第85話 ガットランド目前
国境におけるトラバンスト聖王国との戦闘で、壊滅状態になり危機的状況におかれている魔王軍の援軍として編成した反撃部隊。
条件付きとはいえ命令違反さえしなければ無敵の『絶対的身体防護』を掛けた部隊の兵士たちに、その効果を実感してもらうためにグレッグと俺を相手を仮想的とした模擬戦を行った。
その効力に驚愕した反撃部隊の面々だが、それと同時に「直ぐにでも国境に向かいたい」と口々に言い始め、それを聞いたオータスは直ちに出立の準備に取り掛からせた。
「タナトリアス様、ありがとうございます。これで魔王国は聖王国からの侵攻を巻き返す事が出来るでしょう」
「そうだな。ただ、彼らがこの街から離れる間の警備に関しては……大丈夫だろうな? 街に残った衛兵は命令に背く可能性のある者なのだろう?」
「それについては問題ありません。何も命令遵守する衛兵が全て反撃部隊に加わったワケではありませんから。それに、特務軍団の者が数名残留して滞在しますから、いつもより犯罪が減るかもしれません」
心配無用とばかりにオータスは笑う。街を守る衛兵を抱えた師団長であれば、そのくらいの事考えていて当然だよな。
「特務軍団は全員が参加したワケじゃないのか」
「ええ、彼らはオーガ族反乱の一報で出動して来たのですが、到着した時には既にタナトリアス様の方が一足早くオーガ族を一掃して下さったので、そのまま王都に帰還する予定だったのです。ですが、国境での反撃の話を聞いて本部に掛け合ったそうなんですよ。特務軍団本部からも私宛に『是が非でも加えさせてくれ』と言ってきたものですから、若干の兵士をダグジール警備の為に残す事を条件にして、こちらからもお願いしました」
やはり普段は王都に駐留してる軍団なんだな。ただでさえ精鋭中の精鋭軍団ならば、その中の数名が街に残るのなら一先ずは安心できるか。
「俺達はこのままガットランドに向かう。捕らわれている亜人種族を解放したあと、またユメラシアには来るだろうが、その時には状況が好転していることを願ってる」
「ありがとうございます。タナトリアス様もどうぞお気をつけて」
互いに健闘を祈りつつ、あとの事は強化された反撃部隊に任せ、俺達はダグジール師団の駐屯所を後にしてガットランド王国との国境を目指して出発した。
駐屯所を出る際には対聖王国戦に向かう準備をしていた反撃部隊の面々も、建物の窓から手を振ったり敬礼したりして見送ってくれている。
厳つい魔族の男達から笑顔で手を振られるのも何だか妙な感じだな。
「反撃が上手くいくといいですね」
御者をするパイルが手を振りながらポツリと呟く。
「ああ、そうだな」
「ターナスのあの魔法を掛けてもらって『ダメでした』って事はないさ」
「人外……魔族外? ……が増えましたね」
「命令違反したら死ぬのですよね? あれが『邪能』にでもなってしまったら目も当てられませんし……」
「ああ、魔族の野盗の事だったか? 逆に命令を守っているのならば『邪能』にとっては最悪の敵になるだろうけどな」
魔族である本来の姿から人間の姿に変化したレトルスが、傷ひとつ付く事のない無敵状態になった衛兵たちが、『邪能』と呼ばれる特異な能力を持った魔族の異端者にならないかを危惧するが、魔法の効力を知っているグレッグたちからするとそれは杞憂に過ぎない事だとレトルスを安心させていた。
ダグジールの街を出たのは昼を過ぎて陽が一番高いところから、やや傾き出した頃だったよな――――と思って、チラッと時計を見てみるば既に三時を過ぎていた。
「皆、メシはどうした?」
「そういえば食べてませんね」「ああ、そういや俺も食べてないな」「私も忘れてました」……等々。皆揃って「そういえば……」と、お腹をさすって朝から何も食べていない事に今更ながら気が付いたようだ。
