第58話 傭兵との接触
サブタイトル変更しました。
男は廃教会の前まで来ると、徐に扉をノックした。
ノックの仕方や回数が何かの合図になっている可能性も考えて、いつでも攻撃できる準備をしておく。
「何の用だ?」
「……亜人」
「分かった、すぐ行く」
廃教会から顔を出した傭兵と思われる魔族の男も、ガットランドの男を別段疑う様子もなく対応しているし、どうやらここまでは特に変則的な行動はしていないっぽい。
シーニャも「問題無い」と頷いた。
扉の前で連絡役の男が待つ事暫し、廃教会から戦闘職らしき出で立ちの魔族が三人出てくると、連絡役を先頭にして皆が待機している小屋に向かって歩き始めた。
武器を持っている魔族は一人だけ。薙刀に似た片刃の剣が先端に付いた長槍を手にしている。
他の魔族二人は武器らしい武器を所持している風には見えないので、こっちは魔法を攻撃手段としているのかもしれん。
「シーニャ、俺はいったん瞬間移動で小屋の中の皆に知らせて来るから、シーニャはそのまま待機していてくれ。認識阻害が掛かっているから見つかる事は無いはずだが、万が一危険が及んだら戦闘は回避して身の安全を計ってくれ。いいな?」
「了解」
一先ずシーニャには此処で待っていてもらい、俺だけ瞬間移動で小屋に戻った。
「皆、準備してくれ。傭兵の魔族は三人で一人が長槍を持っているが、他の二人は武器を持っていない。おそらくは魔法重視だと思う。小屋の近くまで来たら俺が呪縛を掛けて抑えるから、アレーシアとハースは長槍の魔族を、グレッグとパイルは他の二人の捕縛を頼む。レトルスは万が一の事を考えて、何かあったら魔法で援護してほしい」
「承知しました」「はいっ!」「任せろ!」「了解です」「お任せください」
皆の返事を聞いた後は、すぐさまシーニャの下に戻った。
「皆には伝えて来た。奴等が小屋の前まで行ったら俺が呪縛を掛けて皆を呼ぶ。だが万が一、魔族に呪縛が効かなかった場合は、俺が武器を持っていない魔族二人を抑えにかかるから、シーニャは長槍の魔族に向かってアレーシアとハースの助っ人をしてくれ」
「了解!」
さっきの「了解」は無機質な返事だったけど、今の「了解」は親指立てて明らかに気合が入った返事だったぞ? 何が違うんだ何が⁉
まぁ、何にせよヤル気があるのは良い事だけどな。
連絡役と魔族は小屋の手前まで来ると一度立ち止まり、連絡役の男だけが小屋に向かい扉をノックする――直前、全員の動きを封じ込める為に呪縛を掛けた。
四人全員がその場に身動きせず固まっている。魔族にも呪縛が効いたようだが、解除されないとも限らない。
取り敢えず、いつでも次の魔法を放てる用意をしつつ、魔族の前に姿を現した。
「魔族よ。その呪縛が解けるかな?」
「……⁉」
「ふん、身動き一つ出来んか。では喋る事だけは可能にしてやろう」
「……がぁっ! お、お前は何者だ!」
「俺の名はタナトリアス。死神タナトリアスと言えば分かるかな?」
「なっ⁉ デタラメを言うな! 何が死神タナトリアスだ。そんな戯言を誰が信じ……る……?」
長槍を持つ魔族の男がが煩いので死神としての姿に変化してやると、男は言葉に詰まりつつ、次第に焦りと驚愕の表情に変わっていく。
そして、言葉を発する事も出来ずに固まったままの魔族二人も、目を見開いて突っ立っていた。
「皆、出て来ていいぞ」
小屋に向かって呼びかけると、グレッグを先頭に皆が小屋の中から出て来た。
そして、その中にレトルス……魔族たちにとってはレトゥームスの姿を見つけ、理解が追いつけないのか見開いた目をグルグルと回して動揺しているようだ。
「レトゥームス……だと? 何故お前が此処にいる?」
