もつれ
「そんなことありえない。それができるのはミクロ的な、それこそ量子レベルの状態であるからこその話だ。それを巨視的に行うというのは、論文レベルどころか、実験室ですらなっていないぞ」
怒りのままに怒鳴ってくる海外の博士であるが、佐藤はあっさりと言ってのける。
「マクロ的なものは最終目標です。今はこの領域に対して何らかの行為を行うこと、これを最優先にします。もしも、宇宙人と定義するような、地球以外の生命体によってこの現象が引き起こされているのであれば、こちら側にこれだけのことを行うことができる生命体がいるのだという意思表示をしなければならないでしょう。でなければ、彼らは当該宇宙を侵食していき、最終的には我々は消滅してしまうでしょう。ティンダロスの猟犬のように、異次元の魔物からは我々は身を守らなければなりません」
「少なくとも、我々は角度を消し去るための石膏を持っていないと思うが」
別の博士が佐藤の言葉に反応するが、佐藤自身は言葉をつづけた。
「猟犬と違い、我々が行おうとしている行為に反応をしてくれることを切に希望をします。まずロードマップとしては量子テレポーテーションとして意味のある量子情報を、このブラックアウト領域に転送します。量子ビットを利用した何らかの情報となるでしょう。これで反応を返してくれるのであれば、我々と意思疎通を図ることができるでしょう。仮定の話ではありますが、これが最上の状態となります」
「……では最悪の場合は?」
たくさんの画面の中の人たちは静かになり、佐藤の話を聞こうとしている。
「考えたくはありませんが、これが真空の相転移による場合です」
この宇宙にあるエネルギーというのは一応最低エネルギーで安定しているとされている。
しかし、そのエネルギーよりも低いものが存在していたらどうだろうか。
低い方が安定するのだから、当然そのもっと低い方へと移ってしまうだろう。
これが相転移だ。
こうなると今の物理法則は粉々になることだろうと想定されている。
ただし、一つ問題も残る。
「相転移ならば光速で生じるだろう。我々が光よりも早く物事を見つけることができるのであれば話は別であるが、今回は合わないのではないか?」
「その疑問ももっともです。しかし、物理定数も変化するということも併せて考えると、あのブラックアウト領域内では光の速度やこちらとの抵抗差が生じるほど空間の粘度が高くなってしまっていて、こちらの光速よりも遅い速度で広がっているのではないでしょうか」
全ては可能性の話だ。
直接観測する手立てがない以上、そうなってしまうのは仕方がないこと。
俺はそう思いながらも、その話を聞いていた。
結局今回のことで決まったことといえば、量子分野の専門家も交えての拡大会合を開くこと。
量子テレポーテーションが可能かどうかの研究を行うこと。
そして1か月後に再び集まることぐらいだった。