第92話 王都に向けて
ガットランド王国が周辺諸国から亜人種族を拉致し掻き集めている理由が、朧気ながらも判明してきた。
その胸糞悪くなる理由が事実であれば、可能な限り早く救出したい。
「ガットランドと通じていた魔族は既に殲滅した。ユメラシアから国境の町……シーバを通して亜人種族が連れて来られるような事は無いだろうが、念の為ダンデルクたちは暫くの間、今まで通り此処を通過する商人を監視していてもらいたい。それと、場合によっては救出した亜人種族を転移魔法で連れてくるかもしれん。その時は今まで同様に故郷に帰れるよう手配してやってほしい」
「仰せの通りに。――して、タナトリアス公は如何なされますか?」
「……そんな堅苦しい言葉を使わなくていい。あくまでも普通の冒険者と接する感じでいいから」
「しかし……」
しかしも何も、そもそもダンデルクたちはラダリア教徒でもなければ、冒険者ギルドの関係者でもないんだからな。
「ダンデルクさんよ、タナトリアス公の力を理解して敬う気持ちは分かるが、公の気持ちも汲まないと不敬にあたるんじゃないか?」
「そ……それでは、不敬にならない程度に敬意を払わせて頂きます」
グレッグの言葉遣いは本当に分からん。誰に対してもぞんざいと言うか粗野と言うか、冒険者の立場として自分より目上の人以外には気を遣わないよなぁ。まぁ、こういう時は有難かったりするけど……。
「まぁ兎に角、我々は早急に王都へ向かおうと思う。そんなくだらない塔など建てさせてたまるか。囚われている亜人種族の救出に向かう」
「それでは王都までの地図を用意しましょう」
「ああ、それは助かる」
てっきり既存の地図を持ってくるのだと思ったら、これから地図を描くようだ。そりゃ前世のように既製品の地図が出回ってるワケじゃないからな。「どこに行っても周辺地図が手に入る」なんて事はないか。
描き上がった地図を二人の男が手に持って広げ、ダンデルクが現在地と王都の場所を示して、どうように行くのが最善かを説明し始めた。
一応俺も聞きながら頷いて理解したようなポーズは取っているけど、実際には他のメンバーに丸投げ。そもそも俺は馬車の操作だって出来やしないんだからな。
大まかだが、この集落から王都まで何処にも立ち寄らず直行したとしても、馬車で四~五日は掛かるらしい。おそらく何処にも立ち寄らず直行――というのは不可能だろうから、七日程度は見ておいた方が無難か。
「先ずはガンネルトの街を最初の目的地にするのが良いと思います」
ダンデルクが地図上に描かれた街らしき絵を示したその場所は、此処ミルバから凡そ半日程度の距離にある街で、宿屋もあるので今から出発するなら時間的にも丁度いいだろうという事だ。
そういえば今日はまだ食事を摂ってない。皆何も言わないけど、腹は減ってないのか?
