免許皆伝試験
6年前――入門した時と同様、晴奈はあの伏鬼心克堂に、大小二振りに武具をまとった状態で連れて来られた。
(やはり仕合か何かをするらしい)
性懲りもなく心をときめかせていたところで、重蔵が試験について説明し始めた。
「ここが免許皆伝試験の会場じゃ。これから一昼夜、丸一日ここにいてもらう。その間眠らずにいられれば、試験は修了。晴れて免許皆伝じゃ。ちなみに晴さん、この堂の仕組みはもう分かっておろうな?」
「はい。己の心が、鬼を作るのですね」
「さよう。入門時の仕掛けは、確かにそうじゃった。じゃが今度はちと、状況が違う。出てくるのは鬼ではない」
「鬼ではない? では、一体何が?」
尋ねた晴奈に、重蔵は首を横に振った。
「それは晴さん自身で確かめなさい。そして『それ』が出てきた理由も、真摯に考えなさい。それがこの試験の答えであり、真意じゃ」
堂に入ったところで、重蔵がとん、と扉を閉める。わずかな灯りだけがほんのりと照らす暗い堂の中に一人、晴奈は残された。
試験が始まってすぐ、晴奈は――他にやることも無いので――坐禅を組んでいた。しかし完全武装した状態では窮屈すぎて、気が散ってしまう。仕方なく立ち上がり、堂の中をうろうろと歩き回った。
(出てくるものは鬼ではない……か。重装備であるし、もしかすれば今度こそ鬼と真正面から戦えと言うような話だと思っていたのだが、そうではないらしい。では一体、何と戦うのだ?)
現状、思案に暮れる他にはやることが無いので、晴奈は手入れでもしようかと刀を鞘から抜いた。
(……!)
と、その刃に黒い影が映っている。背後に誰かがいることを察知し、晴奈は振り返った。
「何奴だ、……!?」
そこには忘れようにも忘れられない、憎き狼獣人の顔があった。
「うり、る、……ウィルバー・ウィルソン! 何故、貴様がここにいる!?」
「……」
かつて晴奈に手痛い敗北を負わせた、あのウィルバーがいたのである。そのウィルバーらしき者は一言も発さず、いきなり襲い掛かってきた。
「く、この……!」
三節棍は4年前と同じく変幻自在の動きを見せ、晴奈を翻弄する。距離を取って隙を伺おうにも、三節棍の間合いは刀よりはるかに広く、必然的に攻め手を失ってしまう。ならばと攻めに打って出れば、相手は棍を折り畳んで間合いを詰める。
「くそっ」
守りにも攻めにも勝機が見出だせず、晴奈は一歩――そしてそれが敗因であったことを思い出し――さらに一歩半、後ろに飛びのく。
「……」
すかさず相手も一歩、二歩と間合いを詰め、晴奈を追ってくる。瞬間、晴奈の脳裏にある戦法が閃いた。
(私はこいつが不得手なのではない。こいつの、三節棍が不得手なのだ。……いや、三節棍を得物とする相手との戦い方をまだ、把握できていないのだ。一方、彼奴は刀相手の戦い方を心得ている。私が刀を構えてどう動こうとも、彼奴は捌いてしまうだろう)
晴奈は――今度は敗北した時と同じ状況を再現するつもりで――もう一歩下がり、相手を誘う。そしてやはり、あの時と同じように相手が棍を打ち出してくる。それと同時に晴奈は刀を右手に持ち、そのまま投げつけた。
(棍を使われれば不利。刀を使っても不利。ならばどちらも使わなければいい)
刀と棍が交錯するその瞬間、棍が軌道を変えて刀を絡め取る。
(防御に棍を使うのならば当然、その瞬間だけは棍での攻撃ができない。棍が使えぬのなら、勝ちの目はある!)
晴奈は脇差を左手で逆手に抜いて間合いを詰めに詰め、眉間をざくりと斬りつけた。
「……!」
額から血が噴き出し、そのままバタリと前のめりに倒れる。勝負が決したことを確信し、晴奈はふう、とため息を吐いた。
(勝てた……が……何故、こいつがここに?)
相手をチラ、と目視し、微動だにしないことを確認して、晴奈は手放した刀を拾う。が、その瞬間、違和感を覚える。
(刀……三節棍に絡め取られていたはずだが……無いぞ?)
三節棍がどこにも落ちていないことに気付き、晴奈は戦慄する。
(いつの間に……まずい!)
刀を構え直し、相手と対峙――しようとして、晴奈はきょとんとする。
「……い……いない? いつの間に?」
倒れていたはずの相手は既にどこにもおらず、晴奈一人になっていた。
(な、……なんだ? 面妖な。……いやしかし、今ここにウィルバーがいたと言うのなら、襲撃を受けていると言うことだ。試験を受けている場合ではない。すぐに加勢しなければ! 加勢、……またあの時のように、小鈴殿がいてくれれば心強いが)
ごちゃついた頭を何とか動かし、堂の出口に向かおうとしたその時――どこかから、風切音が聞こえてきた。
「……!?」
とっさに身をよじった直後、自分がさっきまでいた場所に、石の槍が刺さる。
(石槍!? ……これは!?)
槍が飛んできた方向に向き直ると、そこには――。
「こ……小鈴殿!? いつの間に、……いや、いきなり何をなさるのです!?」
「……」
小鈴らしき者もまた、無言で襲い掛かってきた。




