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1話 聖徳太子が日本を思い、心に響く歌

西暦604年頃――今からおよそ1,420年前。


和をもって 貴しとなす

東の空に 朝日がのぼる

君も民も ともに歩めば

心ひとつに 道はひらける


三宝を篤 (あつく)く敬い

願わくは 争いなき世を

人の心は鏡のごとく

映すこの国 光に満ちよ


弱き者には 手を差し伸べ

困る人には 慈しみを

夢殿に祈る 平和の願い

力を合わせて 事をなせ


日出づる国の民たちよ

心を一つに 進みゆけ

和の精神 この地に咲かせ

未来を照らせ 新しき世へ


……


推古天皇十七年――

朝焼けの大和の宮に、聖徳太子は静かに座していた。


遠くの山々は霞に包まれ、都では鐘の音がかすかに響く。

だがその平和な朝とは裏腹に、都の内外は、いま大きなうねりと混乱の渦中にあった。


蘇我氏、物部氏という二つの有力豪族は、仏教の受容をめぐって激しく争い、各地では血が流れ、怨嗟と疑念が漂っていた。

太子は、幼くして父・用明天皇を亡くし、母や師僧たちとともに仏教の教えに心を傾けてきた。

だが、その“仏の道”すら、人と人を分かつ新たな火種となっていた。


推古天皇のもと、太子は摂政として国を治め、冠位十二階や十七条憲法の制定に取り組む日々だった。

新しい秩序を作り出そうとする中で、彼の心には絶えず“迷い”があった。

「力で抑え、争いを断つことはできる。だが、それは本当に人々の幸せか――」


ある日、太子のもとに、都の片隅で起きた争いの知らせが届いた。

仏教を信じる者と、古来の神を信じる者。

互いを罵り合い、ついには刃を交える寸前だったという。


太子は、そっと書院の障子を開け、庭先に咲く白い椿を見つめた。

その花の白さは、誰のものでもなく、争いも知らぬ静けさに満ちていた。


「人はなぜ、こんなにも心を閉ざすのだろう」


ふと、太子は幼い頃の記憶を思い出した。

父の病床の脇で、母がそっと唱えた経文の響き。

「弱き者には手を差し伸べなさい」と、穏やかに微笑んだ師僧のまなざし。

そのすべてが、温かい“和”の気配に包まれていた。


太子は、夜更けの書院でひとり筆を取り、心の奥底から湧き上がる思いを歌にした。


和をもって 貴しとなす

東の空に 朝日がのぼる

君も民も ともに歩めば

心ひとつに 道はひらける


その言葉には、国をまとめる苦悩と、どこか祈るような優しさが込められていた。


翌日、太子は臣下や僧侶たちを前に、この歌を詠み上げた。


「力で人を従わせるのではない。

 和こそが、この国を照らす朝日となる。

 どうか、みなも同じ願いを心に抱いてほしい」


人々の間に、静かなざわめきが広がった。

厳しい顔つきの蘇我馬子でさえ、その瞬間だけは眉をひそめず、遠くを見る目をした。


太子はその後も、多くの矛盾や争い、絶えぬ人の苦しみに立ち向かうことになる。

だがこの歌は、彼自身の支えとなり、やがては十七条憲法の第一条として、世に刻まれることとなった。


季節は巡り、都の桜が咲くころ。

ある僧侶が太子に尋ねた。


「和とは、弱さなのでしょうか。それとも強さなのでしょうか」


太子は、静かに首を振った。


「和とは、人の痛みや孤独を、自分のことのように思える心です。

 それこそが、国を強く、美しくするのです」


その言葉は、やがて民の間にも広がり、争いの渦中にある者の心にも、ゆっくりとしみ込んでいった。


朝日がまた、東の空に昇る。

太子の歌は、遠い時代の波を超えて、今も静かに私たちの心に響いている。


大和――それは“和”を尊び、人と人とが寄り添い合う国。

力や争いで築かれるものではない。

聖徳太子の祈りや願いは、果たしていまの日本にも息づいているのだろうか。

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