合った時に感じたそれを、よく覚えておきなさい。修羅の道に足を踏み入れそうになった時、それを思い出しなさい。思い留まれるはずじゃ」
「……はい」
晴奈は重蔵の言葉を、心に深く刻みつけた。
「さて」
と、重蔵は懐から巻物を取り出し、晴奈の眼前で紐解く。
「これは焔流剣術が興った頃よりずっと書き連ねられておる、免許皆伝の書じゃ。ほれ、この端。『焔玄蔵』と書かれておるじゃろ。これこそが我らの開祖、『焔剣仙』玄蔵。そしてその後に、おびただしい数の名前が連なっておる。これらは皆、焔流を極めし者。免許皆伝の証を得た者たちじゃ。
そして今日、玄蔵と反対側の端に――黄晴奈の名を連ねよう」
重蔵は指差した箇所に晴奈の名を書き、晴奈の手を取って拇印を押させた。
「おめでとう。これより晴さんは、焔流免許皆伝を名乗ってよろしい」
「……」
晴奈は何か礼を言おうとしたが、言葉にならない。ばっと体を伏せ、重蔵の前で深々と頭を下げた。
こうして双月暦512年の秋、晴奈は焔流免許皆伝と言う、最上級の剣士の称号を得たが――。
(慢心などするまい。私は忘れるものか。『私』自身から受けた、あの殺意を。受けて感じた、あの寒々しい気持ちを。何よりあの『私』を呼び出すきっかけとなった、恥ずべき傲慢を。
それに――明奈を救い出せなくて、何が免許皆伝だ。いつか明奈が無事に帰って来るまでは、いや、私が救い出すその時までは、この称号は軽々に用いるまい)
救い出す機を待ちながら――晴奈は今日も黙々と、修行にはげむ。
蒼天剣・錬士録 終




