第60話 突入
傭兵ギルドの正面扉付近に向けて爆炎魔法を打ち込む。
爆炎ではあるが破壊が目的ではなく、あくまでも傭兵たちを外に出すのが目的なので、威力的には大した事がない。とは言え、威力はそれなりだがそこは爆炎魔法なので、爆発音と衝撃波は派手目にしておく。
ギルド正面で大きな爆発音と建物を振動させるだけの衝撃を受け、ガイール支部の正面扉からゾロゾロと武装した傭兵たちが出て来た。
「よし、まずは俺から出るぞ」
俺が単独で傭兵の前に出て「拉致された亜人種族を解放させる為に来た」と宣言し、いったん外に出て来た傭兵たちの様子を見る。ここで焦りや敵意を向けて来たならば、遠慮なく攻撃させてもらうというワケだ。
「傭兵ギルドガイール支部が亜人種族を拉致し、ガットランド王国及びガーネリアス教会へ売り渡しているという情報を得た。その事に間違いはないな?」
「貴様、何処の所属の人間族だ⁉」
「何処だろうが関係なかろう? 亜人種族を人間族に売り渡してる魔族が何をほざく」
「ふん、大方カラム侯国辺りのラダリア教徒だろ。英雄気取りだろうが相手が悪かったな。魔族を舐めるな!」
「そんな汚ぇもん舐められるかよ」
「この人間族が……。死ねぇ!」
「断る。『呪縛!』」
明らかに黒だと判断したので辺り一面にいる傭兵全ての動きを封じた。
「第三中隊、コイツ等の捕縛だ!」
認識阻害を解いて第三中隊の魔族に、呪縛で動けなくなった傭兵たちの捕縛を支持し、俺達<不気味な刈手>と第一・第二中隊、第一・第二小隊の面々はギルド建物内に入って行く。
「『索敵』――この通路の奥、右側の部屋に集団で固まっている反応がある。小隊はそこへ行ってくれ! 第二中隊はフロアにいる傭兵を叩き潰せ!」
奥の部屋で固まっているのが、捕らわれている亜人種族だろう。そこに自警団で編成した小隊を向かわせ、衛兵で編成した第二中隊にフロア内で身構える傭兵の相手を任せる支持を出していると、俺と一緒に索敵をしていたシーニャが声を上げた。
「上の階に嫌な反応がある」
「ああ、確かにあるな。此処の主力のようだ」
「ターナスが先陣を切って『呪縛』を掛けるか?」
「それがいいだろう。動きを封じたらグレッグを先頭に第一中隊と突っ込んで、片っ端から捕縛してくれ。万が一『呪縛』が効いていない奴がいたら――」
「私が『虚空斬』を打ち込みます。ただ、連続発動は出来ないのでサポートが欲しいですが……」
「私が援護します」
パイルが援護が必要だと求めると、レトルスが手を挙げた。
魔族のレトルスなら詠唱不要で魔法が打てる。
「全員が一斉に上がるのは危険だ。まず俺とグレッグが二階に上がって部屋のドアを爆破して突入する。爆発音が聞こえたらパイルとレトルスを先頭にして、全員で上がって来てくれ」
「了解しました」
「というワケだからグレッグ、神速で二階に上がってくれ。俺は瞬間移動で行く」
バタバタと階段を駆け上がる音を立てれば、それだけ敵に迎撃の準備を与えてしまうからな。まず俺とグレッグが音も無く上がって扉をぶち破れば、迎撃されても二人だけなので問題無く躱せる。
「行くぞ」
「おう!」
皆の前から一瞬で姿を消して、主力傭兵と思われる者共が潜んでいる部屋の前に移動する。中から話し声も物音も聞こえないが、反応は八つある。そしてその全てが強い殺意を持って警戒しているのが分かる。
グレッグに目配せをして扉の前から少し離れて両サイドに分かれると、圧搾した空気を砲弾のように扉へぶち込む。
激しい衝撃と破壊音を立てて目の前の扉が室内に吹っ飛んでいった。
『呪縛!』
間髪入れずに部屋に突入して呪縛を掛けると、すぐ後ろでドタドタと一階から皆が上がって来る音が聞こえた。
「クソがぁっ!」
やはり『呪縛』の効かない魔族がいたようだ。
怒りの声が聞こえる方を見ると、戦斧を持った巨漢の男がしかめっ面でこちらを睨んでいる。
「お前がザーザードか?」
オーガ族だと聞いていたけど、角は生えてないし……戦闘種族というよりも食っちゃ寝を繰り返してデブったオークもどきにしか見えないよなぁ。これがこの世界のオーガ族なのか?
