証拠
しばらく検証を重ね、1年ほどが経った頃。
ようやく佐藤は一つの結論を出すことができた。
「……つまりは、次元の隙間ということか」
「はい。そういうことです。この領域からさらに外へ外へと出て行くんです。さまざまな宇宙望遠鏡により、周辺が過度に赤方偏移をしていることを認めました。単純な宇宙背景放射の偏移からみて、異常値として把握できるほどです」
「あのブラックアウト領域、まさかこうなっていたのか」
星図を観させてもらっているが、計算結果からいえば宇宙背景放射の偏移を1とするならば、このブラックアウト領域は5から10くらいになるようだ。
あきらかに計算が間違えていると疑うだろう。
「一応、仮説も立てれました」
「どんなだ」
「おおよそ50年ほど前、この宇宙――基底宇宙とでも言っておきますが――と他宇宙が衝突。高次元同士の衝突により、3次元である基底宇宙側が他宇宙と空間的に接続され、他宇宙へと基底宇宙から質量が流れ出ていると思われます。このブラックアウト領域は、文字通りブラックホールのように、基底宇宙からのエネルギーを吸い取っているのです」
質量はエネルギーに変換できる。
E=mc^2という誰でも知っているであろう有名な等式が、それを証明している。
「ダークエネルギーの集積も、このせいか」
「はい、エネルギーのベクトルが完全にこの吸いだされているところになっているんです。ビニール袋を引っ張った時に、複数カ所で同時に薄くなりますが、あれと同じようになっているのだと思います。衝突の衝撃で空間が捻じ曲げられて、それが他宇宙との接続の場所、つまりは空間の境目が薄くなってしまっている場所になります。複数個所あるように見えたというのも、それぞれが境目であり、特異点であるとすれば納得ができるでしょう」
「ブラックホールの特異点が複数個所現れている。それだけでも異常事態だというのに、さらに他宇宙がぶつかったっていうのか」
疑問を尋ねてみると、佐藤はそうです、とはっきりと言いきった。
「他宇宙、というのは、これほどの大規模なものを同時に、それも経った50年程度で起こせる自然現象がそれぐらいしか思いつかなかったからというのもあります。それともう一つ。この特異点は質量、角運動量、電荷のほかにその吸い込むスピード、つまり赤方偏移の変化が見られます」
ブラックホール脱毛理論というものがある。
最終的にブラックホールは質量、角運動量、それと電荷の3つのパラメータのみを持つようになるという理論だ。
「それが意図的に行われているのか、はたまた自然の産物なのか。という点についてはまだ論争の余地はありますが、少なくとも天然生まれのブラックホールではないでしょう」
それに、ここまで狭い範囲にこれほどたくさんの裸の特異点があってたまるか、という思いもある。
「なるほど」
「これについては1月ほどで論文にまとめられると思います」
「分かった、すぐにとりかかってくれ。また、特別会合は引き続き行われる。中間報告でも構わないから、また発表をしてほしい」
「準備します」
佐藤はすぐに答えてくれた。