第71話 目指すはジグラルダル
※誤字修正しました。
ハルピュイアの里でほぼ一日動き回り、用件が済み次第スグに森を脱出しているので既に陽が暮れ始めている。
取り敢えず何も無い所で野営をして夜を明かしてから、大きな街――魔貴族が領主として直接統治している城塞のある都市を目指すことにした。
暫く道なりに街道を進んでいると、幾つかの家屋が点在する集落が見えて来た。
「ターナスさん、あの集落に寄ってみますか?」
「そうだな、何か情報が得られるかもしれないし、寄ってみよう」
街道の両側に点在している家屋は大きくないものの、どの家も隣に畑を有していて作業をしている人影もちらほら見える。だが、俺達の馬車が近付いても取り立ててこちらを注視することもなく、通行人は部外者であろうとあまり関心が無いようだ。
「おじさん、こんにちは」
パイルが畑仕事をしている人物に声を掛けた。
薄紫色の肌をして頭には野牛のような角がある。見るからに『魔族』って感じだが、それを気にしなければ人間の農夫と同じ雰囲気のおじさんだ。
「私たちはランデール領から来た者なんですけど、此処は何て言う所なのか教えていただけますか?」
「此処はムランダルっていう村ですよ。随分と遠くからのようですが、この村に何かご用ですか?」
「実は領主様のいる大きな街に行きたいのですが、此処からだと何処が一番近いのでしょうか?」
「領主様……ですか。そうですねぇ、領主というワケではないですけどジグラルダルという街を治めてる貴族様がいます。この道を真っ直ぐ行くと二手に分かれる三叉路に当たるから、左の道に行けばジグラルダルに行けます。馬車なら半日も掛からないですけど、途中タチの悪い連中がいるから異種族の方は魔族の護衛を付けた方が良いですよ」
「ありがとうございます。護衛なら既にいるので大丈夫ですよ。ご忠告ありがとうござます。では失礼します」
案外パイルは人当りがいいと言うか、コミュ能力に長けてるよな。アレーシアだとこうは――
「ターナス様、私が何か?」
「いや、別に何も……」
ほんのちょっと、本当にチラっと見ただけなのになぁ。そういう所はかなり敏感なんだよなアイツは。
「兎に角まぁ、そのジグラルダルって街を目指せばいいんだな。途中で質の悪い連中とやらに気を付けて」
「魔族にも野盗がいるんですね。どうせなら賞金首とかになっててくれると討伐し甲斐があるのですけど」
「ターナス様、魔族の野盗もやっつけた方がいいんですよね?」
「魔族は魔法が使えるって事を忘れるなよ。人間族の野盗と同じに考えてると痛い目に遭うかもしれないぞ」
ハースにとって野盗は仇でなくても憎しみの対象でもあるし、以前に戦った経験から自信にもつながっているのだろうが、単なる物理攻撃しかできない人間族の野盗と同様に考えるのは危険だろう。
アレーシアに至っては……賞金目当てか。
「アレーシアにハースちゃん、やる気を削ぐような事を行って悪いが……野盗は回避するかターナスが魔法で一気に討伐するようにして、先を急がないか?」
魔族農夫のおじさんの言葉から何故か「魔族討伐在りき」のアレーシアとハースだったが、既に大きく回り道をしている俺達にとっては、グレッグの言う事は尤もな話だ。
「そうだな。いちいち時間を掛けていたらいつまで経ってもガットランドに辿り着かないからな。万が一野盗が出たら俺が片付けよう」
「「「……」」」
何故かしゅんとしているのが三人いるのだけど? シーニャ、お前もやる気だったのか。
「あの、魔族の間では『野盗』という言い方はせず『邪能』と言います。他国での野盗とは少々性質が異なるので、グレッグさんの言う通り関わらないのが一番だと思います」
「どういう事だ、レトルス? 邪能とはいくら何でも穏やかじゃないぞ」
「はい。『邪能』とはその名の通り『邪悪なる能力を有す者』で、通常では有するはずのない異端な能力を持った者を示しています。思うがままに他人を操る力であったり、魔物と同化してあり得ない程の力を得る者がいたりと……兎に角その邪能を使って悪事を繰り返す犯罪者なのですが、魔王国警吏でも手に負えない程で……」
「それじゃあそいつ等は、見つけたら始末しちゃってもいいんだな?」
「えっ? ええ、それは勿論構いませんが……」
「レトルスはターナスの事をまだ理解してないみたいだな。どうせターナスなら一瞬でそいつ等をどうにかしちゃうぞ?」
グレッグの言い方には少し反論したい部分もあるが、一瞬で片付けるというのは問題ないと思う。多分。
ただ、邪能が持つ能力には少し警戒しておいた方がいいだろう。俺は兎も角、他の者が操られたりでもしたら面倒だ。
結局、そのような『邪能』連中が現れる事は無く、ジグラルダルへ向かう分岐点に着いた頃には最初の食事をするのに丁度いい頃になっていた。
いったんジグラルダル方面への道に入ってから馬車を止める。
長閑な景色は魔族領とは思えないほど牧歌的雰囲気だが、そもそもこの世界での魔族ってのはただの亜人種族の中のひとつであって、別に悪者って存在じゃないんだし、ランデール領とは国境があるものの地続きなんだから、そんなに著しく景色が大きく変わるワケないんだよな。
ユメラシアに入る前に大量買いしたはずの食料も、ハルピュイアの里で色々と使った事もあって残り少なくなってきていた。
途中で捕獲した一角兎も締めて血抜きしたうえで空間収納で保存しているが、それでも心許ないからそろそろ食料収集をしてもいいかもな。
食事中にその話をすると、やはりアレーシアとハース、そしてシーニャが乗り気だった。何処か狩りが出来そうな場所があったら、三人のストレス発散も兼ねて働かせるとするか。




