雨の日の出会い
楽しんでいただけましたら幸いです!
(暖かい……)
まるで壊れ物でも扱うかのように優しく抱き込まれ、心地よい温度に包まれて目を覚ます。
眠い目を擦りながら、目の前に現れた美貌にレナは一瞬でピシリと固まった。
「だ、誰?」
朝の清々しい空気とは異なる色気ダダ漏れの美しい寝顔に目を奪われ、少しの間じっと見つめる。
「んん…………」
吐息混じりの声が溢れ、長いまつげに彩られた瞼がピクリと動く。さらに凄まじい色気を感じ、レナは我に返ると叫び声をあげる。そしてできる限りの力を込めて、大きく手を振りかぶった。
清々しい朝の空気のなか、パーンという音が盛大に響きわたる。
「い、いてっ!!! な、何だ!?」
レナの平手打ちに、勢いよく飛び起きた男性はキョロキョロとあたりを見回した。
そしてレナに思いっきり引っ叩かれたという状況を理解して、赤く腫れた頬を押さえながら不満を訴えるようにレナを睨む。
眉を寄せ不満そうな顔であってもとにかく美しい。部屋の窓から入った太陽の光に照らされてキラキラと輝く白銀の髪は、より一層男性の美しさを際立たせている。
(この異常にキラキラした人は誰?……)
レナは密着から逃れられたことに安堵の息を吐きながらも頭をフル回転させ、どうしてこんな状況になったのか、ここ数週間のことを必死に思い出していた。
「あら? あれは何かしら?」
まだ夕方であるのに分厚い雲とザアザアとバケツをひっくり返したように強く降る雨のせいで、あたりは夜のように暗くなっていた。
見通しの悪い道の先にある膨らんだ影が気になり、レナは目を細める。すると何かが横たわっているのが見えた。
何となく興味を惹かれてその黒い影に近づき、思わず声をあげた。
「まぁ可哀想に……」
レナは手を伸ばし、ぐったりとしたモノをそっと抱えあげる。
「よかった……まだ息はあるわ。もう大丈夫だからね」
優しく微笑むと肩にかけていたストールで包み込み、自宅へと急いだ。
「レナ〜!!」
「レナちゃ〜ん!!」
「あっ! はーい! 今行きます!」
大きな声で名前を呼ばれ、レナは急いで玄関に向かう。
レナが姿を見せると玄関で待っていた二人が勢いよくレナに抱きついた。
「お、叔父様、叔母様苦しいわ……」
「おお、すまなかった」
「あら、ごめんなさいね。でももう心配で心配で……」
何とか二人の拘束から解放されたレナは大きく息を吸う。
「もう! 私はもう小さな子供じゃないんだから、叔父様も叔母様も心配しすぎよ?」
「だって昨日はあんなに雨がきつくて視界も悪かったのに、レナちゃんたら止めても納品に行くって聞かないのだもの……心配にもなるわ。雨のせいで風邪を引いたりしていない? 体調は大丈夫?」
「そうさ。レナを小さな子供だとは思っていないよ。私たちは可愛いレナに何かあったらと心配なのさ」
「叔父様も叔母様も心配性ね。私なら全然大丈夫よ」
レナは元気に拳を握り腕を上げるが、二人は顔を見合わせると心配気に眉を下げる。
「レナは最近さらに姉さんに似てきたね。これほどの美人はなかなかいない。変な奴に付き纏われないか心配だな……」
「そうね……そのプラチナブロンドの美しく輝く髪に、宝石のように綺麗な青紫の瞳、こんな可愛らしい子みんなほっておかないわ!」
「もう、叔父様も叔母様も良く言い過ぎだわ」
レナはため息を吐くと、困ったように笑う。
しかし実際、レナはこの辺りで美しいと評判の娘なのだ。
数年前に亡くなったレナの両親から受け継いだ花屋をなんとか切り盛りできているのは、レナに会うために度々訪れる若い男性の固定客のおかげでもある。
そんなことには全く気づいていない危機感の薄いレナに叔父も叔母もやはり心配気な表情になる。
「ミャーミャー」
「あら? 起きちゃったかしら?」
部屋の奥から聞こえてきた声にレナは柔らかな笑みを浮かべ、声のほうへと向かう。
叔父と叔母は顔を見合わせると首を傾げた。
「レナちゃんたら、猫でも拾ってきたのかしら?」
「レナは優しい子だからね、昨日の雨で濡れているのを放っておけなかったのかもしれないね」
二人がそんな話をしていると、レナが大事そうに手に何かを抱えて戻ってきた。
「昨日の帰りに道で倒れているのを見つけて家に連れて帰ってきたの……綺麗な白銀の毛並みで、とても可愛らしい猫ちゃんでしょう?」
レナは満面の笑みでに手に抱えているものを二人に見せる。
そんなレナに叔父と叔母がやはりレナは優しい子だという暖かな笑みを浮かべる。しかしレナが抱えているモノに視線を向けると二人は驚いたように目を見開いた。
「このままうちの子にしようと思っているの!」
嬉しそうに語るレナに叔父と叔母は気まずそうに視線を合わせる。
「レ、レナ、それは猫ではないと思うよ……大きくなると危ないから元の場所に返したほうがいい」
「そうよ、レナちゃん。それは猫ではないわ。今は子供だし可愛いかもしれないけど、大きくなると危ないわ」
「叔父様も叔母様も何を言っているの? ただの可愛い猫ちゃんよ?」
「いや、レナ、それは猫ではないよ!」
「いいえ! 猫ちゃんよ! じゃあこの子はなんだって言うの?」
レナはこうと思うとなかなか頑固なのだ。
二人は困ったように顔を見合わせる。
「ほらレナちゃんよく見て、確かに珍しい白銀の綺麗な毛並みだけど……白銀の毛だけじゃない特徴的なこの黒い縦縞の入り方に、猫とは違う小さくて丸い耳、そして大きめの鼻……」
「これは……虎の子供だよ」
「虎? まさか! こんな町中になんて出ないわよ」
「確かに普通町中に虎はいないだろうが……でもねレナ、ここは獣人族の住む獣王国とも近い、そっちから紛れ込んだのかもしれない……」
獣王国はレナが住んでいるローゼンタール国と隣り合っている国だ。
しかし、どの国とも国交はなく、どんな国かもよくわからない。
ただ一つよく知られていることがある。
それは獣王国に住んでいるのは人間に近い見た目ではあるが、耳や尻尾など多種多様な動物の特徴をもった獣人族が住んでいるということだ。
「確かにこの子が倒れていたのは町の外れの獣王国の国境に近い場所だったけど、まさか……」
なかなか納得してくれないレナに叔父と叔母はもう一度困ったように見つめ合う。
「レナが優しい子だということは私たちが一番良くわかっているよ。でもね虎は大きくなると危険だと思うんだ。だからその子が元気になったら元の場所戻すと約束してくれるかい?」
叔父と叔母の心配気な表情にレナは手の中の動物を見つめる。
二人がレナをとても大切にしてくれているのはわかっているし、心配もかけたくはないと思っている。
両親が亡くなってから何かとレナを気にかけ、自分たちの家で一緒に暮らせばいいと何度も言ってくれた。本当の娘のように接してくれるのだ。
そんな二人の心配気な表情にレラは仕方がないとふっと息を吐き出すと、にっこり笑って二人を見つめる。
「わかったわ。この子が元気になったら元の場所に返すって約束するわ」
叔父と叔母はほっとしたように息を吐き出すと、それからしばらくレナと雑談し、いつものように優しい笑顔を浮かべて何かあればすぐに私達を頼るんだよと言って帰って行った。