第93話 探し物
※『魔術印符』の金額に関して修正しました。
※若干の加筆及び修正をしました。
ミルバの集落を出てから特に大きな問題もなく進み、空が薄暗くなる少し前にガンネルトの街が見えて来た。
さすがに城壁で囲われていて、その一角に通用門が設けられて街道はそこへ続いている。
「やはりガンネルトに入る前に、ハースたちの『透明偽装』をもう一段階上げよう」
ハース、シーニャ、パイルの三人の毛髪を人間族のものと同等の髪質に見えるよう『透明偽装』を上掛けする。これでターバンを取っても人間族と何ら変わらない容姿になった。
「なんだか不思議な感じですねぇ。人間族になりたいと思った事もないですけど、実際に人間族の姿になると妙な感じです」
「気分悪いかもしれんが、我慢してくれよ?」
「いえいえ、気分悪くなんてないですよ! ただ単に『私は誰?』って思うだけで」
まぁ、魔術で俺の魔法を再現する事を日々考えてるパイルだから、この『透明偽装』も自分自身が実験台となる事で、体感的に再現方法を思考できるとはしゃいでるくらいだし、グレッグと一緒に行動してくるくらいだから人間族に対する嫌悪感ってのも、そんなに酷いモノじゃないのだろう。
シーニャとハースも、お互いに髪を触って笑ってるから、こっちも人間族の姿になる事にそれほど抵抗は無いみたいだ。
そのまま馬車を通用門に向け進むと、門番が馬車に気付くと街道に出て大きく手を広げて制してきた。
「此処はガンネルトだが、どのような用件か?」
「王都に向かう魔術師の護衛だ。今夜は此処で宿を取りたい」
「身分証を拝見」
門番に促されグレッグが自身の冒険者登録証を差し出す。門番がそれを見ている間に他の門番が荷台を確認しにやって来た。
「男一人、女五人。その内子供が二人。積荷は……」
「食料が殆どです」
アレーシアが最低限の食料が入った荷箱の蓋を開けて、中身を門番に見せ確認させる。門番も中の食料をいじることなく、上辺を見ただけで確認を終えた。
「魔術師はどなたで?」
グレッグの身分証の確認を終えた門番が後ろに回ってきて訊ねるので、俺が「自分だ」と返答をすると、王都へ向かう理由を訊ねてきた。
「王都の魔術学院にこの子を入学させたいと思ってな」
――と、ハースを引き寄せて門番に答えた。実はこれはパイルの案で、理由を聞かれたら「ハースを魔術学院に入学させるため」だと答えれば怪しまれないだろうとの事だったのだが……門番は「なるほど」と小さく頷きハースを見て顔を綻ばせたので、どうやら成功だったみたいだ。
「という事は……他の者は冒険者なのか?」
「ええ、私たちはパーティーです」
「うむ。ガンネルトでの諍いは慎むように。酷い場合は牢での禁錮となるので、そのつもりで」
簡単に街での禁止事項等の説明を受けると、城壁内へ入る事を許された。
「取り敢えず第一関門は突破したな。次は……」
「宿屋を探しましょう」
ガンネルトに入る事が出来ホッとしたところで、パイルがこの街に来た本来の目的である宿探しを提案した。
尤も、これだけ大きな街となれば宿屋もそれなりの数があるようだが、七名の大所帯となると冒険者が好むような安宿は空きが少ないようだ。
ただ、そもそも安宿に泊まる案はアレーシアとパイルが強く反対して、折角大きな街に宿泊するのだから――と、商人向けの宿屋に部屋を取ることに決まった。
「男二人、女五人だが部屋はあるか?」
「二人部屋ひとつと、四人部屋ふたつでよろしいでしょうか?」
「ああ、それで頼む」
「食事は如何いたしましょう?」
「宿の食事は誰が作ってる?」
「専属の料理人が居りますので、街の食堂よりは十分ご満足頂ける食事をご提供できると自負しております」
「なら、夕食も頼もう」
「ありがとうございます」
飛び込みでグレッグが商人御用達だという【栄光の館】という宿を取ったが、値段は中級らしいが対応はなかなかしっかりしてそうだ。
それぞれいつものように部屋を割り振り、夕食まで暫し休むはずだったが……やっぱり他のメンバーが俺とグレッグのいる部屋に突貫してくるいつもの流れだ。
「明日はまずバザーで食材の買い溜めをします。それからこの街の魔道具屋にもちょっと行ってみたいです」
「魔道具屋かぁ。何か欲しいモノがあるのか?」
「魔術印符があれば、何枚か購入しておきたいんですよ」
「ほう、それはどういう物なんだ?」
初めて聞く物の使い道をパイルに訊ねると、何らかの魔術を予め記入しておくことで、正規の詠唱を必要とせず、簡単な詠唱……というか術の名称のみで発動する事が出来る物だという。俺が魔法を使う時と似た感じになるってコトか。
