意外な人物
「ルーク大丈夫かな……」
飛び出して行ったまま、なかなか帰って来ないルークを心配しながら待つが、ただただ時間だけが過ぎていく。
相手は大人の男性だった。
たとえ獣人族といえど、ルークはまだ少年なのだ。
ルークに何かあったらと不安になるが、今のレナにできることはない。
ガチャっと扉の開いた音にレナはすぐさま玄関へと向かう。
「ルーク!! あぁ、よかった無事だったのね!」
レナが勢いのまま抱きつくと、ルークはほんのり頬を赤らめて、ポンとレナの頭に優しく手を乗せる。
「俺に何かあるわけないだろう? でも心配かけてすまなかった」
「ううん。私のためにルークが危ない目にあったらって……でもあまり無茶はしないで……」
「わかった。ごめん」
二人で無事を喜び合っていると、疲れきったか細い声があがる。
「あの〜ルーク様? そろそろ離していただきたいのですが……」
その声にルークの後ろを覗き込むと、そこには先程窓の外にいた男性が疲れきった顔で、ルークに首根っこを掴まれ、片手で引きずられていた。
「えっ!? えっと……連れて来たの?」
「すまない、レナ! こいつは俺の知り合いなんだ。ほら! お前も謝れ! レナを怖がらせやがって!」
ルークが男性を掴んでいた腕を振りかぶると、男性が顔から床に突っ込んだ。
ドンっと響いた鈍い音にレナがビクッと肩を揺らす。
「だ、大丈夫ですか?」
男性は静かにムクっと起き上がる。
真っ赤になった額と鼻が痛々しいが、男性はそれをまったく気にした様子もなく、レナに向かって深々と頭を下げた。
「この度は不安にさせるようなことをして本当に申し訳ありませんでした。まさかルーク様を助けていただいた方だとは知らず……身辺を探るため、様子を見させてもらっていたのです……」
「そうだったのですね。事情はわかりましたから、頭をあげてください」
男性は顔をあげ、モノクルを掛け直す。キャラメル色の真っ直ぐな癖のない髪に落ち着いた金色の瞳の彼はレナよりも少し年上に見える。
質の良い服を着ていて、所作も綺麗だ。
そんな彼が先ほどからルークを様付けで読んでいることを考えると、やはりルークは相当高い身分なのだろう。
「まずはご挨拶させてください。私はルーク様の側近の鷹獣人のギャビン・カーターと申します」
「まったく……どう見ても俺が捕まっているようには見えなかっただろう」
「いや……だってルーク様ずっとこの家に篭りきりで、まったく外に出ていなかったではないですか。気配はあるのに姿は見えないし……それに私が最後にあなたを見た時は小虎の姿でしたし、珍しい獣だと思って囚われているのかもと思ったのです」
「それで私の様子を探っていたのですね」
「はい。疑ってしまいすみませんでした。ですが驚きました……ルーク様はどうやってその姿に? まさか呪いが自然と解けているのですか?」
「まさか。奴らの強力な呪いが簡単に解けるはずがないだろう。これもレナのおかげだ」
「レナさんの? それはどういうことでしょう?」
不思議そうにレナを見つめるギャビンにルークがこれまでのことを話した。
「まさかそんなことになっていたなんて……レナさん本当にルーク様を救ってくださり、ありがとうございます。しかもルーク様の呪いが完全に解けるまで力を貸してくださるなんて……もうなんとお礼を申し上げればよいか……」
「そんな、お礼だなんて……私がしたいと思ってしていることなので」
「レナさんはとてもお優しいかたなのですね。本当にありがとうございます」
ギャビンはレナに深く頭をさげる。
そしてゆっくり顔をあげると、今度は勢いよく体の向きを変えルークを見つめる。
「ところでルーク様? レナさんにはご自身のことは全て話されたのですか?」
ルークは一瞬顔を引きつらせ、気まずそうに視線を逸らす。
「いや……全ては呪いのせいで話せないからな……話せる範囲でだ」
なんとも歯切れの悪い言い方にギャビンが怪しむような目を向ける。
