第95話 危険な影
魔道具屋の店主の言う通り、確かにガンネルト製の魔術印符は粗悪品だった。それが実証出来たのはいいけど、レトルスに何かを言われた後、何故かパイルは奇声を上げて馬車に飛び込んでしまった。おまけで貰った残りの二枚はどうするつもりなんだ?
レトルスに顔を向けると、彼女もなんだかバツが悪そうな感じでソワソワしつつ、踵を返してパイルを追うように馬車に向かって走って行っちまったし、シーニャは俺を見てニヤッと笑ったかと思ったら、ハースを引き連れて馬車に戻っちまった。何なんだいったい。
何が何だか分からないままポツンと取り残されていたら、食料調達を終えて戻ったアレーシアとグレッグに「ボケるのはまだ早い」と揶揄われてしまった。解せん……。
「空間収納って物が腐らないんだろ? だから今回は果物と生肉を少し買ってきたぞ。あと定番のパンだが、この街でも柔らかいパンを売ってる店があったから、いつものライ麦パンの他に柔らかいパンも買えるだけ買ってきた」
「野菜もありますよ。まぁ、他にも色々あるけど……そんなワケでワインやシードルなどの飲み物は重いし持ちきれないから今回は買いませんでした。ので、何処か他で入手しましょう」
全て食料品だという山のような荷物を二人から受けとって空間収納に入れ、これでガンネルトの街に用は無くなった。
再びグレッグが御者を務めるが、索敵も兼ねてシーニャも御者台に座った。シーニャの索敵範囲は広くないので、敵が用意周到に準備していた場合は気付くと同時に戦闘開始になるかもしれないと危惧したが……もともと<宵闇の梟>としては定石だったそうで、杞憂だと言われてしまった。
「そうれじゃあ次に進むとするか」
予定通りの物を購入し、ガンネルトを出て次の目的地に向かう。
次もある程度大きな街を予定しているが、地図を見るとそこに行くまでに幾つか小さな町や村もあるようだ。まぁ、余程亜人種族絡みの事で情報が得られるなら別だが、取り敢えずは様子見だけで立ち寄るつもりはない。
街道は人が住む地域が近づくと多少整備されているものの、それ以外の場所はあまり良い状態ではなく、時にはまるで爆発でもあったかのような大きな窪地が、街道を破壊していて迂回しなくてはならないような場所もあった。
「何があったのでしょうか?」
「あの窪地か? 確かに気になるな」
「あれ程大きく地面が抉れるとなると、何らかの魔術を使った戦闘があったのかもしれませんね。――とは言っても、この辺りに強い魔獣などの気配は無さそうですけど」
「あれだけ大きく地面を抉る魔術となると……雷撃系の魔術でしょうかねぇ」
確かに『雷電撃射』のような雷撃系なら、地面にクレーターを作る事くらいわけないよなぁ。ただ、パイルもそこまでの魔術は使えないようだから、魔術で開けたクレーターだとすれば結構上位の魔術か魔術師って事になるな。
クレーターは一つだけ。それに戦闘行為があったような痕跡は見られなかったし、魔術とは関係なく自然現象の落雷や小隕石の落下って事も考え……られるか? それほど古いクレーターでもなかったし、何もない場所に落雷ってするもんなのか? 隕石にしたって、あれだのクレーターを作るとなれば大きな衝撃があっただろうし、ガンネルトでもそんな話は聞いてないしなぁ。
途中、休憩をする間にグレッグにも聞いてみたが、やはりあれだけの窪みが出来るとなれば、自然現象でも戦闘行為であっても多少はガンネルトで話題に上るはずだ……と言う。
広範囲に索敵しても危険度の高いポイントは感知しない。勿論、野盗や野獣、魔獣といった多少危険な反応はあるものの、あくまでも“俺たちにとって危険度の高い対象”といった意味では、皆無に等しかった。
――だが、それもある村で耳にした住人の一言で警戒度を高める事になる。
「白翼聖勇騎士?」
