第83話 相談
「な……なんですって⁉」
トラバンスト聖王国の侵攻に対し、国境で劣勢を強いられている魔王軍の起死回生手段として、衛兵に『絶対的身体防護』を掛けて一時的に無敵状態にする事で状況を一変させる提案をしたところ、オータス師団長は目を丸くして立ち上がった。
「まぁ落ち着いてくれ。無敵と言っても条件を付ける。優秀な衛兵ならば問題ない条件だが、卑しい考えを持つような者には命に係わる条件だ」
「命に係るとは……一体どんな条件なのでしょう?」
ここで俺はグレッグが提案した『命令に背いたら死ぬ魔法』の話を師団長にした。
「そんな魔法が可能なのですか? いや、タナトリアス様であれば事実なのでしょうが……魔族の魔法程度では不可能なモノですから」
「既に何度かガットランドの連中に掛けている。その時も信じないで抵抗したヤツがいたが……あの時は燃えたんだっけ?」
「ああ。口答えどころか、言葉を発したとたんに全身燃え上がって死んだな。それと、魔法を掛けたうえで伝令としてガットランドに帰した連中もいるが、そいつらが無事ガットランドに戻る事が出来たか、それとも途中でどうにかなっちまったかは……分からんけどな」
そう言ってグレッグが口角を上げると、オータス師団長は顔を引き攣らせながら額の汗を手で拭っていた。
「絶対に敵以外の者に危害を加えないと誓える者を志願させればいい。そもそもその程度の事を守る自信が無いからと志願しないような者など、衛兵としては失格だろうけどな」
オータス師団長は暫し目を閉じて考え込んでいたが、意を決したのだろう面と向かい真剣な顔で告げる。
「志願者を募ります。命令に背いたら必ず死ぬという事もしっかりと伝え、任務を全うする自信がある者、決して邪な行いをしない者を募り、尚且つ、更にそこから選抜してもいいでしょう。兎に角、起死回生のために必要である者を集めますので、どうかよろしくお願い致します」
「分かった、人選はオータスに任せる。俺達はなるべく早くガットランドに向かいたい。早急に準備してくれ」
「承知致しました」
どれだけの人数が集まるか分からんが、大隊が作れるほどの人数は無理だろうな。とは言っても「数十人しか集まらなかった」なんてのも目も当てられないが、少なければ少ないなりの方法を考えるしかないか。
オータスが精鋭となる衛兵を集めるまでの間、俺達は駐屯所内の将校用宿舎で待つことになった。
師団長が気を利かせたのか一人一室ずつ提供されたので、たまには良いだろうと皆それぞれの部屋で休む事にしたのだが、ハースとシーニャだけは「二人で一室がいい」と口を揃えて言うのでそうさせてもらった。相変わらず仲の良い義姉妹だ。
部屋のベッドで横になると、然程間を置かずにドアがノックされる。メンバーの誰かだろう。
「レトゥームスです。よろしいでしょうか?」
「ああ、入ってくれ」
レトゥームスが一人で来るとは珍しい。
「タナトリアス様、オーガ族との一戦で放たれた魔法の事なのですが……」
あの驚いていた『雷電撃射』の事だろうか。自分にも撃てるか知りたがっていたし、その辺りの事はアドバイスしたはずだが。
「私が使える雷撃系の魔法『稲妻衝撃弾』なのですが、現状では人間族の魔術師が使う『稲妻魔法防御』で防がれる率が三割ほどあるので、これを確実に破れるようにしたいのですが……何か良い方法はあるでしょうか?」
「威力を上げるのなら単純に魔力を増幅するのが一番だと思うが、レトゥームスは自分の魔力を増幅させるのにどのくらい掛かっている?」
「最初に撃てた『稲妻撃矢』から『稲妻衝撃弾』が撃てるようになるまで二年掛かりました」
「そうか。そうなると簡単に威力を上げるのは難しいか……」
そう言ってからレトゥームスの気落ちした様子に気付いてしまった。ヤバイ、落ち込ませてしまっては逆効果になってしまう。
「ちょっと……ドーピングしてみるか?」
「どーぴんぐ……ですか?」
「要は威力を上げる為に【魔力増幅の元】を使うって事だな」
「――ッ! そのような物があるのですかっ⁉」
身を乗り出して俺の顔に急接近するものだから、ついレトゥームスの両肩を掴んで抑えてしまった。
それに気付いたレトゥームスも、何故か顔を真っ赤にして目を潤ませているじゃないか。ちょっと可愛いぞ……。
「し、失礼しましたッ! その……つい……あの……」
「いや、大丈夫だ。まぁ、俺もちょっとビックリしただけだから。それで、ドーピングの件なんだがな。魔道具のような物を身に付けたらどうかと思うんだ」
「魔道具のような……モノ……ですか?」
魔力を蓄えておく容器となるモノ。そもそも魔力は液体でも気体でもないワケで、人間でいうならば「活力を溜める」と言ってるようなものだろう。そうなると「そんな事出来るワケがない」となる。まぁ、精の付くモノを食べて英気を養うって事はするけども、だからといってそれで自身の力が倍増するワケじゃないからな。
「魔力を蓄えておき、魔法の威力を増大させたい時に、その蓄えておいた魔力を加える事で数倍の攻撃魔法を撃てるようにする――――って考え何だが」
「魔力を蓄えておくというのは、明かりを灯すための魔石に光魔法を注入するようなモノでしょうか?」
「そう、そういう事だよ。それがあれば稲妻衝撃弾を威力のある雷撃衝撃弾として撃てるようになるってことで、その為の魔道具があれば……って事さ」
「なるほど! では何を魔力を蓄える器とすればいいのでしょうか?」
「常に身に付けていられる物だな。ネックレスとかブレスレットなんかが理想だと思うが、レトゥームスはそういった物を身に付けているか?」
俺に言われて自分の持ち物を確認するレトゥームスだが、どうやらそういった装飾品などは身に付けていないようで、その事に気付くと少しガッカリしていた。
「無いなら今度どこかで手に入れよう。増幅装置として考えたらそれ相応の物が欲しいからな」
「――はいっ!」
一瞬、キョトンとした顔をしたがスグに目を見開き笑顔になって返事をした。何がそんなに嬉しいのか知らないけど、やっぱり威力ある魔法が撃ちたいのか。そこら辺はパイルに通じるものがあるみたいだな。
「それじゃあ、どういった感じの物がいいか考えておけ。自分が身に付けて、イザという時にスグ魔力を供給出来る装備だ」
「はい。あの、出来たらタナトリアス様も私にどんな物が似合うか……考えて頂けますか?」
「ああ、いいよ。俺も考えておく」
「ありがとうございますっ! では、失礼致します!」
なんだかやけに元気に出て行ったな。そういえば「どんな物が似合うか」とか言ってたけど、似合うに合わないじゃなくて、如何に効率よく魔力を蓄積&供給出来るかが重要だろ。魔族の冒険者とはいえ元貴族の子女だったんだし、似合うに合わないは女の子にとって重要か。
そんな事を考えていると、再び扉がノックされた。
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