「まさかそれをいいことに家に転がり込み、先程のようなスキンシップを日常的に取っていた訳ではありませんよね?」
「なっ……ば、馬鹿なことを言うな! そんなわけないだろ!」
「本当ですか? ではなぜそのように焦っておられるのですか?」
「あ、焦ってなどいない! やましいことなどない! そりゃあたまに寝顔を見たり、魔法の練習の時に手を取ったりはしたが、それは別にやましいことではないだろう! それよりもお前から話せるのならば、俺のことをレナに伝えてくれ」
焦っていないという割に早口で捲し立てるルークにレナはきょとんした表情を向ける。
ギャビンはフーッと大きなため息をつくと、レナに向き直る。
「レナさん実はルーク様は⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎」
「え? すみません、ギャビンさんうまく聞き取れません」
「ギャビンからでも、やはり呪いに関することは事実を知らない人間には伝えられないのか……」
「そのようですね……どちらにしろ呪いが完全に解けない限り奴らに対抗するのは難しいでしょう。私もいろいろ調べていましたが、呪いを解く手段は見つかっておりません。レナさんには申し訳ありませんが、やはりこのまま呪いを解く協力をお願いしましょう」
ルークとギャビンは目を合して頷くと二人揃ってレナに頭を下げた。
「レナ、やはり呪いを解くためこれからも力を貸してほしい」
「引き続きルーク様のことをお願いできますでしょうか?」
「二人とも頭を上げてください! もちろんです。最初からそのつもりでしたし。とにかく今日はもう遅いですし、よければギャビンさんも家に泊まって行ってください」
「よろしいのですか?」
レナの言葉に目を輝かせたギャビンだったが、すぐさま横から制止の声がかかる。
「いや、ギャビンにはやることがあるだろ?」
「ちょ、ちょっとルーク様?」
「あれだけレナを不安にさせておいて、そのままレナの優しさに甘えるのはどうかと思うぞ。申し訳ないと思うなら少しでも呪いや奴らの情報を集めてくるべきじゃないのか?」
「いやいや、もうこんな時間なんですよ? それに獣人族の中にあっても異常な身体能力と定評のあるルーク様に猛スピードで長時間追いかけ回された挙句、その馬鹿力でここまで街中を引きずられたのですよ! 今日はもう休ませていただきたいんですけど!?」
「あれ如きで何を言っているんだ。ほら、とっととお前はお前の仕事をしろ」
ルークはいつもレナに向ける優しげな表情とは正反対の冷たい目でギャビンの首根っこを掴むと、レナの止める間もなくギャビンを外へと放り出した。
「うっ! ひどい! 扱いが雑ですよ! 私だってルーク様を心配して今まで探していたのに!」
「俺と違って呪いを受けていないお前が俺を見つけるまで相当時間がかかったようだが?」
「そ、それは奴らに見つからないように安全な道をじっくり確認しながら来たからで……別に美味しい料理を食べたり、良い宿を見つけたから1泊延ばしたりなんてしてないですよ!!」
「ほぉ……俺が死にかけている間もなかなか楽しい道中を過ごしていたようだな?」
「いやいや、違いますって!!」
必死に否定するほどにルークの表情が全く感情のこもっていない笑みに変わっていく。
「それじゃあしっかり情報を集めてこいよ」
ルークは無理やり張り付けた背筋の凍るような笑みをギャビンに向ける。
「こ、この人でなし!!」
「俺は獣人族だからな」
ルークがバンッと勢いよく扉を閉めた。
「えっと……ルーク?」
「さぁ遅くなったな。レナも早く寝た方がいい」
先ほどとは打って変わって優しい感情のこもった笑みをのせ、ルークはレナの背中を押すと寝室へと向かわせる。
「今日は心配かけてすまなかった。ゆっくり休んで」
ルークはそっとレナの額にキスを落とすと、おやすみと優しく微笑んで部屋の扉を閉めた。
綺麗な甘い笑みと優しい額へのキスで一気に思考を持って行かれたレナは、すっかりギャビンのことを忘れ、熱い頬の熱を何とか冷まそうとベットに横になった。