第90話 想定外
魔族であるレトルスは自身の魔法で人間族に変化してもらい、パイルたち獣人種族は俺が魔法を掛けて耳や尻尾、そして角を透明偽装した。毛髪は獣人種族特有の毛並なのだが、これは布をターバン風に撒いて誤魔化す。これでパッと見は人間族にしか見えないだろう。
因みに、俺とハースは冒険者登録をしていないので、冒険者を護衛に雇って移動している魔術師と弟子――という設定だ。
「御者は俺がやろう」
珍しくグレッグが御者を買って出る。だがこれもパイルたちが人目に付く事で起こり得るリスクを極力避けるための対策。人間族に偽装しているとはいえ、絶対にバレないという保証は今のところないし、万が一不測の事態が起きた時にもこの方が素早く対応出来る……と、グレッグは言ってた。
街道に出て馬車を国境と反対側に向けて進める。途中で国境の町に向かうと思われる商人らしき馬車とすれ違う事もあったが、挨拶を交わす程度で特に奇異な目で見られることもなかった。それだけよくある一行に見えるという事だろう。
途中休憩を挟みながら暫く進んで行くと、グレッグが「前方に民家のような建物が幾つか見える」と言ってきた。
「村だろうか?」
「村と言うには規模が小さ過ぎるように見えるな。単なる集落なのかもしれん」
「接触は避けるか?」
「いや、この周辺の事が知りたいから人が居るなら聞いてみよう」
取り敢えず、獣人種族のメンバーは幌から顔を出さないようにしてもらって、グレッグとアレーシアが接触を試みる事になった。
馬車が家屋に近付くと、その物音に気付いたのか家屋から人影が顔を出した。やや年配の男だが、その姿はどこにでも居そうな装いをしている。
「どうも、今日は天気が良いね。オヤジさんはこの村の人かい?」
「ああ、そうだ。とは言っても、ここは村なんて呼べる所じゃないけどね。お前さんたちは冒険者かい?」
「ああ、そんなところだ。ちょっとワケあって国境の町まで行ってたんだが、この辺りの事には詳しくなくてな。道を教えてもらえると助かるんだが」
「そりゃ構わんよ。お前さん、この国の者じゃないね? トラバンストの者かい?」
「ああ、分かるかい。俺はトラバンストの出身なんだ」
グレッグは語気も変えず平静を装って喋っているが、幌から顔を出しているアレーシアの身体が強張ったのを感じる。それに、パイルやシーニャからも緊張感と警戒心の高まりが感じられた。
「言葉にトラバンスト訛りが少し混ざってるからな。トラバンストってことは……ガーネリアス教徒かい?」
「ガーネリアス教徒だと何かあるのか?」
「いやなに、ガーネリアス教徒は丁重に持て成すのが此処の慣例でね」
「そうか、そりゃ残念だ。俺はガーネリアス教徒じゃないんだよ」
「ほう。なら……ラダリア教徒だとか?」
「生憎ラダリア教徒でも無いが、どっちかと言えばラダリンス様の方を祈るかな」
「フッ、そうか。いや悪いな、ガーネリアス教徒じゃないなら問題無い」
住人の言葉に俺はパイルと顔を見合わせ、そのままシーニャに顔を向けるが、二人共首を傾げて住人の意図をはかりかねていた。
「どういう事だ?」
「そのままの意味だよ」
住人の男は顔を緩めるが、グレッグも俺もその意図が読めない。こうなったら俺も顔を出すか……。
「スマンが詳しく聞かせてもらえるかな?」
「あんたは?」
「俺の名はターナス。ワケあってガーネリアス教会とは敵対しててな。事と次第によっては……色々とやらなきゃならない事になる」
「いやいや、本当に申し訳ない。悪意はないんだ。本当にガーネリアス教でないなら歓迎する。誓って嘘は言ってない」
やや脅しをかける感じで殺気を漂わせると、住民は慌てて許しを請うよう両膝を付いて取り繕い始めた。どうやらこの男の言ってる事は本当の様だが……それにしても何故?
殺気を消して威圧した事を詫びると、男は自分の方にも非があると詫びて俺たちを持て成したいと集落に招き入れた。
グレッグとアレーシアも何かあればスグに対応出来るから――と、集落に入って話を聞いてみようという事になった。
集落は十数件の家屋が点在する程度で、住人は年配者が多いがよく見れば皆良い体躯をしている。まるで元軍人か何かのようだ。
案内されたのは集落の中の集会所のような所で、俺達が全員馬車から降りるとハースやシーニャを見て住民たちがヒソヒソと何か話していた。どうせ「なんであんな子供が」とか言ってるんだろうな。
案内した男以外に、三人の住人が集会所の中に入って来る。
俺達は並べられた長椅子に座るよう促され、その体面に集落の男たちが腰を掛けた。
「俺はこの集落を纏めているダンデルクという。あんた達を試すような事をして申し訳なかった」
「それはもういいが、その理由を教えてくれ」
「ああ。あんた達は国境の町から来たと言ったが、ユメラシアとの取引に関係があったのか?」
「ある意味ではな。俺達はランデールで攫われた亜人種族を追って此処までやって来た。魔族の一部がガットランドと通じていて、亜人種族をガットランドに移送する仲介をしていたんだ」
「それじゃあ、攫われた亜人種族を追っていると?」
「それだけじゃない。目的は『人間中心主義』の壊滅と亜人種族の解放だ」
「それは……信じていいのか?」
「……どういう意味だ?」
男は口を一文字に結び、真剣な眼差しを向けて俺達の顔を見渡すと、ゆっくりと口を開いて事情を話し出した。
「この集落にいるのは元騎士団にいた者達だ。俺はトラバンストの聖王国騎士団に所属していた。こいつはガットランド王国騎士団、そっちのやつは中央聖騎士団にいた。それぞれの騎士団で普通に戦闘訓練をしていた騎士だったが、俺はある時バーガストという地域に派遣されて、そこで亜人種族狩りを命じられたんだ」
バーガストでの亜人種狩りと言えば……俺がこの世界に来てハースたちを助けた時のあの事じゃないか。
「最初は特に何も思わず命令を遂行していたが、そこで兎獣人族の子供が怯えながら自分よりも更に小さい子供を匿っているのを見た時に、自分の子供と姿が被って見えたんだ。その時に『俺はいったい何をやってるんだ?』って思った。獣人種族など劣等種族であり、人間族のために働くのが当たり前だと教えられてきた。その事に何の疑問も持たなかった。だが、いざ兎獣人族の子供を目の前にした時……自分の子供が同じ目に遭っている姿が思い浮かんでしまってな。そのまま動けなくなったんだ」
「それで?」
「その時は仲間に咎められてそのまま任務を続行したんだが……俺は自分のやっている事が恐ろしくなってしまって、騎士団を辞めた」
「そう感じたのが、あなただけじゃなく、此処にいる人たち皆がそうなのですね?」
項垂れるダンデルクに向かってアレーシアが問い掛け、ダンデルクの隣に座る二人の男たちに顔を向けると、男たちは沈痛な面持ちで小さく頷いた。
そういえば、アレーシアを助けた時に一緒にいた男も騎士団だったっけ。あの男も確か獣人種族の扱いに疑問を持って騎士団を裏切ったんだったよな。
「この集落はミルバ……国境の町から王都に向かう街道の一番最初の集落になる。立ち寄った奴隷商から亜人種族を救出するために作った集落なんだ」
男の口から出たのは全く想定外の言葉だった。




