第62話 理不尽はここでも
瀕死だった犬獣人の一人は救う事が出来た。
俺が来るまで救命処置をしていた救護班の魔族は安堵しているが、他にも危険な状態の亜人種族がいるのでスグにそちらへ向かわねばならない。
「お願いします。この兎獣人族の二人も同じ状態です」
すぐさま手を当てて体内の様子を読み取ると、確かにさっきの犬獣人と同様に内臓器官や心拍に異常を来していた。
先程施したのと同じ修復と再生を掛けて正常な状態に戻してやると、呼吸も安定して顔の険も取れていくのが分かる。
「他に状態の悪い者はいないか?」
「はい、他の者は憔悴こそしていますが命に別状はありません」
救護班の魔族の言葉に頷きかけたが、同じ様にグッタリと横たわっている鳥の翼を付けた女の姿が目に入った。
この部屋に入って直ぐ目に留まった鳥人間だ。
「あの女も容態が悪そうだな」
「あれはハルピュイアですから」
ハルピュイア……ハーピーっていうやつか。確かに鳥の翼だけじゃなく、脚もまるで鳥の様な爪のある足だ。
「ハルピュイアだから何なんだ? 彼女も捕らわれた亜人種族だろう」
「いえ、ハルピュイアは魔族や獣人種族のような亜人種族ではありません。あれは魔物です」
「魔物? じゃあ意思疎通や言葉を交わす事は出来ないのか?」
「は? いえ、要は奴隷と同じなので――」
「……退け」
救護班の魔族を避けてハルピュイアの所に行き容態を見ると、彼女も他の獣人族と同じ様に毒に侵されて瀕死の状態だった。
すぐさま修復と再生の治癒を施すと、ゆっくりと苦悶の表情が和らいでいった。
だが、意思疎通が出来る種族であるにも関わらず奴隷扱いというのが気になる。話を聞いてみたいが、このままでは救護班も雑に扱い兼ねないだろうし……ちょっと念押ししておくか。
「このハルピュイアに用がある。絶対に無下にするな。もし、万が一にも死んだり傷ついたりするような事があれば……誰であろうと殺すぞ」
「しょ……承知しました! 心して保護させていただきます!」
「よし、他の者にも徹底させておけ。いいな? 俺は外に出る」
後を救護班に任せ、外で傭兵と対峙している皆の所へ向かった。
◆◇◆◇◆◇
「アレーシア! ハースちゃんを連れて退けッ! ――衛兵! あのドラゴノイドは何者だ?」
「ガイール傭兵大隊のクディアード中佐です! クロコデュリア族は物理攻撃に耐性があるのでご注意を――!」
辺り一面に衛兵以外の魔族が死屍累々としているが、どうやら強靭な傭兵が残っているみたいでグレッグの険しい声が聞こえる。
「グレッグ、相手は何者だ⁉」
「ドラゴノイドだ。ターナスのおかげで俺達に負傷者は出てないが、兎に角あのトカゲ野郎に攻撃が効かなくてな……」
「物理攻撃に耐性がどうとか言ってたな」
「ああ、クロコデュリア族って言うらしいが、全身が鎧みたいに硬くて剣が弾かれちまう」
「分かった、グレッグは皆を連れていったん退いてくれ」
「スマンな、頼む……」
グレッグが手に負えないとなると、俺が相手するしかないだろう。
物理攻撃に耐性があるというなら魔法攻撃なら通用するか……ってか、衛兵たちだって攻撃魔法は使えるだろうに、それは通用しなかったって事か?
