第88話 アトーレにて
洞窟内に隠れていたのは猫獣人族と兎獣人族の若い冒険者が四人。そして一人のドワーフだった。
シーニャとパイルに連れられ洞窟から出てくると、人間族の姿をした俺を見て一瞬怯えてしまったが、シーニャから救出に来た仲間だと言う事を聞かされていたであろうから、スグに恐怖心は消えたようだ。
「今のところ言ってる事は全部本当」
救出した彼らには聞こえないよう、俺の傍でシーニャがそっと耳打ちをした。相手の言っている事の真偽を判定できる能力を持つシーニャなので、彼らの言う事は偽りでないって事だ。
「君たちが此処に隠れていた理由を聞いてもいいかな?」
「あの……俺とコイツはパーティーを組んでいたんですけど、ランデールの城塞にいた時に襲われて……。多分ガーネリアス教の人間族だと思います。そいつ等に捕まって連れて来られて……それでこっちに来たら今度は人間族の奴隷商に馬車に乗せられて、何処かへ行く途中だったみたいだったけど、たまたま馬車から飛び降りて逃げる事が出来たんです」
猫獣人族の若い冒険者が経緯を説明する。彼はもう一人の猫獣人の若者と同じパーティーだと言うが、兎獣人族の方は別パーティーらしい。
「自分は彼と同じパーティーで、ランデールのジーギスで捕まりました。捕まって馬車に乗せられて、口も塞がれてどうなるんだろうって思ってた所に、ドワーフの彼も乗せられて来て……それで同じ様にこっちに連れて来られてから、隙を見て逃げ出したんです」
兎獣人族とドワーフは別の街で捕まったようだ。
「ワシらドワーフは、まだ夜が明ける前から仕事の準備に取り掛かるんですが、寝床から仕事場に行く途中でいきなり頭を殴られて……気付いたら枷を付けられて馬車に放り込まれていた次第で……」
ランデールで亜人種族が行方不明になった時の状況と同じだな。
別々に捕まって移送されそうになった彼らがこの洞窟に辿り着いたのは、本当に偶然だったそうで、お互いに驚きつつも此処を脱出する術も分からず怯えて過ごしていたらしい。
「他にも捕まっていた者はいたかい?」
「いました。でも……もう連れて行かれて……」
「君らが隠れていたのは、何日くらいかな?」
「どうだろう……多分、二日くらい……かな?」
猫獣人族の一人が他の者たちに顔を向けると、他の者たちもやや首を捻ったり掌に指を当てて何かを数えたりしながら、「多分」とか「それくらいかも」等と口々に言っていた。
彼らが逃げ出したのが二日前だとすれば、一緒に移送されていた亜人種族は既に相当先に行ってしまっているだろう。
「兎に角、もう安心していい。これから俺が皆をいったんユメラシアに転移させる。そこからランデールのアトーレまで行って冒険者ギルドに保護してもらおうと思ってるが、異存はあるかな?」
「本当に帰れるんですか⁉」
「ああ、帰れる。ただし、冒険者ギルドで色々と聞かれるだろうが、それについてはキチンと答えて欲しい。捕らわれている他の亜人種族を救う為にも必要な事だからな」
そう言うと彼らは手を取り合って喜び、涙を流す者もいた。
「それじゃあ、皆こっちに来て固まってくれ。グレッグたちの所に戻るぞ」
ひと塊になったところで転移魔法を展開して、ユメラシアのグレッグたちがいる城壁から少し離れた場所に移動する。
一瞬で目の前の景色が変わって驚く獣人種族とドワーフだが、更にグレッグとアレーシアの姿を見つけ、座り込んだり尻もちをついたりとアタフタしているのでパイルが落ち着かせようとしていた。
「大丈夫です、この人たちは私たちの仲間で<不気味な刈手>というクランのメンバーですから」
「二等級冒険者のグレッグだ。皆が攫われた経緯は分かってる。怖い思いをしただろうがもう大丈夫だ」
パイルとシーニャはこのまま此処に留まり、俺が一人で彼らをアトーレまで転移させて冒険者ギルドのゴーラン支部長に引き渡して来る。
連続の転移魔法で彼らは困惑続きな上に、今までの疲労もあってかギルドに出現するなり腰を落としてグッタリしてしまった。
此処は冒険者ギルド・アトーレ支部の応接室。まぁ、支部長室の隣ではあるのでそのまま彼らを残して支部長室のゴーランを呼びに行くと、ゴーランは別室に待機させていた冒険者パーティーを呼んだ。
「ウチのギルドで冒険者の指南や相談役をやってもらってる<雷光>だ。前回は依頼で街を離れていたから、タナトリアス殿とは初めてになるな」
「二等級冒険者パーティー<雷光>のリーダー、ウルカースです」
ゴーランに紹介され一歩前に出て挨拶をしたウルカースは、続けて<雷光>のメンバーを一人一人紹介しはじめた。
<雷光>はリーダーのウルカースと神官が人間族で、狼獣人族の槍使いに羊獣人族の魔術師、そして猫獣人族の斥候という構成だ。
一人ずつ自己紹介をしていくが、冒険者としては行儀が良過ぎる気がするほど皆丁寧な対応をしている。ウチのメンバーも対外的な場面でこんな態度が取れるのか気になるけど……まぁ、ハース以外はそれなりに対応できるだろう。
「混成パーティーなんだな」
「ええ、もとも自分と猫獣人族の彼女――ディアーとは同郷なんです。幼馴染みなのですが、冒険者になってもそのまま一緒にパーティーを組んでたんですよ。それで、少しずつ仲間が増えて行ったワケですが、もともとが異種族コンビですからね。タナトリアス殿も混成パーティーだと伺ってます」
「ああ、ウチも獣人種族と人間族、それに魔族もいるからな。まぁ、パーティーではなくクランとしての編成だが、信頼のおける連中だ」
その後、ガットランドとガーネリアス教の亜人種族拉致に関する話をし、今まで俺たちが辿った場所と行ってきた事を簡単に纏めて説明しつつ、今回保護出来た獣人種族とドワーフの保護とその後の支援を頼んで、ギルドを後にすることにした。
「それではターナス殿、また救出出来た亜人種族がいれば、いつでも連れて来て下さい。責任を持ってギルドでその後の対応をさせて頂きます」
「そうして貰えると助かるよ、ゴーラン。それと<雷光>の皆にも世話を掛けて申し訳ないが、『人間中心主義』壊滅の為に暫く手を貸してほしい」
「タナトリアス殿、我々<雷光>としてもタナトリアス殿のお手伝いが出来る事に感謝しています。何かあればどうぞ遠慮なくお申し付けください」
「ありがとう」
ウルーカスと握手をし、またユメラシアにいるメンバーを目標に転移をした。
因みに、後で再びアトーレに行った時にゴーランから聞いた話だが、あの時ウルーカスが俺の事を「タナトリアス殿」と呼んでいた事に対し、獣人種族のメンバーが「タナトリアス様に対して不敬過ぎる」と、めちゃめちゃ怒ってウルーカスを責めたらしい。
一応、ゴーランには「人間族に様付けで呼ばれる方が嫌だから問題無い」と<雷光>メンバーへの伝言を頼んでおいた。
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