「私は人間族が統治する領地で、亜人種族がガーネリアス教会の手の者によって拉致されているのを知りました。そして、それに魔王国の傭兵ギルドが関わっている疑いがある為、彼等とそれを調べていましたが……どうやら事実だったようですね」
何か言いたそうに顔をしかめっ面にしている一人の魔族がいたので、試しに首から上だけ呪縛を解いてみた。
「……はっ! クソッ、男爵家を追放されたお前が……ッ⁉」「黙れ」
どうでもいい事をグチグチ言われても先に進まん。喋れるようにしたのは時間の無駄だったわ。
「お前等がどんな理由で亜人種族をガットランドに売っているのか知らんが、ガーネリアス教も人間中心主義も破滅に追いやるだけだ。そして、理由はどうあれ人間中心主義に加担したお前等を放免する事はないが、この場での死罪だけは勘弁してやろう」
呪縛で転がる魔族たちを睨みつけると、魔族の男たちも自分の置かれた立場が不利であると悟るが、この場では殺されないと分かり幾分ホッとしたようだ。
そんな同族の姿に何か感じたのか、レトルスが一歩前に出た。
「あなた達のやった事は看過出来ません。タナトリアス様の慈悲により、この場で死を与える事はしませんが……魔族審にて処罰を決めます。ただし、逃げよう等と考えるのは無駄だと知りなさい」
そう言って体を反転させると、グレッグに向かって目配せをした。
「――と、いうワケだ。逃げるなんて考えるのが無駄だと教えてやる」
レトルスと代わって魔族たちの前に出たグレッグは、腰のショートソードを抜き……瞬く間に魔族三人の手足を斬り飛ばしてしまった。
声を出せず、体も動かせないまま恐怖と絶望の様相を曝け出す魔族。
そこにレトルスがグレッグの後方から魔法を放ち、切断された面を黒い炎で覆って焼灼止血を施した。
なるほど、これなら失血死する事は無い。予めグレッグと打ち合わせでもしていたんだろうな。
「亜人種族を拉致し集めているガットランド王国とガーネリアス教会に加担した傭兵は、全て捕らえて魔族の衛兵に引き渡すが、抵抗したり逃げたりする者は見つけ次第<不気味な刈手>が容赦なく断罪する!」
手足を切断した魔族にショートソードの切先を向けてグレッグが断言しているけど、ちょっとそのセリフは俺が行ってみたかったな……なんて思ったりして。
逃げる事も抵抗する事も出来なくなった魔族の傭兵は、ただただ力なく横たわり自身の行く末を憂うしかない。
そして、そうこうしている内に協力を依頼していた衛兵が、捕らえた傭兵とガットランドの男二人を連行する為に到着した。
四肢を切断された状態で転がされている傭兵を見た衛兵たちは、一瞬顔を引き攣らせていたが、すぐに持ち直して魔法と魔道具の連掛け拘束で逃げられないようにしていた。
魔法と魔道具の両方を使うのは、拘束魔法を解除する魔法が使える者がいる為だと説明された。確かに、俺ならそんな事は容易く出来てしまうし、魔法が使える魔族だからこそ必須な拘束方法なのだろう。
予定通り、俺達も衛兵の護衛を兼ねて軍の駐屯所へ向かう。
まだ傭兵ギルドにはこの状況は分からないはずだが、実際のところ傭兵ギルドの壊滅に近い事をするわけだから、こっちが攻め込む前に逃げられてしまうのは阻止したい。
その為、傭兵とガットランドの男たちはいったん駐屯所の監倉に収監した上で、傭兵ギルドがどう係わり、どう動いているのかを尋問して全容を把握しておく必要がある。
まぁ、捕らえた傭兵もガットランドの男たちも、抵抗する気配はこれっぽっちも感じられないし、嘘偽りなく吐かせる事が出来そうではあるが……。
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