「随分と強いらしいが、大隊長とやらだったザーザードは死んだぞ。アレよりも弱いんだろ?」
「舐めるなよ人間族。確かにザーザード大佐も強かったが、彼を上にしたのは単純に彼の方が統率力があったからだ。実質的な戦闘力は俺の方が上なんでな」
「なら試してみるか?」
全身が堅そうな鱗で覆われていて、尻尾にはこれまた堅そうな棘が幾つも付いているし、如何にも戦闘種族といった風貌だが――。
「ふんっ!」
「はぁっ!」
軽く火炎弾を撃ってみるが、ドラゴノイドは持っている大剣で弾き飛ばしてしまった。
軽い火炎弾だが剣で弾くとは……あの大剣は魔法で強化されているな。
「詠唱せずに魔術を放つとは……キサマ本当に人間族か?」
「俺は自分が人間族だなんて言った覚えはないぞ」
「……何者だ」
「死神――と言えば、分かるかな」
ザーザードに見せた時と同じ様に死神タナトリアスの姿に顕現すると、ドラゴノイドは一瞬怯んだが、スグに先程までと同じ険しい顔に戻った。
「なるほど、黒魔法使いか。だが所詮は力無き低級魔族。戦闘種族であるクロコデュリア族の敵ではない!」
ほほう、黒魔法使いとやらは魔族の中でも低級扱いなのか。まぁ、俺は黒魔法使いじゃないんだけどな。
「消え失せろ、下等種ッ!」
ドラゴノイドは大剣に炎を纏わせて大きく横振りで斬り掛かる。
――が、それを破壊させる『破断』魔法を撃ち込み相殺させる。
「――なッ⁉ バカな……」
余程自信があったのか、破壊された大剣と俺を交互に見ながら、その手をブルブルと震わせている。
低級魔族と見下していた相手を殺す気で剣を振ったのに、その低級魔族の魔法で自慢の大剣を破壊されてしまったんだからな。トカゲの頭じゃなくても理解出来ないだろう。
「どうした、もう終わりか? なら今度は俺の番でいいな?」
束の間、どんな攻撃をしようか思案したが、トカゲなら氷結魔法が効いたりしないかな?
『凍結束縛!』
ドラゴノイドの足下を凍らせて動きを封じる。
「こんな魔法を……キサマ、黒魔法使いではないのか⁉」
「お前が勝手に勘違いしただけだ。俺は黒魔法使いではない、死神だと言っただろう」
「まだ言うか、そんなモノがいるわけなかろうがァ!」
怒りに任せるがままなのか、感情的に自分の腰元まで凍っている氷に何度も柄頭を叩きつけて割ろうとしている。
「無駄な足掻きだ」
柄頭を叩きつけているその右手に対して、更に『凍結束縛』を掛けて封じると、顔を上げて苦々しく俺を睨みつけ、歯を食いしばり憤怒に震えていた。
「お前もザーザードに加担して、亜人種族をガットランドに渡していたな?」
「誇りある魔族と獣人族を同列視するな! いずれ人間族に代わって世界を統べるのは我等魔族なのだ! 他の亜人種族など道具に過ぎん!」
「その言葉を聞いて安心した。何の躊躇いも無くお前を殺せる」
凍結束縛はジワジワと範囲を広げてゆき、既にドラゴノイドの首元まで到達している。どんなに強固で鎧のような鱗に覆われていようと、体全体を凍らされていては体温を奪われて意識も朦朧としてくるはずだ。ましてやトカゲなら尚更だろう。
「寝るなよ、お前には地獄を見せてやるんだからよ」
「……」
意識が薄れはじめ言葉を返す事も出来ないドラゴノイドの顔面に手を当てて軽い電撃を与えてやると、目を見開いてその独特な眼球をギョロギョロと動かした後、まだ抵抗する意思を持っているのか俺を睨みつける。
「……魔族がもっと力を付ければ人間族など取るに足りん。だが……人間族や他の亜人種族どもと融和を望むような現魔王では、魔族が全てを統べる世の中を作る事は不可能だ……」
「人間族や他の種族たちと融和を望むのが何故悪い? 現魔王の考えは素晴らしいじゃないか」
「……世界を……世界を統べるのは魔族だッ! 魔族こそ優位種族なのだッ‼」
人間中心主義を消滅させても、他の種族が同様の考えを持っていたら意味がない。どの種族よりも飛びぬけて優秀な種族なんて存在は――ラダリンスさんは望んじゃいない。
「お前等が拉致した亜人種族に対してやった行為……身を以て知るがいい」
此処に来る道すがら衛兵の中隊長に聞いた毒魔法にアレンジを加えたオリジナルを試してやろう。
「飲み込め、『地獄の毒薬』」
ドラゴノイドから一歩下がり、魔法で強制的に口を開けさせると、内臓から徐々に身体を腐らせていく猛毒を流し込んでやる。
「……グガァ……ゴッ……」
「一応言っておくが、それは創った俺でも解毒方法が分からんからな。助かる可能性は万に一つも無いので……念の為」
俺の言った事が聞こえたからなのか、今になって死ぬのを恐れたのか……末魔の苦しみのなか絶命した。




