第75話 オーガ族の反乱
ガットランド王国との国境に近い街――ダグジールに向けて出発し、陽も高くなってきた頃にジグラルダルから早馬が俺達を追ってやって来た。
「タナトリアス様、ガーハイム師団長より伝言が御座います。『ダグジール付近にてオーガ族による反乱があった模様、注意されたし』との事です」
伝えてくれた魔族の兵士は、それだけ言うと即座に反転してジグラルダルへ戻って行ったが、たったそれだけの事を伝える為に早馬を飛ばしてくれたガーハイム大佐に感謝しよう。
「オーガ族というと、例の傭兵ギルドのザーザードもオーガ族だったよな?」
グレッグに言われて思い出した。そうか、ヤツもオーガ族だと言ってたな。その種族が反乱を起こしたって事か。
「しぶといヤツだったが、別にたいして強くはなかったけどなぁ……」
「強くはないが、しぶとかった。アレが数多くいると思うとちょっと面倒だな」
「虚空斬が効きましたから、数撃てばイケるような気もしますけどね」
パイルが魔術で撃った虚空斬は、ザーザードに致命傷を与えたからな。仕留めたのはレトゥームスの雷撃魔法だったが、何れにせよオーク族には魔術でも魔法でも攻撃が効くことは分かっているから、パイルもあまり警戒や焦りは無いようだ。
「それにしても、なぜ反乱を起こしたのでしょう? それに、他にも反乱に加わっている種族がいるのかどうかも気になります」
アレーシアの疑問は皆も感じている事だろう。
それにグレッグが答える。
「ザーザードが死んだ事を知って報復に出た可能性もあるな。どういう伝わり方をしてるのか分からんが、軍が関与してザーザードを殺したとでも聞いたんじゃないか? 亜人種族の誘拐に関してはガイールの傭兵ギルドだけが独断で動いていたはずだし、それならばオーガ族だけが反乱を起こすのは不自然だ」
おそらくグレッグの考えが一番有力だろう。傭兵ギルドとしての報復ならオーガ族だけが動くという事はないはず。
だだ、もしもザーザードは関係なく、単にオーガ族が何らかの不満を爆発させて暴れているだけであれば……正直俺達には関係ないよな。
「それで、ダグジールに行くのはどうするんですか?」
「ん? 別にどうもしないぞ。このまま予定通り行こうと思ってるけど……何か気になるか?」
「いえ別に。ターナス様ならこんなの些細な事でしょうからどうもしないとは思いましたけど、一応聞いてみただけです」
確かに、どうするのか聞いてくるワリにはアレーシアの顔に一ミリの不安も感じなかったからな。本当に「ただ聞いてみただけ」だな。
「些細な事には違いないが、だからといって何が起こるか分からないからな。油断はするなよ。特にハースは必ずシーニャかアレーシアかレトゥームスの近くにいるんだぞ?」
「えっとぉ、私ももう、ちゃんと戦えますよ?」
「それでもだ。俺はハースのお母さんを悲しませたくないんだから、絶対に無茶はするな。禁止。ダメゼッタイ。いいな?」
俺の言葉にハースだけじゃなく、他の皆まで苦笑している……?
「ターナス、お前はハースちゃんに関しては本当に過保護だよな」
「ですね。まるでハースちゃんのお父さんみたいですもの」
「本当に。ハースの事となるとスグにアレですからね」
「でも気持ちは分かります。ハースちゃんは可愛いですから」
「ふん、ふん。ハースは私が守る」
む~ん、なんだかんだ言ったってハースはまだ子供なんだぞ。そりゃ確かに色々と経験を積んで強くなってるけどさ。
「まぁ、あれだ。他の誰かが様子を見て『これならハースに任せても大丈夫』って判断した場合なら、戦ってもいいから」
「はいっ! ありがとうございます!」
あんな可愛い顔して意外と戦闘狂なんだもんなぁ。やっぱ傭兵を生業としていたカール族の血筋……ナミルの子なんだなぁ。
兎に角まぁ、他の誰かが近くに居れば危険な目に遭う率は少ないだろうし、皆もハースの事は目に掛けてくれているから大丈夫だろうけど、イザとなれば強力な防御魔法を掛けておくのも手だな。
結局、いつの間にか毎度毎度の緊張感の無いのんびりとした旅路になってしまっているのは、ある意味<不気味な刈手>の良いところなのか。
途中、すれ違う馬車や旅人っぽい魔族に声を掛け、ダグジールについて現状何か起こっているのかを訪ねたりして情報収集もしておく……が、今のところ帰って来る返事は総じて「ダグジールに行くなら今は気をつけて」「オーガ族が暴れてるらしい」といったものくらいしかなかった。
そして、この日は陽も暮れ始めた頃に、街道沿いに建つ旅人向けの宿屋を見つけたので、そこに泊まろうという事になった。
いつもの様に三部屋取って俺とグレッグが同室になるのと同時に、その部屋が会議室というか談話室というか……皆が集まる部屋になっている。
「ジグラルダルの兵士はオーガの反乱は『ジグラルダル付近』と言ってたが、どの程度離れた場所なのかが分からんな」
「地図ではジグラルダル近郊に小さな村が点在していますね。私たちが通ってる街道沿いだと、この村が該当します」
広げた地図を示しながら、パイルが説明する。
「宿の主にしても、道すがらに聞いた魔族に聞いても、オーガ族が暴れている明確な場所は分かってないので、ジグラルダル近郊の村が襲撃に遭ってるか否かは不明ですが……」
「反乱の目的が軍への報復であれば、小さな村を襲撃する理由は……ない?」
「そうだな。軍への報復なら軍施設を襲撃するだろう。もしくは駐屯所から離れている兵士を襲うとかな」
「はい。ですが、反乱理由が一般市民に被害が及ぶことも辞さないクーデター的な意味合いだった場合は、周囲の村々を略奪目的で襲う可能性も考えられないでしょうか」
軍部への報復か、政権転覆を狙うクーデターか。
「レトルスはオーガ族の反乱をどう見る?」
「おそらく、軍への報復で間違いないと思います。オーガ族は妬み嫉みで動く事がままありますから、魔王軍に入れず傭兵になった者が魔王軍によって殺されたとなれば、オーガ族にとっては絶好の鬱憤晴らしなのではないでしょうか」
「そうなると、俺達は部外者どころか当事者だよな。それならオーガ族を征伐するのが筋ってもんじゃないか、ターナス?」
「そうだな。何れにせよ放っておくワケにはいくまい。ザーザードにしてもドラゴノイドの……クロコ……クレコ……クリ……」
「クディアード?」
「それだ! ザーザードにしてもクディアードにしても自分たちが世界を支配しようと企んでいた。反乱を起こすくらいなら当然同じ思想を持っているだろう。こういう言い方をしていいか分からんが……根絶やしにしないとガーネリアス教会と変わらない存在になり兼ねん」
「では、暴れているオーガ族は発見次第討伐って事で良いでしょうか?」
「ああ」「おう」「ええ」「「「はい」」」」
次から次へと魔王国では問題が起こるが、このまま放置してガットランドに行くワケにもいくまい。
それにしても、魔王は統制させたり暴徒を抑え込んだりする事が出来ないのだろうか? ユメラシアに入ってから、どうにも魔王の元首としての統率力に些か疑問を抱いてしまう。




