第91話 亜人種族拉致の理由
「奴隷商から亜人種族を救う為に作った集落」
小さな集落で男が発したのは思いも寄らない言葉だった。
聖王国騎士団や中央聖騎士団などに所属していたという彼らだが、確かにこの何の変哲もない集落の住民としては似つかわしくない体躯をしているのは気になっていた。
それぞれの騎士団で亜人種族の拉致や襲撃に関わり、その行為に疑問を抱き、或いは居たたまれなくなって騎士団を辞めたという理由については、アレーシアの仲間だった男が同様の理由で騎士団を裏切り命を落としている事からも、あり得ない事ではない。
「国境の町では亜人種族の売買が行われているという事か?」
「そうだ。二年ほど前になるが、魔族が他の亜人種族を人間族に売り渡しているという情報を得て、魔族と人間族が接触できる場所としてシーバ……あの国境の町が怪しいと睨み監視を始めたんだ。そうしたら、確かにシーバから王都に帰る商隊の中に獣人種族がいるのを見つけて、それで最初はこの付近で奴隷商の商隊を襲撃して亜人種族を救出していたのだが、そのうち警戒され出して襲撃も上手く行かなくってしまってな。それならば足止めさせる場所を作ったらどうかと、此処に集落を作る事にしたんだ」
「集落なら警戒されない……と?」
「ああ。ガーネリアス教を持て成すって言えば何の疑いも持たずに立ち寄るからな。此処ではあくまでも商隊に連れられている亜人種族がどれくらいいるかの確認と、商隊の護衛の実力を図るのが目的で、救出はもう少し先に行った所でやる」
「救出出来た亜人種族はどうするんだ?」
「遠回りになるが、ムスターク領を経由してランデール領かカラム侯国に送っている。ガットランドの中には我々と同じ様に亜人種族を保護している同志が他にもいるんだ」
「それは初耳だな」
俺は勿論だが、グレッグたちにとっても初耳だったらしい。ガーネリアス教を信仰し人間中心主義を肯定するガットランド王国において、亜人種族を保護する人間族がいるとは思いもしなかったそうだ。
念の為、シーニャに視線を向けると黙って頷いた。嘘は言ってないらしい。
「此処にいるのは元騎士団の者とその家族ばかりだが、我々の仲間には王国の内政に関わっていた者やラダリア教徒もいる。――とは言え、王国騎士団や中央聖騎士団にバレて殺された者も少なくないんだ……」
まぁ、元騎士団だとか何とか言ったって、話を聞く限り綿密な連係が成されているようには思えないし、場合によってはガーネリアス教からのスパイが入り込んでる可能性だって否めない。率直に言って危うい組織形態だ。
「仲間と言っても、実際に顔見知った仲というワケではないのだろう?」
「ああ、確かに志を同じくしているという程度だが、間諜が紛れ込んでも見つけやすいように、同じ騎士団だった者同士や、出身が同じ地域の者同士はなるべく組まさないようにしている。ただ、それを言うならお前さんたちはどうなんだ? 冒険者パーティーと護衛対象というには、些か不釣り合いに見えなくもないが……」
俺はグレッグと顔を見合わせると、黙って頷いた。
「確かに俺達は冒険者パーティーとその護衛対象というワケじゃあない。俺達全員<不気味な刈手>というクランのメンバーだ」
「<不気味な刈手>? いったいどういう事だか、説明してもらえるだろうな」
「ターナスは冒険者じゃない。彼の本当の名はタナトリアスと言う。ガーネリアス教なら聞いたことがないか?」
「タナトリアス? その名が何故ガーネリアス教と関係……⁉」
「どうした、知ってるのか?」
「タナトリアスと言えば……教典に出て来る……死神……タナトリアス……」
「死神だと⁉ そういえば確かに……タナトリアスは死神の名だが……?」
「彼が死神だとでも言いたいのか?」
ダンデルクたちは「死神タナトリアス」というガーネリアス教――人間中心主義にとって最悪の存在を思い出したようだ。
驚きと疑いが入り混じった目で俺を見るダンデルクたちに、手っ取り早く分からせる方法はただ一つ……。
「よく見ておけ」
目の前で死神タナトリアスの姿に変化する。そして、俺の後ろに座っていたレトルスも、自身の変化を解き魔族の姿に戻っていた。
「俺は死神タナトリアス。人間中心主義を壊滅させる為に舞い降りた。そして、彼女の名はレトゥームス。ダイモルディア神話における死を司る神、レトゥームスだ。此処にいる<不気味な刈手>の面々で、ガットランドへの亜人種族移送の仲介をしていた魔族の一味を殲滅した。尤も、信じるか信じないかはお前たち次第だがな」
最初にダンデルクから試された時に纏った殺気とは異なる、『最強種の悪魔』の権威を纏うと、男たちは崩れ落ちる様に床に跪いて平伏した。
「申し訳ございません……申し訳ございません。我らはガーネリアス教を棄教しました。亜人種族救出と保護は本当です。どうか、どうか我等にお力をお貸しください」
「顔を上げろ。我々に嘘は通用しない。お前たちが言っている事が事実なのは分かってる。亜人種族救出の協力を仰ぎたいのは我々も同じだ」
語気を緩めて静かに伝えると、ゆっくりと顔を上げて俺に視線を向けている。
ガーネリアス教にとってタナトリアスは最大の敵みたいだけど、ガーネリアス教を捨てると一転して崇拝する対象になっちゃうものなのかね。それはそれで分かり易くていいけど。
正体を打ち明けた事でダンデルクたちは緊張しきりだし、先程の『最強種の悪魔』の権威は集落全体に広がっていて、集落の者全員がその権威に打たれて畏怖の念を抱きながらも様子を見に集会所に集まっていたようで、外野が騒がしくなっていた。
「今のところ、ガットランド王国が亜人種族を集めている理由というのが分からないのだが……それについて何か知ってる事はあるか?」
そう、今までずっと「ガットランドが亜人種族を集めている」という情報は耳にしても、その理由までは誰も分からないままだったのだ。
だが元ガットランド王国騎士団の者がいるなら、その理由も知っているかもしれん。
「正確なところは末端の騎士団員まで知らされていないのですが、現在王都では【枢要塔】なる塔の建設が行われようとしています。そして、噂でしかないのですが、その塔の基礎に亜人種族を使うのではないか……との憶測が流れています」
所謂「人柱」をやろうとしてるのか。
「その塔の建設場所は?」
「王都を取り囲む城塞の中央門。その正面に建てると聞いております」
「建設自体は、まだ始まってないんだな?」
「はい。おそらくは基礎として集められている亜人種族の数が揃うまでは、始まらないと思うのですが……亜人種族を基礎に使うというのも噂の域を出ないものですから、建設開始と亜人種族との関係もハッキリとは……」
「火のない所に煙は立たないと言うからな。塔の建設と亜人種族は関係あると見ておいた方がいいだろう」
「あのぅ、『火の無い所に煙は立たない』って、当たり前だと思うんですけど……それとどう関係があるんですか?」
聞いてきたのはパイルだが、ことわざとしてはこの世界では分かり難いかな。
「煙が立つって事は、そこに火があるって事だろ? 要は『噂が立つ以上何らかの根拠がある』って意味さ」
意味を聞いて「なるほど」と頷くパイルを見ながら、自分自身でも【枢要塔】の名前から亜人種族が人柱として集められている事に間違いないだろうと確信した。
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