「よし、それじゃあガンネルトに向けて出発しようか」
「あ、ああ。それはいいが……」
「何か問題でもあるか?」
俺の返事にキョトンとするグレッグに、周りに聞こえないよう小さな声で耳打ちをして、「朝から皆何も口にしてないが腹は減ってないのか」と聞いてみると、「この集落を出て移動しながら食べよう」と返ってきた。ふむ、あまり此処に長居はしない方がいいのか。
「よし、それじゃあ皆、出発の準備をしてくれ。ダンデルク、世話になったな。同士たちに会ったらよろしく伝えておいてくれ」
「タナトリアス公もお気をつけて。陰ながらご健闘をお祈り致します」
「ああ、貴殿もな。それから、タナトリアスの名は死神として顕現した時にだけ名乗っているから、普段はターナスで通して貰えると助かる」
「なるほど、承知致しました」
馬車に乗り込みミルバ集落を後にする。ダンデルクたちとの会話では、終始シーニャをチラ見して彼らの言葉の真偽を探っていたので、信用出来ると判断し今後はミルバの集落も亜人種族保護と転移の拠点と出来そうだ。
集落を出ると、移動しながらだが今日初めての食事を摂る。今日は朝からバタバタとしていた事もあって何も食べていなかったので、聞けばハースやシーニャはお腹が空いていたが言えずに我慢していたらしい。
街道はそれほど悪路でもないので、馬車の揺れも最小限で済んでいる。空間収納からパンと燻製肉、それとチーズを取り出すと、パイルとアレーシアがそれぞれ分担してサンドイッチを作り皆に配った。
「ガンネルトの街は大きいみたいだから、夕食は宿か外の食堂で食べような」
ガツガツとサンドイッチを頬張るハースを見ていると、俺自身もシッカリとした料理が食べたくなってきた。今夜は皆で食べたい物を食べられるようにしたいな。
「王都まで数日掛かりますからね。念の為食材も買っておきましょう」
「ユメラシアで買っておいた食材は、まだある程度余裕があるぞ?」
「余裕があるうちに追加しておいた方が良いって事ですよ。此処はある意味<敵地>なんですからね」
ミルバではパイルたちの変身を解かずに集落の連中と接したが、彼らは特に何も感じなかったようだ。彼らが気にしたのはハースとシーニャの見た目……要は子供が冒険者パーティーに混じっているという所だけだ。
ただし、あの場では頭に巻いたターバンを外していないから、彼女らの毛質までは見られていない。獣人種族特有の耳や角が無くても、毛質は人間族の髪質と異なるので気が付くはずだ。
パイルは今後その事がバレた時に、ある程度人目を避けて行動せざるを得なくなる事態を考慮しているのかもしれない。
「そうだな。ただ、街では必ず俺かグレッグかアレーシアと一緒に行動してくれよな。特にハースとシーニャは気を付けてくれ」
「大丈夫ですよ。私はターナス様と一緒にいますから!」
「ああ、ハースは俺から離れないようにな」
「はい!」
屈託のない笑顔は本当にまだまだ子供だな。
街道は国境の町シーバからミルバを経由してずっと一本道だった。つまり街道ですれ違う人々は必然的にシーバへ向かうと分かるのだが、その全てが奴隷商というワケじゃない。ユメラシアから入って来る輸入品の買い付けやガットランドの商品を売る商人も普通に往来しているようで、シーバでの野獣や魔獣の素材情報を訊ねてくることもあった。
そういえばガットランドの冒険者ってのは、どんな活動をしてるんだろうか?
「トラバンストじゃあ、ガーネリアス教の冒険者は聖王国内のダンジョンやラビリンスの探索か魔物討伐が主体だから、ガットランドでも似たようなものじゃないか?」
御者台のグレッグに聞くと国内での活動のみで、他国に行って活動するガーネリアス教の冒険者はいないようだ。そりゃ人間中心主義者が亜人種族を擁護している国に行ったらトラブルの元でしかないか。
「勿論、ガーネリアス教じゃない冒険者もいるんだが、トラバンストじゃ国外で活動する冒険者には『ギルドを移籍する』っていうのがあってな。そうなるとそれまでの冒険者階級が下げられちまう可能性があるんだ」
「低い階級から再スタートってワケか。そりゃ冒険者としちゃ納得できないな」
「まあな。それでも他国へ行って活動したいって連中も少なからずいるのさ。亜人種族の冒険者と一緒に活動してみたいって連中がな」
「グレッグもそうだったと?」
「う~ん……俺の場合はちょっと違うんだが、ガーネリアス教は大嫌いだったし、トラバンストから出たいってのが大きかったな」
「ふむ、それじゃあガットランドの国内で活動してる冒険者は、敵対する可能性が大きいと考えて問題ない……か?」
「全部が全部そうとは限らないが、一応警戒しておいた方がいいだろう」
となれば……ガットランドでの言動にはより一層注意があるって事か。
ハースたちの『透明偽装』の強化も考える必要があるな。
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