第97話 神官リビエナ
罪人として騎士団によって王都に連行されそうになっていた女神官は名前をリビエナと言った。
「ガーネリアス教の神官が、なんで獣人種族を助けたりしたんだ?」
たまたま周囲に目撃者がいなかったが、いつまでもその場に留まっているワケにもいかないので移動して街道から外れた場所で話を聞く事にした。
「私も以前は獣人種族はもとより、亜人種族は人間族の為に働く存在だと思っていました。そう教えられましたし、それをおかしいとも全く思っていませんでした。ですが、実際にこの目で亜人種族の方々を見た時に「私たち人間族と何が違うのだろう?」と、初めてそこで疑問を抱いたのです。勿論それが、ガーネリアス様の教えに背く事だとは分かっていましたが、何より初めて見た猫獣人族の少年の悲しそうな眼を見た時……獣人種族でも悲しみという感情を知っているのだと気付き、それまで教えられてきた『人間族の為の道具』という言葉に違和感を覚えたのです」
『人間中心主義』は「世の中に存在する全ての物は人間に使われる為にある」というのが信念だ。宗教に限った話ではないが、幼い頃からほぼ洗脳的に教え込まれたものは何の疑問も抱くことなく信じてしまう。
リビエナもそうやってガーネリアス教を信じて聖職者になったのだろう。
「騎士の中にも、同じ様に疑問を抱いて騎士団を脱退したり、教えに背いて亜人種族を逃がして自分が終われる立場になった者もいるようだが?」
「はい。多くはありませんが、そのような人がいるという話も聞いていました。ある時、私は地方の教会から王都へ向かうキャラバンに同行する事になったのですが、その中に囚われた獣人種族が何人かいました。その中に足に大怪我を負っていた猫獣人族がいたのですが、その治療を私がすることになって……」
「怪我をした獣人種族の治療を命令されたのか?」
「はい、そうです。詳しくは存じませんが、王都での儀式を行う為に亜人種族が集められているという事は聞いていました。そして、その儀式には五体満足な健康体の亜人種族でなければならない……という事で、傷の治療が必要だと言われたのです」
この話が事実であれば、王都に集められている亜人種族は監禁されているものの、身体的には良い状態でいるって事だ。
「それで、怪我の治療をしてやったワケか」
「正直申しますと、最初は獣人種族の傷を治療する事に抵抗がありました。どうして人間族と同じように治癒の力を使わなければならないのか――と。その理由を聞いて一応は納得して治療を施したのですが、傷を癒した後にその少年が『どうせならここで殺せばいいのに』と、瞳に涙を浮かべて私を見ていたんです。その時に初めて獣人種族にも人間族と同じ感情があるのかと驚きました……。今となっては恥ずかしい話です」
「要は人間族――っと言うか、ガーネリアス教にとって亜人種族は【物】なんですよ。まあ良くて【感情を持たない動物】って扱いですね」
なかなか辛辣なパイルの物言いにリビエナはいたたまれないのか、身体を小さく縮こませてしまう。
いや、多分パイルに悪気はないと思うんだけど、ガーネリアス教の神官だった者にとっては耳が痛い言葉だよな。
これで人間族の姿をしているパイルが本当は獣人種族だと知ったら、リビエナはどんな反応示すんだろうか。
「そういえば、お前はさっきのあの街で捕まったのか?」
「捕まったのはシーカの森です。逃がした獣人種族を元騎士団の方々に託して、いったん森の隠れ家に向かったのですが……そこで中央聖騎士団に見つかってしまったのです」
「自分一人でどうするつもりだったんだ? 他に誰か支援者がいるのか?」
「私一人でもなんとか――」
「それじゃあんた、死ぬぞ」
俺が言おうと思った事をグレッグに言われてしまった。
「女神官一人で何ができる? 仮に救出出来たとしても、次もまたあの連中に引き渡せるとは限らないだろう。あんたもあの元騎士団の連中に頼んでランデールかムスタークにでも避難した方がいい」
「……でも! 私は今までの償いをしたいのです」
「悪い事は言わん。亜人種族の救出は俺たちに任せろ」
「そんな……。あなた方はいったい何者なのですか?」
訊ねられてグレッグがどう言おうか迷ったようで、俺に顔を向けて助けを求めて来るが……。う~ん、敵対していないガーネリアス教の神官に対しては、何て言ったらいいんだろう?
「あんた、腐ってもガーネリアス教徒だろ?」
「はうっ……」
グレッグも言い方が辛辣だな。リビエナが涙目になってる。
「ガーネリアス教ならタナトリアスと言う名を聞いた事があるだろ?」
「タナトリアス……ですか? 人間族に死を齎すという死神の事でしょうか」
「俺達はその死神の仲間みたいなもんだ」
「死神の……仲間……?」
リビエナの顔から血の気が引いて、分かり易い程に恐れ戦いているのが見て取れる。
「そ、そのような嘘は、よ、よくありません。か、神は……神は、そ、そのような事をお認めにはなりません」
「その『神』ってのは、誰の事だい? 亜人種族を物扱いするガーネリアス様だってか?」
「そ、それは……」
「俺は教徒じゃあないが、どっちかと言えばラダリア教を擁護するね。ガーネリアスよりも亜人種族との共存共栄を望むラダリンス様の方が素晴らしいと思わないか?」
「ふぐぅ……」
まあ、真理をつかれちゃぐうの音も出ないだろうが……。
それにしても信仰していた教義が如何に酷いモノなのか気付いたにも関わらず、まだこうして『神と言えばガーネリアス』ってなっちまうもんなのかね。
「グレッグもそのくらいにしときなさいよ。女性をイジメる趣味でもあるの?」
「おまっ、何言ってるんだ⁉ 俺にそんな趣味があるワケないだろ!」
流石にパイルに言われたらグレッグでも焦るみたいだな。
「兎に角そういうワケだ。俺達はガーネリアス教に敵対する集団だし、彼が言ったように人間族にとっては最悪の存在と言われる死神に纏わる者なのも事実だ。亜人種族の救出は俺たちに任せて、お前さんは救出された亜人種族の保護に務めてくれればいい」
「……ならば……それならば私も一緒に連れて行ってください!」
「無茶を言うな。俺達はこう見えて皆、戦闘に長けている者達ばかりだ。だがあんたはそうじゃないだろう。傷を癒す力があるなら、それを後方で発揮してくれればいい」
「それではダメなんです! それに、私は教会の内部事情を良く知ってます。きっとお役に立ちます! た、戦う事だって、少しは……で、できますから!」
なかなかに必死な女神官だが……本当にガーネリアス教の内部事情を探ると言う点で役に立つのだろうか?
「皆はどう思う?」
メンバーに意見を求めると――
「ガーネリアス教の詳細については、我々の中で詳しい者はいませんからねぇ」
「う~ん、戦闘面に関しては……正直あまり必要とはしないだろうけどなぁ」
「神官に出来る事といったら、炊き出しくらいでは?」
「あの、私はターナス様のご意向に従いますので」
「私もターナス様に従います!」
「……スパイかもしれない」
「ス、スパイなんかじゃありません! 信じて下さい!」
「……知ってる」
シーニャはリビエナが嘘を言ってないと分かってて嚙ましたな。
なんでそこまで必死に頼み込むのか知らんけど、ガーネリアス教の弱点やらを知ってるなら多少は役に立つか。守りに関しちゃ『絶対的身体防護』を掛けておけば問題無いし、万が一足手まといになるようなら転移魔法で何処かへ送っちゃえばいいか……。




