一方その頃②
ーーミュティア視点ーー
私の名はミュティア。
ラムリース王国の王女であり、ラムリースを代表する聖女でもあります。
聖女はアビリティを授かった時に浄化力を計測されるのですが、一般的な聖女の浄化力を100とするなら、私の浄化力は10000を超えていたそうで、いつしか人々からは膨大な浄化力を持つ聖女、〝大聖女〟と呼ばれるようになりました。
そんな私がロゼルス陛下の命を受けて、大勇者リーベルト様と陛下のご息女であるアイリーン王女のデートに同行させていただく事になりました。
正直、今も悩んでいます。
本当にお受けしても良かったのか……。
世界にはこの時にも魔物によって消えて行く命があると言う事。
その人々の為に私の力は使うべきではないでしょうか。
陛下の願いは世界平和である……はずなのです。心の何処かで私は、これも世界平和に繋がるはずだと思うように……ふふ、そんな合理的に物事を考えられれば良いのですがね……。
「ミュティア殿、もっと浄化の輪の範囲を広げんか。其方程の大聖女であれば、もっと範囲を広げられるのは分かっとる。まさか手を抜いておるのか?」
「いえ、その様な事は。も、申し訳ありません!」
「なら限界まで広げろ。窮屈で敵わん」
「へ、陛下! 現状でも十分過ぎる範囲ではないかと思うのですが……それにミュティア様は」
「グニシス、良いのです。範囲を最大まで拡大致します」
陛下の催促に乱れた心を鎮め、静かに祈りました。
すると私を中心に広がっていた光の輪が更に大きくなり、辺りの瘴気を退けて行きます。
〝浄化の輪〟とは、魔力を用いて円形の結界を展開する聖女の基本的スキルです。
私達の住むメルティシアは瘴気の世界。
街から街への移動には瘴気を浄化する聖女が必要なのです。
聖女無しでは外は歩けません。
それが例え世界を救う救世主と謳われた大勇者リーベルト様であっても、浄化力がない人間は瘴気の中では5秒と持たないのです。
「リーベルト様〜♡ 着きましたわ! ここがロゼルスで1番有名な〝ブルークリスタル〟が採掘出来る聖宝の洞窟ですの」
2名のロゼルス兵士が先導して、その後を私の護衛としてラムリースから同行しているグニシス、そして私、リーベルト様、アイリーン様、最後にロゼルス陛下と言う順番で聖宝の洞窟を進んで行きます。
ブルークリスタルとは、メルティシアで1番美しいと言われている青く輝く水晶石の事で、とてつもない高価な宝石だと丁寧に説明されるアイリーン様。
「へぇ……ブルークリスタル」
リーベルト様の返事は心ここに在らずと言う感じで、何処か上の空。
洞窟の天井などにキラキラした石が埋まってあるので、私はてっきりブルークリスタルを探すのに夢中になっていたのかと思ったのですが……。
「ミュティアだっけ? 歳いくつ? 君って王女なんだ?」
私の後ろを歩いていたリーベルト様から急に私に声がかかりました。
「30で御座います。はい、ラムリース王国、第一王女で御座いますリーベルト様」
「素晴らしい! 大人な雰囲気が漂ってたし、凄く落ち着いてるし、物腰も柔らかいし、そして何より凄く美人だね! カレシはいるの?」
「り、リーベルト様は……こぉんな年増なオバサンがよろしいですの!?」
オバサン……一応30には見えないとよく言われるんだけどな。
「君も素敵だよアイリーン」
「君も? まるであのババアのついでのような言い方ですわね……」
「あ、いや……そう言うわけじゃ」
「…………ミュティアさん! まだ狭いわ! もっと広範囲に浄化して下さるかしら!」
「浄化の輪は、限界まで広げましたのでこれ以上は……」
「ふん! 何が大聖女よ! 大した事ないじゃない!」
この一連の会話からアイリーン様は、私に対しての風当たりが強くなった気がします。
きっとリーベルト様を取られると思われたのかもしれない。
しかし私は2人の恋仲を裂くような事は絶対にありませんし、勿論リーベルト様に対して特別な感情を持つ事もありません。
誤解が生まれない様に注意しながら、洞窟の奥へと進んで行きました。
その道中にも、アイリーン様がやけに瘴気の濃い所を指定なされるので3回目辺りからは嫌がらせをされているんだなと自覚。
瘴気の濃い場所には凶悪な魔物がいる確率が高いので、と注意しても全く聞く耳持たずでした。
そして案の定、魔物と遭遇する事に。
「魔物です!」
「皆さんお下がり下さい! ここは我々が!」
太ったトカゲの様な姿をした魔物……い、いけません! バジリスクです!
