一方その頃④
ーーミュティア視点ーー
私は今日この時まで、当たり前にあるものはずっと続くと思っていました。
当たり前すぎて突然それが無くなってしまうなんて、頭の片隅にもありませんでした。
手足、頭から徐々に体の中心に向かってグニシスが石化していくのを目の当たりにしても、今の私は駆けつける事も難しい。1番救いたい人を救えないなんて……。
いえ、そんな弱音を吐いてる暇はありませんね。
グニシス、待っていてね。今貴方の穢れを私の術で。
「グニシス……心配しないで、今」
「ミュティア様……いけません。私1人の為にお力を使わないで下さい」
「そんな訳にはいきません。石化も穢れに分類されるはずです。ならばこの術で」
「ミュティア様!! お願いです!! これ以上無理をすると貴方の体は……それだけは絶対にダメです!!」
「私の信念を知っているでしょう! 絶対にダメなのは私のセリフです」
「ミュティア様……貴方に仕える事が出来て…………幸せでした」
「ダメ! 最後みたいな事言わないで!」
こんな緊急事態にも関わらず、周りの状況はそれを許してはくれません。
バジリスクです。
天井から真下にいる私達を狙っているのです。
「リーベルト様! どうかお力を」
「お力お力って、何言ってるの? そんな奴ほっとけばいいじゃん」
そんな奴……。
「ただの護衛でしょ? 国に帰って補充すればいいだけの話だと思うけど」
と、言う会話の隙にスタッと着地し再び【石化ブレス】を撒き散らかしたのです。
その矛先はロゼルス兵達。彼らの足では回避する事は非常に難しい。
この短時間で3人が石化状態に……。
「へ、へい……か……」
「か……から……」
「ミュ……ティア……」
私の信念は……。
「関わった……命は……ぜんりょ……くで……!!」
女神ミレイネス様。
もう一度だけ、私に奇跡をお示し下さいませ。
この体がどうなろうと、これが最後になろうと、目の前の命が救えるなら……。
「救える……なら!」
力が入らない。
体が痛むけど。
弱音を吐いていられない。
「天上の三女神ミレイネスよ、神聖なる輝ける白翼で穢れし……」
「マキシマムブレイブスラァァァァァッッッッッシュッ!!」
ズガガガガガガガッ!
ドゴォォォォォォォォォン!
「……………………え……?」
技を放ったのはリーベルト様。それは分かっています。
思考が追いつかない。何故……? どうして……?
バジリスクは【マキシマムブレイブスラッシュ】の衝撃波で消え去りました。
けれど、消え去ったのはバジリスクだけではなかったのです。
「おぉ〜!!! 何と素晴らしい一撃なのじゃ!!! バジリスクが消し飛んだぞ!!!」
「素晴らしいですわリーベルト様ぁ♡」
もう歩けないと思っていたのに、気づけば剣を背中に仕舞う彼の前に立っていました。
「貴方は……、今一体……、何をしたのですか……」
「凄すぎて分からなかったかい? 大勇者の奥義を使ったのさ! へへへ! 一瞬で溶けただろ? この僕にかかればランクAの魔物なんて」
パシンッ!
「おぐぁ!?」
「ちょ、ちょっと貴方!! わたくしの彼に何をするのですか!?」
「ミュティア殿、リーベルト殿はバジリスクを倒し我々を救った救世主じゃぞ? 救世主にビンタするなど」
「陛下! 貴方の兵士達も消え去ったのですよ!? 何も思わないのですか!? 尊い命が消えたのに……グニシスも……」
「何を言うておるんじゃ? 兵はまた補充すれば済むじゃろう」
「当たり前ですわね」
「それに、バジリスクを倒す絶好のチャンスだったじゃないか。兵士達を気にしてたら勝てる戦も勝てないよ」
「兵士を犠牲にしてもですか!? 兵士達が被害を受けない戦い方もあったはずです! 貴方はそれを一切考えずにやったのではないですか!?」
口をポカーンとしながら私を見る御三方。
「おかしな事を言うもんじゃな。壁が壊れたら新しい壁に作り直すのは至極当然の話ではないか? 兵士なぞ腐る程おるんじゃ。減れば補充すれば良い」
「ミュティアさんの国では、壊れたものはそのまんまにするのね。ウフフ、汚い国だこと」
「壁と…………物と同じ……なのですか。人の命は……」
何なのこの人達……。
全く話が通じない……ここまで通じないと、私が間違ってると錯覚してしまう。
自分の衣服についた埃や砂をパッパと払いのけながら「それよりも」と、陛下が続けます。
「リーベルト殿、あそこを見るのじゃ」
陛下が指差した所の壁が青く輝いていました。
恐らくこれが……。
「ブルークリスタルですわ♪ それも壁一面に広がってますわね⭐︎ お父様、すぐに兵士達を呼んで運びましょう」
「待て。つまり、この奥にはもっと多くのブルークリスタルが眠っとると言う事ではないか? ここで戻るより、この先のエリアもミュティア殿のあのスキルで瘴気を全部消せば、兵達も運びやすくなるじゃろう」
「なるほど! 魔物は僕がいれば問題ありませんしね!」
「流石お父様ですわ! 兵士達もお父様のお気遣いに感動すると思います!」
「と言う訳じゃミュティア殿。さっさとスキルの準備をせんか」
「…………嫌です」
余りにも酷すぎるのでつい口に出てしまいました。
しかし、後悔はありません。
「…………………………何じゃと? 今、儂の命令を断ったのか?」
「ついに尻尾が出ましたわね! リーベルト様、この女はこう言う女なのです!」
「ミュティア、僕はこの奥に進みたい。もっと多くのブルークリスタルがあるかもしれないだろ? さあ、さっきのスキルを見せておくれ」
「もう一度言うぞ? この先の、いやこの洞窟内全ての瘴気を直ちに消し去るのじゃ!」
「先程も申しましたが、陛下の命令には従いません」
「そうか。ならラムリースとの関係はこれまでじゃな。其方らの国は気候や土地の条件が極めて悪い不毛の地。関係を断つと言う事は、即ち生きていけなくなると言う事。それは理解していると思うが?」
まるで喉にナイフを突きつけられているかの様に、この言葉を言われてしまうと……本当に悔しい。
傲慢で人の苦しみを何とも思わない、冷酷な人間ロゼルス……。
そして、その性格を受け継いでるアイリーン。
救世主召喚で別世界からやってきたリーベルト。
彼だけは違うと思っていたのに、ロゼルス側の人間だった。
このまま私が逃げてここから居なくなれば、この3人はやがて瘴気で死んでしまう。
私が逃げれば……。
そう何度も何度も思って……けれど、やっぱり見捨てて行くなんて私には出来なかった。
どんなに嫌な人間でも……。
こうして結局は体の蝕みに耐えながら、浄化の輪を展開した私は、彼らに何も反抗する事なく、エリア奥の浄化に行くのでした。
それから何日、何時間経ったのでしょう。
どうやって帝都に戻って来たのか記憶がなく、気がつけば帝都の門をくぐっていました。
常時最大限展開していた【浄化の輪】と【女神の光翼】を酷使し過ぎたからなのか、私の顔や体には黒い斑点模様が現れ、それがまるで呪われたかのようだと、すれ違う人々から避けられるようになりました。
ロゼルス陛下は「大聖女は呪われし悪魔だった」と国民に伝え、私は何の抵抗もできず、そして言葉で抗う事もできずに、魔島へ追放されてしまったのです。