「キサマ、人間族か⁉ 何をトチ狂ったか知らんが、自分が何をしたのか分かってんだろうな!」
「お前がザーザードかと聞いている」
「……クッ、舐めやがって。狙いは俺か! だったら今すぐぶっ殺してやる!」
「大気の精霊よ空を斬れ――『虚空斬ッ!』」
駆け付けたパイルが放った空気の斬撃が俺の後ろから飛んで行き、巨漢の男の脇腹を掠めた。
「ガァッ! なっ……何だ今の魔術は⁉」
あれ? 『虚空斬』が効いた?
「はぁっ!」
続けて雷撃が巨漢の男を襲う。これはレトルスの魔法か。
「があぁぁぁっ‼」
大きく膨らんだ腹に直撃を受けて、巨漢の男が叫び声を上げてよろける……が、それでも致命傷には程遠いようだ。
「……オノレェ」
「お前がザーザードで間違いないな?」
「そうだッ、俺がザーザードだ! キサマ等全員ぶち殺してやる!」
ようやくザーザード本人だと確認が取れた……ので、俺も参加させてもらうよ。
自分の姿を死神タナトリアスとしての姿に変化させると、それを見ているザーザードの顔に少しばかり緊張の色が窺えた。
「キサマ……魔族なのか? イヤ、そんなはずはない。キサマ……イヤ、お前……いやいや、その……イヤ、あの……」
酷く狼狽えている様子を見るに、ザーザードもガーネリアス教における死神タナトリアスの姿を知っていたという事か。
「亜人種族を攫ってガットランド王国に売り渡していたな? ザーザードよ」
「……イヤ、その……」
「俺が何故この場に姿を現したのか、分かるな?」
「クッ……」
苦虫を嚙み潰したような顔になるザーザードからは、先程までの驚愕と焦りが消え始めて、誰の目にも分かるほど憎しみと怒りの感情が露わになっていく。
「クソゥ、どこで間違った……。俺はまだまだこんなところで死ぬわけにはいかん。人間族も獣人種族も俺の道具でしかないのに……クソがぁっ!」
俺達に聞こえるように喋っているワケではなく、自分自身に言い聞かせている言葉のようだから大きな声ではないのだが、それでもハッキリと聞き取れたその言葉の後にザーザードは反撃に出て来た。
大きな戦斧を振りかぶり、そのまま大きく振り落とすと、戦斧から火炎が噴出して俺に向かって来る――が、防壁魔法で跳ね飛ばしてしまう。
威力的にはそれ程でもない気がするが、詠唱を必要とする魔術では瞬時に防ぐ事は不可能だろうし、物理的な盾でも……火炎放射器よりも大きな炎なのだから、やはり防御しきれないはずだ。
つまり、魔法による防御が出来ない種族に対しては絶対的に有利な戦法なのだろう。
俺に防がれた事で驚いているようだが、そんな隙を与えていいのか?
「道具ですって……? どうして獣人種族までアンタの道具にならなきゃいけないの! ふざけるな! 『虚空斬!』」
最初にザーザードへ向けて撃った『虚空斬』とは違い、明らかに強大で鋭い威力を持った『虚空斬』をパイルは詠唱無しで撃ち放った。
「グガァァァァァァ!」
ザーザードは大きく膨らんだ腹の右半分程を切り裂かれ、激しく叫び声を上げて膝をつく。
見るからに致命傷だ。だが、それでもまだザーザードは倒れてはいない。
右手に持った戦斧を掲げて反撃の意思を示している。
「この……裏切者めっ!」
そして、パイルが切り裂いた傷に向けて今度はレトルスが雷撃を加える。
「ゴバアァァァ……ッ!」
口から血を噴き出しつつもザーザードは、戦斧を杖にして床に突き巨体を支え、倒れるのを防いでいた。
「まだ死なんか。まぁ、楽に死なせるのも癪だが、いつまでも時間を掛けるワケにもいかんし、さっさと終わらせるか」
パイルとレトルスの攻撃で既に瀕死の状態ではあるが、やはり魔族だからか巨漢故か……ちょっとしぶとそうなので、トドメをさして終りにするとしよう。
ザーザードの前まで行って手を伸ばし、衝撃波を撃ち放ってヤツの肺を破裂させる。
突然呼吸が出来なくなったザーザードは……目を見開いて口をパクパクと動かし藻掻き出すが、次第にその動作が遅くなり、最後はそのまま動かなくなった。
そして、ゆっくりと前に傾いていくと、大きな音と衝撃を立ててその巨体が床に倒れ伏す。
「確認する」
そう言ってグレッグがザーザードに近付き、ショートソードの切先でザーザードの顔を動かし様子を窺う。次に首に手を当てて暫くすると――こちらを向いて大きく頷いた。それを見た突撃部隊の面々の歓声が部屋中に響き渡った。
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