「何処かで止まって食事にしよう。場合によっちゃそのまま野営だ」
『腹が減っては戦は出来ぬ』と言うけれど、腹が減った事も忘れて戦をしていたのだから皆も大概戦闘狂だよな。
街道を暫く進むと牧場のような柵のある場所が見えて来たので、その脇に馬車を停めて食事の準備を始めた。
もうこのまま野営するつもりでいるので、シッカリとした食事を摂る為に火を焚いて、近くに見張り番の交替用野営テントを一張り建てておく。
「折角だし、腹にたまるチーズ粥でも作るか」
「チーズ粥⁉ チーズで粥を作るんですか?」
確かパイルはチーズが好きなんだよな。ユメラシアでチーズが手に入ったと大喜びしてたし。
「いや、粥にチーズを入れるって方があってるかな」
「う~ん、想像しただけで美味しそうです! それじゃぁ私はパンと燻製肉を切り分けますね」
俺がチーズ粥を作り、パイルがパンと燻製肉を切り分け、レトルスがレタスと玉葱を切っていく。その間にグレッグとアレーシアは馬と馬車の手入れをしている。ハースとシーニャも手伝っているようだ。
いつもの事ではあるが、昼間にあれだけ大きな戦闘をしていたにも関わらず、喉元過ぎればなんとやら……で、誰一人として激しい戦闘など無かったかのような様相なのが、ある意味このクランの良いところか。
「さあ出来たぞ! 皆手を洗ってこっちに来てくれ」
待ってましたとばかりに急ぎ足で戻って来ると、思い思いに焚火を囲って腰を下ろし車座になり食べ始めた。
まだ日が暮れるには暫く時間があるからか、街道を往来する冒険者らしい魔族の姿もあるのだが、野営をするような冒険者にしたって、本来ならジャーキーを齧り水で喉を潤す程度の食事をするのが精々なのに、何時襲われるか分からない無防備な状態で暢気に食事をしている俺達観て仰天していた。
「ガットランドとの国境は、あとどのくらいありそうだ?」
通りすがりに奇異な眼差しを向けられても何ら態度を変える事もなく、いつもと同じ調子でグレッグがレトルスに訊ねる。
「此処は既に、ほぼ目と鼻の先です。今は陽があそこで影かこうですから……影がこの辺になるくらいには着いてしまいます。ですがその頃には陽が落ちる寸前ですから、ここで野営してからの方がいいと思います」
レトルスの説明を補足するのなら、あと一時間程度で着くという事だ。距離的には五キロメートル前後ってところだろう。大した距離ではないが、俺達にとっては敵対する国に近付くワケだから、明るいうちに入った方がいいのか、夜に紛れて潜入した方がいいのかを確認する為にも、夜が明けてから状況判断して準備をする必要がある。
「この街道はガットランドとの入国検問所に続いてるのか?」
「えっと……ガットランドとユメラシアの間には検問所は無いので、入国検問所というのは正しくないのですが、検閲所という物資の交換売買所が機能しています。これはあくまでも生活に必要な物資をお互いに融通し合う為のものなのですけど、おそらくは其処が亜人種族の引き渡し場所になってるんだと思います」
「という事は……他に行き来出来る場所が無いって事なのか?」
「はい、その通りです。ガットランドとの国境は城壁で仕切られていて、通用門はその検閲所だけなんです」
つまり、ガットランドに入るには検閲所を通過――と言うか強行突破するか、その城壁を乗り越えるかの二択しかないワケか。
「明日はその検閲所と城塞の詳細を調べて、どうガットランドに入るかをシッカリと考えた方が良さそうだな」
のんびりと食事を楽しんでいたが、いよいよガットランドへの潜入が現実味を帯びて来たことを再認識した皆は、食事の手を停めて改めて真剣な表情で眼差しを向け頷いていた。




