第65話 オキピュートの涙
※間違い部分を訂正しました。
オキピュートを一行に加えハルピュイアの里を目指す。
彼女の話ではユメラシア魔王国の南西部にある大きな森がハルピュイア種の住処になっているが、時折「捕獲」と称して他の魔族が攫いに来ては市街で不浄な仕事をさせられるのだと言う。
「ハルピュイアは魔法が使えないと聞いたが、何かしらの戦う手段ってのは持ってないのかな?」
「はい。魔法が使えないうえに、このような手足なので武器を持つ事も出来ませんから。もともと獣同然の暮らしをしていたので、街に出たところで何も出来ませんし、いつの間にか不浄な仕事をさせられて僅かばかりの食料や銅貨を貰うのが当然となっていました」
そう言ってオキピュートは自分の翼を広げて、人型であれば掌にあたる部分を見せてくれた。そこには物を持つには適していない鉤爪が二本あるだけだった。
――獣同然の暮らし
戦う術を持たないが故に、おそらくは小動物を狩ったり自然にある植物などを採取して食料としているのだろう。それが他の魔族から同族とは見做されず魔物とされてしまった……って事か。であれば、力が全ての魔族の国で生きて行くには全くそぐわない種族だ。
「それにしても、魔王国内で魔族と見做されていなかったとは知らなかったな」
「私もずっとハルピュイアは魔族だと聞かされていましたよ。ユメラシアから離れたカウス領出身なので、ハルピュイア自身を見たのも今回が初めてですし、聖王国でも見かけたことがなかったのですが、まさかこんな扱いされていたなんて……」
オキピュートの話にグレッグとアレーシアも唸っている。特に、亜人種族を人間中心主義から解放するために活動していたアレーシアにとっては、魔族とはいえ同じ亜人種族を奴隷扱いしていたことに憤りを感じている様だ。
「申し訳ございません。私も追放される前にもっと自国の事に関して見聞を広げておくべきでした」
「レトルスが気に病む必要はないと言っただろう。あれだな、お前はその自分を悔悟する癖を改めた方がいいな。お前も俺と同様に『人間にとっての死神』としての才を持っているんだから、もっと胸を張っていいんだぞ?」
「そんな! 私がターナス様と同様だなんておこがましい――」
「そいうトコロだ」
レトルスは自分が貴族身分であったのにも関わらず、国内で他の亜人種族が魔族によって蔑まれたり蔑ろにされたりしていた事に気付けなかったのを悔やんでいる。
だが、ダイモルディア神話における『死を司る神・レトゥームス』と同じ名前を受けているのも偶然とは思えないし、出来ればそれをもっと利用してほしいくらいなんだけどな。
「ターナス様、あまりレトルスさんをイジメないで下さい。それに、ターナス様みたいに平気で人外なことされても困りますし」
「人外って……」
相変わらずアレーシアは辛辣だなぁ……。
結局、何故か最終的には俺が色々とつっこまれ役になってしまうのが解せないのだが、時折オキピュートが笑顔になっていたのを見て少しばかり安心した。
それに、馬車に乗り込んでからずっと、ハースがオキピュートの隣に座って寄り添っている。年齢的にはハースの方が若そうだが、オキピュートが奴隷扱いされていたと知った時に一番悲痛な様相をしていたのはハースだった。
アレーシアや<宵闇の梟>たちのバックグラウンドは殆ど知らないが、ハースは家族を失った悲しみや亜人種狩りに遭遇した時の怖さを身に染みて知っているからだろうか、誰よりもオキピュートの事が気になっている様だ。
オキピュート自身も、自分に一番年齢が近そうな獣人種族のハースが隣にいる事で、多少は不安感が拭えているのだろう。
取り合えずここはハースやアレーシアたちに任せるとして、馬車の進路の方はどうなってるかな。
「パイル、シーニャ、進み具合の方はどうだ?」
「今のところ順調ですね。駐屯所で頂いた地図からすると、もう少し行った所に湖があるみたいなので、頃合い的に今日はそこで野営するのが良さそうですけど……どうでしょう?」
「ああ、いいんじゃないか。その辺は任せるよ」
「了解です」
「シーニャも索敵は程ほどにしてくれていいからな。俺もいるんだから」
「……了解。あとで後ろ行く」
「ああ、ハースとオキピュートが待ってるぞ」
「……へへ」
相変わらず、ハースが絡むと顔が変わるな。
しかし考えてみれば魔法が使えないハルピュイアってのは、どちらかと言えば魔族よりも獣人族の方が近しい種族なんじゃないのか?
――とも思ったけど、獣人種族は人間に動物の要素が入った種族って感じではあるが、ハルピュイアは鳥に人間の要素が入ってるって感じだから……やっぱり違うのかぁ?
異世界には進化論なんて存在しねぇんだろうなぁ……まったく。
のんびり……というワケでもないが、こうして馬車移動し始めると昨日の傭兵との戦闘が遠くに感じてしまうのは、少し気が緩み過ぎているのだろうか。
まぁ、24時間緊張しっぱなしなんてのは皆の身体も神経も持たないしな。
結局、シーニャはスグにハース達のところへ行ってしまったので、代わりに俺が御者台でパイルの隣に座る事にした。
――で、あとはいつもの「魔術と魔法について」のディスカッションとなる。そうなると時間が経つのは早いもので、あっと言う間に目的地の湖に到着してしまった。
野営での食事はランデールで買い込んだ食料品から、トウモロコシ粥とビスケットみたいな保存パン。それと干し肉を少々。
「オキピュートは同じ物が食べられるかな? 何か他に食べられる物があれば言ってくれ」
「あ、大丈夫です。食べられます……が、皆さんの様に綺麗な食べ方は出来ないので……」
そうか、ハルピュイアは食器が持てないんだ! それで「獣同然の暮らし」と言ってたのだから、その事にちゃんと気付いてやるべきだった。
――悪い事をしちまった。
慌ててオキピュート用に特製のスプーンを作る事にした。
ハルピュイアには翼の中間で間接にあたる部分に二本の鉤爪が付いている。それがちょうど人間の手指に相当する働きをする様なので、その鉤爪でも持てるスプーンを魔法で創作してみた。
「どうだ、これを使う事は出来そうか?」
オキピュートは俺が差し出したプーンを鉤爪を使って持つと、恐る恐る、ゆっくりとトウモロコシ粥を掬って口に運ぶ。
「ん! 美味しいです! 私でも皆さんと同じ様に食事が出来るなんて……」
ポロポロと涙を零して嗚咽するオキピュートに、ハースとシーニャがそっと寄り添い肩を抱いている。
「良かったですね。私もトウモロコシ粥は好きなんですよ。一緒に食べましょうね!」
ハースの言葉に泣きながら「うんうん」と頷くオキピュートを見て、アレーシアまで涙を浮かべていた。ああ見えて案外アレーシアは涙もろいんだよな。
ハルピュイアが差別されていた要因の一つがコレだ。ならば、食事文化を少し変える事が出来れば、ハルピュイアも自分達を「獣同然」などと思わなく出来るんじゃないだろうか?
文化を強制するのはマズイが、これならハルピュイアが魔物や獣ではないのだと証明させられるだろう。