「ああ。今まで東のガーリットンへ遠征に行ってた<白翼勇騎士>のパーティーが戻って来たんだよ。あっちじゃ随分と亜人種族を征伐したらしい。最近カラム侯国が亜人種族を匿ってガーネリアス教会に楯突いてるからな。今度は西方での亜人種族征伐に向かわれるんだろう」
「暫く俗世間から離れてたもんで、よく知らないんだが……<白翼聖勇騎士>ってのはそんなに強いのかい?」
「なんだ、どこぞのダンジョンにでも潜ってたのかい? <白翼聖勇騎士>は司祭様が選定された五人の勇者様のパーティーなんだ。強くて当然だろう!」
グレッグと村人との会話を聞きながら、この世界に送られる前にラダリンスさんが行ってた「人間族の勇者」の事を思い出した。細かい事は覚えちゃいないが、確か『人間中心主義』を完成させる為に世界中を周ってるとか何とかじゃなかったっけ。
「此処へ来る前に街道で大きな穴が開いてるのを見たんだが、ひょっとしてアレは<白翼聖勇騎士>がやったとか……?」
「ああ、それなら多分そうだ。なんでもトラバンストの聖王騎士団を脱走した連中を追ってたらしくてな」
「聖王騎士団を脱走?」
「獣人種族の奴隷を逃がしたんだとよ。そんで聖王騎士団を脱走してガットランドに逃げて来たらしい。少し前に村の者がソレっぽい連中を見かけて、教会に伝えたのさ。そしたらまぁ<白翼聖勇騎士>がお出ましだからな!」
トラバンストの聖王騎士団で獣人種族を解放するような行為は厳罰のハズだ。アレーシアの仲間だった男も、それが原因で逃げて来て死んだワケだし。
ミルバの男たちも元騎士団だが、彼らは脱走ではなく辞めたと言っていた。考えてみれば『人間中心主義』の教義に疑問を抱いて騎士団を離れようとした者を簡単に退団させるだろうか? ともすれば、彼らも脱走者だったのかもしれん。
「お前さんたちは冒険者だろ? 亜人種族を見つけたら捕らえて教会に連れて行くといい。報奨金貰えるぞ」
「……ああ、そうか。そういえば、この辺りじゃ亜人種族の奴隷を見かけないな。ガンネルトでも見なかったが、奴隷はいないのか?」
「地方で亜人種族の奴隷を持てるのは貴族様くらいなもんだ。それも伯爵以上のな。あとは全部王都で管理されてるから、王都以外で亜人種族の奴隷を見るなんてことは殆ど無いだろ」
「そうか。それじゃあこの辺りをうろついてる亜人種族もいないんじゃないのか?」
「まぁ、いないだろうな。もしいたら……って事さ」
「わかった。ありがとうよ」
手綱を振り馬車を進ませるグレッグの顔は、村人に向けていたものから一転して怒りの形相に変っていた。尤も、他のメンバーは幌で村人からは見えなかったから、話を聞いている間ずっと怒りに震えていたし、斯く言う俺も飛び出して行って、軽快に話すあの男を殺したくなる気持ちを堪えるのに精一杯だったのだ。
「ターナス……」
「ああ、あの男の言う通りなら辺境の亜人種族は貴族の館にいるだけって事になる。それなら取り敢えずは、命の危険はないと思いたい」
「そうだな。問題は王都に集められてる亜人種族と<白翼聖勇騎士>という勇者パーティーだ。今のところは<白翼聖勇騎士>が亜人種族を殺害する危険は無さそうだが、ソイツ等が王都に帰還するとどうなるか分からん」
「グレッグは勇者について何か知ってる事なないのか?」
「俺が知ってるのは、まだトラバンストにいた頃の事だが……。あの頃は勇者もまだ二人しか選定されてなかった」
「二人だけ?」
「ああ。【水の勇者】と【土の勇者】だった。特に強いという話も聞かなかったし、王城から出て来る事もなかったからな。どんな野郎なのかも知らん」
何れにせよ、亜人種族が王都に集められ、<白翼聖勇騎士>なる勇者が他の国で亜人種族を殺しまくったという事に変わりはない。
場合によっては、勇者とやらを先に潰す必要になる可能性も考えなきゃならないかもな。