まぁ、俺の場合は『何をするかを周囲に知らせる』って目的もあるから言ってるだけなんだけどね。
「詠唱破棄とまではいきませんけど、スグに術を発動出来るのは戦闘時なんかではとっても便利ですからね。以前から欲しいと思ってたんですけど、かなり高価なものですし、そもそもランデールでは手に入らなかったんですよ」
「なるほど、パイルにとっては結構使い道がありそうだな」
「ええ、それと……ちょっと実験もしてみたいので」
「実験? どんな実験なんだ?」
「それは、またその時にィ~」
何やら意味深というか、悪巧みでもしてそうな笑みを浮かべてニヤリと笑ってるけど……これはまた魔法の事で付き合わされることになりそうな気がするなぁ。まぁ、イザと言う時の戦力増強になるんならいいんだけどね。
夕食までの僅かな時間だが、この街で何をするかを話し合っているといつの間にか外は暗くなってきていたので、このまま全員で宿の主が胸を張った「外の食堂よりも満足できる料理」を楽しみに食堂へ向かった。
宿の食事はなるほど主が胸を張るだけあって、何を注文しても新鮮かつ味わい深い料理ばかりだった。
特にハースは久しぶりの鳥肉料理にかぶりつき、終始笑顔で料理を頬張っているほどだ。勿論、俺も久しぶりの鳥肉料理を楽しんだのは言うまでもないだろう。
「この街の冒険者ギルドには顔を出すのか?」
何気にグレッグに聞いてみるが、グレッグの答えは否。
仮に囚われた亜人種族の事を聞いてみたとして、果たして正確な情報が得られるのか。亜人種族の行方を聞いてどうするのかと問われないか。「囚われた亜人種族のことを聞きまわっている異国の冒険者がいる」と噂が広まると行動に支障が出るかもしれない……等、情報を得られるメリットよりもデメリットの方が大きいだろうとの事だ。
「取り敢えず、詳しい話は部屋に戻ってからにしよう」
グレッグは「あまり人が大勢いる場所でする会話ではない」と、声を潜めて言ってから、やや通る声で料理を絶賛し話題を変えた。
俺の方が警戒心無さ過ぎたか……。
気持ちを切り替え料理を楽しむことに専念し、あとは部屋に帰って翌日の予定を話し合い、そのままゆっくり休むことにした。
そして翌日――
宿を出ると、先にパイルが望んでいた魔道具屋に出向く。
武具屋や鍛冶屋などが立ち並ぶ一角に魔道具屋も店を構えている。要はこの辺りは冒険者御用達の商店街みたいな感じになってるって事か。
「ご主人、魔術印符はありますか?」
「ああ、あるよ。ちょっと待ってな」
パイルが店主に声を掛けると、店のカウンター下から箱を取り出して目の前に置き、蓋を開けて中に入った魔術印符を広げた。
「こっちは王都の魔術師ギルドで作られた物で、値段は一符金貨一枚と銀貨三枚。こっちのはガンネルトの魔術師ギルドが作った物で、一符銀貨八枚だ」
「随分値段に差がありますね?」
「お前さん、この辺りの事はあまり知らないようだな。あまり大きな声じゃ言えないが、ガンネルトの魔術師ギルドにいるのは王都で仕事にあぶれた下級の魔術師ばかりでね。この魔術印符も使った冒険者から『発動が遅い』とか『効果が弱い』とかって苦情が多いんだ。酷い時には『発動しなかった』なんて言われた事もある。だから俺としても本当は売りたくはないんだけどね」
見た目も魔術師の老人といった感じの店主は、半ば呆れた感じでガンネルト製魔術印符の愚痴をこぼしているが、当のパイルは話の途中から既に王都製魔術印符の方にしか気持ちが向いていないようだ。
「王都ギルドの方は、品質はシッカリしてるんでしょうね?」
「ああ、そりゃ大丈夫だ。下手なモン卸せば王都魔術師の沽券に係るからな」
「分かりました。それじゃあ王都ギルド製の魔術印符を十枚下さい」
「随分と気前が良いねぇ! よっぽど儲けてるんだな?」
「別にそういうワケじゃないですよ。自分は勿論、仲間の命を預ける事にもなるんですからね。そういう物にお金を掛けるのは当然でしょう」
「ハハハ、その通りだ! それじゃあオマケでガンネルト製の魔術印符を三枚付けてやるから、実験にでも使ってみればいい」
「ありがとうございます! ついでに新鮮な食料を安く買える所……知りませんかね?」
どうやらパイルは人柄が良いのは勿論だが、売買に関しても口が上手いようだ。今までもこの調子で食料を買い集めて来てたんだな。
兎に角これで、パイルの目的である魔術印符は手に入った。あとはさっさと食料を買ってこの街を出るとしようか。