灰色をしているせいもあり、洞窟に溶け込めるので中々肉眼で見逃してしまう事も。
しかしバジリスクにはもっと厄介な【石化ブレス】と【絶死の猛毒】と言うスキルがあるのです。
ロゼルス兵達が腰の剣を抜いて構えます。
兵士達の間合いの取り方、恐らくこの者達はバジリスクとの戦闘経験がなさそうです。
魔物ランクAに分類されるバジリスクですが、まさかこんな所にランクAの魔物がいるとは陛下も思っていなかったご様子。
それもそのはず。
瘴気の濃い所さえ行かなければ、凶悪な魔物に遭遇する事はまずありません。
今回の様に敢えて瘴気の濃い所に行くなど、魔物の巣に入る様なものなのです。
「お気をつけ下さい。バジリスクは相手を石化させたり、猛毒にするスキルを持っています」
「石化……」
ロゼルス兵の1人が私へ振り返った時、バジリスクはスッとその場から消えてしまいますが、これはカムフラージュによる目の錯覚でそう見えているだけなのです。
「お、おい……消えたぞ!」
「いえ、消えたのではありません。これはカムフラージュです。恐らくまだ近くにいるはず……」
「ミュティア様、こちらへ」
剣を構えたグニシスが、周りを警戒しながらそう言いました。
「上だ! 天井にいるぞ!」
そしてグニシスの大声で皆一斉に天井に目を向けた時、素早く地面に着地したバジリスクはロゼルス兵の1人の手首に噛みつきました。
「ぐあぁぁぁ!!」
「くっ! こ、このぉぉ!!」
ザシュ!
隣にいたもう1人の兵士が斬りつけ、命中したにも関わらず大したダメージは与えられていない様子。
バジリスクはまたスッと何処かに身を隠しました。
「おい! 大丈夫か!!」
「ぐ……ぐぁ……か、……体がうご……」
それよりも、手首を噛まれた兵士が【絶死の猛毒】に侵されてしまいました。
バジリスクは、噛み攻撃の際には牙に【絶死の猛毒】と言うスキルを仕込みます。
この毒は一般解毒薬も、解毒治癒術も聖女の浄化スキルも効果はなく、故に絶死なのです。
ただ、幸運にもここに私がいます。
私はある特別なスキルが使えるのです。治療する訳ではありませんが、100%この方を救えるものです。
しかしまずはバジリスクをどうにかしなければ。
「リーベルト様、お力をお貸し下さい! 貴方の勇者のお力で」
「その言葉を待ってたよミュティア! 僕のスーパーブレイブを使ってトカゲを倒してやるさ!」
背中に背負う剣を引き抜き、余裕のあるゆっくりとした歩みで私の前に。
「大勇者様! ご指示を!」
と、剣を構え直したグニシスに「必要ない」と一言。
「剣をしまって黙って見てろ」
「こいつは毒だけではありません! 石化するスキルも持っています!」
「は? 僕を誰だと思ってんの? 大勇者リーベルトだよ? こんな雑魚1匹にやられるとでも思ってるのかい?」
「魔物ランクAの魔物です。ただの雑魚と侮らない方が宜しいかと……」
「ふふ……じゃあ尚更そこで見ていろよ。僕の力を見せてやるから!」
ドォォォン!!
リーベルト様の体が黄金色のオーラに包まれました。
これが【スーパーブレイブ】……!?