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本当の姿

「レナ? まだ寝ないのか?」


 キッチンのなかなか消えない灯りにルークが扉から覗きこむ。

 テーブルに突っ伏し、小さく寝息を立てるレナにルークは苦笑する。


「頑張りすぎるのも問題だな……レナ、レナ。こんなところで寝ると風邪をひくぞ」


 軽く肩を揺するが、レナはぐっすり眠っており、起きる気配がない。


「ん……ルーク……私が絶対…呪い……解くから……」


「レナは夢の中でも俺の呪いを解いてくれているのか?」


 ルークはふっと笑みを見せると、レナの体を横抱きに抱え上げる。

 そしてレナを寝室まで運ぶとそっとベットにおろす。


「おやすみ、レナ」


 ルークは優しい笑みをのせ、頭そっとを撫で、レナから離れようとすると、ぐっと服を引っ張られる。


「レナ? 参ったな……」


 手を離そうとするが、ぎゅっと握り込まれた手はなかなか外せない。


「レナ」


 優しく語りかけるが、全く起きる気配もなければ、手が緩まる気配もない。


「ん……ルーク……」


「レナ? 手を離してくれないか?」


「私を……置いていかないで……」


「レナ……」


 閉じた目からこぼれる涙を、ルークはそっと指で拭う。レナは決して弱音は吐かない。こうして寝言でなければ誰かに甘えられないのだ。

 レナは両親を亡くしてからずっと一人で店を切り盛りしてきた。たとえ近くに親戚がいるとはいえ、若い娘がたった一人で生活するのは心細く寂しかったのだろう。

 レナはいつもルークが迷惑をかけてすまないと謝ると私はルークといられて嬉しいと言っていた。それは間違いなく本心からの言葉だった。

 ルークは申し訳なさそうに目を伏せると、レナを起こさないようにそっと抱きしめる。


「レナ、俺は呪いが解ければ獣王国に戻らなければいけない。でも俺もレナともっと一緒にいたい。一緒に楽しい時間を過ごしたい……愛おしいとはこういう感情なのだろうな」


 ルークはレナの手が外れるまで側にいようと、早々に立ち去るのを諦めた。


「おやすみ、レナ。俺は君が望むのならずっと君の側にいる」


 ルークの気持ちが伝わったのか、それまでの険しい表情から穏やかなものに変わる。

 その表情に安堵したルークもレナの寝息に誘われるようにそのまま目を閉じた。





(暖かい……)


 優しい温もりに包まれて目を覚ましたレナは目の前に突然現れた美貌に驚き、飛び起きた。そして相手に平手打ちをかまして、相手から距離が取れたことでやっと落ち着いて状況把握を試みる。


(誰? この異常にキラキラした人は誰なの?……)


 昨日は疲れてキッチンの机でうたた寝したところまでは覚えている。しかしここはレナの寝室だ。自分で移動した記憶がないということはもしかしたらルークが運んでくれたのかもしれない。

 しかし目の前にいる男性はルークのような少年ではなく、がたいの良い大人の男性だ。太陽の光に照らされてキラキラと輝く白銀の髪、整った顔立ち、そして異常な色気を感じる。

 レナがお見舞いした平手打ちがよほど強烈だったのか、男性はまだ頬をさすっている。


「あ、あなたは誰ですか? ど、どうして私のベットで寝てたんですか?」


「レナ、何を言っているんだ? 俺だ」


「私にあなたのような知り合いはいません!」


「急にどうしたんだ? 俺だ! ルークだ!」


「ル、ルーク!? そんなすぐバレる嘘なんて無駄よ! ルーク! ルーク! 来て! 私の部屋に知らない人がいる!!」


 レナはルークに助けを求めるべく大声で叫ぶが、いつもならすぐ来てくれるルークが全くやって来ないばかりか返事すらない。


「あなたまさか……ルークに何かしたの?」


「ちょっと待ってくれ! 本当にどうしたんだレナ!」


 男性はベッドから立ち上がると、レナへと手を伸ばす。そしてはっとして立ち止まった。


「この手……それにこの目線の高さは……レナ、鏡を見せてくれないか?」


 既視感のある行動と言葉にレナは戸惑いながらも部屋の角の姿見を指さす。

 すると男性は姿見に駆け寄り、食い入るように鏡を見つめる。


「戻った……やっと元の姿に戻った!!!」


 男性は嬉しそうに振り返ると、レナを抱え上げる。


「レナ、ありがとう! やっと元の姿に戻れた! これで獣王国に戻れる!」


 男性の興奮した様子にギョッとしつつ美形に密着している状態にドキドキしながらも、レナは抱き上げられたことで男性の寝乱れた髪の間から獣人族特有の耳を発見する。


「え?……あなた本当にルークなの?」


「ああ! 俺がルークだ! レナが呪いを解いてくれたおかげでやっと元の姿に戻れたんだ!」


「ちょ、ちょっと待って……ルークって本当は大人だったの!?」


「そうだ。だから前も元の姿ではないと言っていただろ?」


「そ、それはそうだけど……なんで何歳か教えてくれなかったの?」



 レナはずっと少年だと思い接してきたのだ。成人男性と知っていればあんな距離感では接していない。

 レナのジト目に罪悪感を感じたのか、ルークはレナをそっとおろすと言いづらそうに視線をそらす。


「それはその……ちゃんと話せてなかったのは申し訳なかった。でもあの時は俺が成人で獣王国の王子だということは呪いで伝えられなかったんだ……」


「王子……ちょっと待って! ルークって王族なの!?」


 さらっと流された1番の爆弾発言にレナはギョッとして聞き返す。


「ああ。一応な」


 レナはさっと顔色を青くすると、頭を下げる。


「私……そんな身分の高い相手になんて態度を……も、申し訳ありません」


「やめてくれ! 呪いで伝えられなかったし、そんなかしこまるほどでもないんだ! レナには今まで通りに接して欲しい!」


 ルークはレナに頭を上げるように促す。


「でも……」


「レナは俺の恩人だし、そんなよそよそしくされると寂しい。今まで通り、普通に接してほしいんだ」


 ルークの悲しげな表情に一瞬躊躇(ちゅうちょ)したものの、レナは小さく頷いた。


「わかったわ。それじゃあ今まで通りルークって呼んでいいのね?」


「もちろん!」


 ルークは満足そうな表情で頷いた。まるで少年のような態度にレナは小さくふっと笑みを見せる。


(大人の姿になっても中身は同じルークのままってことよね)


 レナが細かいことを考えるのはよそうと頭を振ったとき、玄関からレナを呼ぶ声が聞こえた。

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