第98話 驚愕の試練
リビエナを同行させる事に反対するメンバーはいなかった。
グレッグは戦闘面での力量不足を懸念してたものの、「何とかなるだろう」の一言で決めてしまうし、意外だったのはアレーシアが同行を推進した事だ。
「アレーシアはガーネリアス教に反感があると思ってたけどな」
「反感はありますよ。寧ろ嫌悪感を抱いてるくらいです」
「なのにリビエナが一緒に行くのは構わないんだ?」
「情報を得るのに役立つかもしれないですし、色々と雑用もこなせるかと」
どっちが本音か分からないけど、まぁリビエナ自身に嫌悪感を抱いてるワケじゃないって事か。
「皆が反対しないから同行する事は認めるが、不審な行動をとったり足手纏いになるような事があれば、その時は改めて考えるぞ?」
「それで構いません。私はもはやガーネリアス教に疑心こそあれ、ガーネリアス神を信仰する事は出来ません」
足手纏いの方はどうなんだ? ……と聞くのは無粋か。
「取り敢えず先を急ぐとしよう。グレッグ、悪いがまた頼む」
「あいよ。それじゃあターナスは暫く索敵を広げておいてくれ。大丈夫だとは思うが、念の為別の騎士団が後を追ってくる事も考えておいた方が良いだろう」
再び街道まで出て王都に向かって馬車を進ませる。
グレッグが御者をし、念の為シーニャが隣に座る。俺は荷台の最後部で後ろを眺めながら、索敵で周囲の警戒に徹した。
結局のところ、中央聖騎士団が追って来ることはなかったし、すれ違うのも行商や単なる移動者、時々冒険者――といった感じで、特に問題もなく進み陽も傾いていく。
街道を逸れて近くの森を目指し、少し回り込んで街道からは目に付かない森の入り口付近でグレッグが馬車を停めた。今夜の野営地としては悪くない場所らしい。
「ガンネルトで生肉を仕入れたからな。折角だから今夜はこれを焼いて食おう」
「こんな所で野営なんて……。しかも焚火をして肉を焼くなんて、見つかったらどうするんですか⁉」
俺が空間収納から取り出した生肉で、意気揚々とバーベキューを始めようとしたグレッグにリビエナが驚き注意するが、それをメンバー全員が唖然とした顔で見つめている。
「見つかりませんよ? どうせこの辺りは隠匿されてるハズですから。ねぇ、ターナスさん?」
「ああ、その通り」
「この辺りを……隠匿?」
この野営地を中心として半径十メートルほどを隠匿魔法で覆ってしまい、この中で焚火をしようが宴会をしようが気付かれることはない――とリビエナに説明したが、どうやら『理解出来ない』と言った様子で首を傾げている。
「ターナスさんが魔法で私たちを隠してくれてるんですよ。なんなら認識阻害も掛かってるんじゃないですか? まぁ、何にしても問題ありませんから」
「ターナスさんは魔法が使える……? えっ? 魔族なのですか⁉」
パイルの言葉に何故かリビエナは驚愕してるが……何を今更言ってるんだ?
「リビエナさん、自分が助けられた時に騎士団がどうやって倒されたのか見てたんじゃないんですか?」
「えっ……。あの、グレッグさん? が、斬ってました……よね?」
「ターナスさんは?」
「えっ?」
そういえばリビエナは前方を向いた状態で牢に入れられてたかもしれん。そうすると前方でグレッグに斬られていた四人の騎士は目の当たりにしただろうが、俺が虚空斬を飛ばして後方の騎士を真っ二つにしたのは見えてなかったったのかもな。
その事をパイルが説明しつつ、「ターナスさんは魔族じゃないけど魔法を使える存在」だと付け加えている……のだが、余計に頭がこんがらがってしまったようで頭を抱えてしまった。
この世界では魔法を使えるのは魔族だけ。それ以外の種族が使うのは魔術であり、魔術は詠唱を唱えて発動するから「いつの間にか」というのは通常あり得ないらしい。パイルが持ってる魔術印符でさえ、発動する魔術の名称くらいは唱えるからだ。
「兎に角、俺は魔族じゃないが魔法が使える。ラダリンス様から授かった力だ」
「ラダリンス様から? それは、敬虔なラダリア教徒であれば可能なのですか?」
「いや、俺はラダリア教徒じゃないが、ラダリンスさんとは面識があるんだよ」
「……あのぉ、この方は何を仰ってるのでしょうか?」
とうとう俺は頭がおかしい奴だと思われたのか、何だか可哀想な人を見る目でアレーシアに聞いている。
――というか、パイルとグレッグの事もチラリと横目で見てからアレーシアに訊ねるあたり、あの二人も真面じゃないと思われてるのかもしれないな。
「ターナス様、面倒なんで正体バラしちゃったらどうです?」
「正体を……バラす? 一体どういう事なのですか⁉」
アレーシアめ、もっと「正体を明かす」とか言い方があるだろ。「正体をバラす」なんて言い方をするからリビエナが更に怯えちまったじゃないか。
もうこうなったら本当に正体を明かした方が良さそうだな。
「俺はラダリンスさんから『最強種の悪魔』という力を授かって、人間中心主義を壊滅させる為にこの世界に送られた死神だ。ガーネリアス教の教典における【死神タナトリアス】ってのは、俺の事だ」
「なっ……⁉」
「因みに、私は獣人種族です。ターナスさんの魔法で人間族の姿に変えてます」
「私も獣人種族です。猫獣人族ですよ」
「私も同じ」
「あ、えっと、私は正真正銘の魔族です。はい」
ついでとばかりにパイル、ハース、シーニャ、レトルスも正体を明かしちまったが……良かったのか? 亜人種族である事を隠してる意味がないんじゃないか? いいのか?
リビエナは恐る恐るグレッグとアレーシアに視線を向けるが、二人共ウンウンと頷くだけ。それを見て涙目になるリビエナに追い打ちを掛けるように、俺はタナトリアスの姿に変化してみせた。
「……‼」
「諦めろ。お前が自分で俺たちに付いて来るって言ったんだからな。慣れろ」
こういうの何だっけ、荒治療? まあ兎に角、俺たちの正体を知った以上はリビエナも勝手に抜けるワケにはいかなくなったな。
悲鳴こそ上げないが、ほぼほぼ泣き顔のリビエナを余所に、俺達は串に刺した肉を焚火で焼き、その間にパンに切れ目を入れて野菜とチーズをサンドし、シードルやワインを取り出して夕食の準備を進めていく。
サンドイッチを皆に配り、めいめいが飲み物を取ったり、焼けた肉を手にしたりして食事と相成った。
リビエナも……ハースとレトルスに慰められて、不承不承かもしれんがこの状況を受け入れる事を決めたようで、取り敢えずチビチビと食事を口にしていた。
「私はもう、ガーネリアス教を棄教しました。背教者です。これも全て亜人種族を救う為。だからと言って悪魔や死神に魂を売る事はありません。これは試練です。……ひっく」