視線
「ん?」
レナは庭いじりを止めると、パッと後ろを振り返る。
そしてうーんと唸りながら首を傾げた。
「おかしいな……?」
「レナ、朝食ができたぞ!」
その時ちょうどルークが扉を開けて、レナに呼びかける。
最近ルークは家事を手伝っている。初めは知らないことばかりだったが、もともと器用なのだろう、最近では一人でこなせることが増えた。
しかし一般家庭のことをほとんど知らないということは高い身分の家に生まれたのかもしれない。
じっと動かず、庭の外を見つめるレナに、ルークがレナと同じ方向に視線を向ける。
「レナ? どうしたんだ? 何か気になることでもあったのか?」
「う〜ん……気のせいかな? 朝食だよね? 用意してくれてありがとう!」
レナは困ったように笑うと、そそくさと家の中に入った。
「レナ? 何か心配ごとがあるなら話してみないか?」
「え?」
「ほらここ」
ルークは手を伸ばすとレナの眉間に指先でそっと触れる。
どうやら考え込むうちに眉間に皺ができていたらしい。
「別にたいしたことではないし……大丈夫だよ!」
「俺は話も聞けないほど頼りないか?」
ルークの寂しげな目にうっと言葉に詰まる。
美少年の寂しげな表情はこれほど威力があるものなのかと口が滑りそうになるのをなんとか堪える。
(ダメよ! ダメ! 気のせいだったら自意識過剰で恥ずかしいし……それにルークを不安にさせちゃうかもしれないもの)
そうは思うが、じっとこちらを見つめる悲しそうなルークの表情にレナの気持ちがグラグラ揺れる。
「レナ?」
トドメとばかりの悲しげな声にポキっと簡単に気持ちが折れた。
「実は……最近視線を感じるの!」
「視線?」
先程までの悲しげな表情から、一瞬で険しい表情に変わったルークに驚きながら、レナは小さく頷いた。
「庭の手入れをしてる時や店に出ている時に視線を感じるのだけど、周囲を見回しても特に怪しい人もいないのよね……だから気のせいだと思うわ」
レナはニコッと笑うと、この話は終わりとばかりに食事を続ける。
しかし今度はルークが眉間に皺を寄せながら考え込む。
「ルーク? ごめんなさいね。不安にさせたよね? でもきっと大丈夫だから」
「いや、そうじゃないんだ。視線を感じるのはいつもレナが一人の時なのか?」
「うーん……そうね。一人の時が多いかな?」
「やはりレナには危機感が足りないのだろうな……自分のことを正しくわかってないんだ。あれほど客の男から熱い視線を向けられているのに、みんな親切にしてくれてるだけだと思っているし……」
「え? なんて?」
ボソボソと小さく呟いたルークの声が聞き取れず、レナが聞き返すと、ルークは深刻な表情でレナを見つめる。
「レナ、次に視線を感じたらすぐに俺を呼んでくれ」
「でもきっと気のせいだと思うのだけど……」
「それでもいいから、絶対に俺を呼んでくれ。いいな?」
ルークの有無を言わせぬ圧に、レナは戸惑いながら頷いた。
「ふー……あとはこれを片付けたら終わりね!」
レナはぐっと伸びをすると、掃除道具をへと手を伸ばす。その時ふと感じた視線に窓の方へとパッと振り返る。
どうせいつもみたいに気のせいで、誰もいないだろうと思いながら振り返ったレナはビクッと肩を震わせた。
日が沈み真っ黒に染まった窓の外から、キラリと小さな光が反射する。目をこらすと、暗闇に紛れ、モノクルをかけた人物が真っ直ぐにレナを見つめている。
無表情でじっとこちらを見つめる男性の姿にレナは恐怖で一瞬息をのむ。
(だ、誰?)
その時ふとルークの力強い眼差しが頭をよぎり、震える体を叱咤して、出来うる限りの大声で叫んだ。
「ルーク!!!!」
「レナ、どうした!?」
すぐさま駆けつけたルークは震えながら窓の外を指差すレナに鋭い表情で問いかける。
「誰か外にいたのか?」
レナは震えて出せない声の代わりに何度も大きく頷く。怖さから逸らした顔をあげるとそこには誰もいなかった。
でもあれは絶対に見間違いではない。
「本当に誰かいたの……」
掠れた声で呟くとルークは安心させるように笑みを浮かべ、レナの頭を優しくポンポンと撫でる。
「レナは家から出るな。そして俺が出たらすぐ鍵をしめるんだぞ」
ルークは静かにそう告げると、なんの躊躇いもなく、すぐさまを外へと走り出す。
「ダメ!!! ルーク!! 戻って!!」
あんなよくわからない者を追いかけるなんて危険だ。
レナがルークを止めようと店の扉を開いた時にはルークの姿も怪しい男の姿も消えていた。