第57話 第一種接近遭遇
貴族の家に育ちながらも、父親と血の繋がりが無いと分かったとたんに家を追い出されてしまったというレトルスだが、どうやらその人柄の良さから領民には慕われていたようで、貴族としての地位を剥奪されて平民となってしまっても、生きて行くうえでは逆に暮らしやすかったと言う。
そんなレトルスを今でも慕っている衛兵や自警団などに、傭兵ギルドとの対峙に協力を仰ぐか否かを相談してみる事にした。
「――と言うワケだが、皆の意見としてはどうだろう」
「傭兵ギルドの戦力と、衛兵や自警団の戦力との差は、どんなもんだろうか?」
グレッグの質問にレトルスが答える。
「傭兵ギルドに所属している者は、魔王軍に入れなかった謂わば落第者や、貧困の為に犯罪に手を染めていた者等が多いのですが、結局はまともな戦闘訓練を受けた経験の無い者ばかりなので、真正面から対峙すれば全く問題にならないと思います。ただ……犯罪者が多いが故に、何をして来るかが分からないという懸念もありますが……」
「そこら辺は問題無いんじゃないかな。なっ、ターナス?」
「ん? ああ、問題無いっちゃ無いが……何故俺に聞く?」
「ターナスだから……かな?」
「答えになってねぇ」
「まぁ、極論を言ってしまえば衛兵や自警団の戦力的協力は必要ないと思う。ただ、傭兵を皆殺しにするワケにもいかないからな。身動き出来なくした傭兵を捕縛する役目を衛兵たちには頼みたい。魔王国としての犯罪者への罰し方もあるだろうしな」
「そうですね。関わった傭兵は魔族審にかけて罰するように進言しておきます。尤も、処刑は免れないでしょうけど」
レトルスの言葉からして【魔族審】ってのは、所謂【裁判】の事だろうが、時代的に考えて【魔女裁判】に近いものかもしれないな。ただ、そうなると関わっていなかった傭兵まで問答無用で処刑され兼ねないが……そこら辺はどうしたもんだろうか。
「ターナス様、どうかなさいましたか?」
「いや、万が一この件に関わっていない傭兵がいた場合……それが捕まったとしても、きちんと取り調べをして無実を証明できるのかな……って考えてたんだ」
「それならご心配には及びません。魔族審には真偽を鑑定できる者が立ち会いますから、どんな嘘偽りを言っても通用しませんので」
魔法か魔道具か純粋な能力なのか分からんけど、レトルスがそう言う事なら問題は無いか。
そういえば、シーニャも嘘が見破れる能力を持ってたっけ。という事は、そういう能力が魔族にもあるって事か。
「それじゃあレトルス、信頼出来る者への協力を頼みたいが、どうすればいい?」
「少し道を外れますが、軍の駐屯所があります。そこは自警団の詰所も隣接してますから、話を通すには丁度いいと思います」
「そうか。ではいったん其処へ向かってくれ」
駐屯所ならそこそこの人数がいるだろう……が、軍の組織である以上は勝手に協力は出来ないだろうなぁ。まぁ、捕縛した連中を連行するだけの簡単なお仕事だし、衛兵はレトルスに協力的みたいだから内密に動く可能性もあるかな。
取り敢えず、捕縛した傭兵を連行する為の要員を手配してもらう為、軍の駐屯所と自警団の詰所に寄ってみる。
結果から言えば……魔王軍の駐屯兵も自警団の団員も、二つ返事で協力を申し出てくれた。
やはりレトルスは軍人も含めて、この町に住む多くの魔族に慕われているようだが、それにしても単に家を追い出された元貴族令嬢というだけの話ではなさそうだ。
ダイモルディア神話は既に文献で読むしかない程、形骸化すらなっていないにも関わらず、これ程まで『レトゥームス』が慕われているのは何か要因があるのだろう。
軍と自警団から協力を得られた俺達は、一足先に傭兵ギルドの出向所となってる廃教会へ向かう。
軍と自警団には時間差で動いてもらい、俺達が傭兵ギルドを一網打尽にした頃に到着してもらう手筈を取った。
馬車は国境線を兼ねている川沿いに進み、目的地であるレンダ村の対岸となる場所を目指す。
「あぁっと、もうそろそろレンダ村の対岸辺りになるんですけど、傭兵ギルドの溜まり場ってのは何処なんでしょうかね? 誰かガットランドの人たちに聞いてもらえます?」
これから戦闘になるかもしれないってのに、パイルはまるで「キャンプ場の近くなんだけど、地元の人に場所を聞いてもらえる?」みたいな感覚で喋るのは如何なものだろうか。緊張感が無さ過ぎる。
「この先をもう暫く行くと、古い【廃教会】が見えるそうよ。その廃教会が傭兵ギルドの潜伏場所になってるって」
転がしているガットランドの男たちから場所を聞き出して伝えるアレーシアだが、こちらも言葉に緊張感は全く無い。
緊張して動きが鈍るのもよくないが、こうも緩いとそれはそれで不安になってしまうのだが……これが<不気味な刈手>の特徴といえば特徴なのかもな。
「それで、傭兵ギルドと接触する方法はどうなってる?」
「いったん廃教会の手前で待機して、一人が傭兵を呼びに行くそうです。そうすると傭兵が三人、確認の為に待機場所までやって来て、捕らえた亜人種族を確認してから潜伏場所まで連れて行くんだそうです。結構用心深いみたいですね」
「それじゃあ、皆は通常ルートの待機場所とやらで待っていてくれ。傭兵を呼びに行く担当は決まってるのか?」
念の為、ガットランドの男たちに確認を取るが、特に決まった担当ではなくその場その時で誰が行くか決めているという。
「なら、今回はお前が呼びに行け。俺はお前がおかしな事をしないか見張っている。勿論、妙な真似をすればその場で殺すからな」
「私も行こう」
そう言ったのはシーニャだった。シーニャ曰く「傭兵との遣り取りで私たちを騙しているかどうかの判断が出来る」とのこと。
それについてはグレッグも同意で、連絡役の男に対して「彼女は嘘を見破る能力を持ってる。もしも俺たちを欺くような真似をすれば……」
指名した連絡役の男は何度も頷いて「何もしない」と約束した。
それこそもう一人の男からも「絶対に変な事はするな。間違ってもバラしたりするなよ」と念を押されている。
俺だけじゃなくレトルスまで死神的な存在だと知った為か、彼奴らは俺達の機嫌を損ねないようにする事しか頭にないようだ。
廃教会から少し離れた川岸寄りの場所に、小さな小屋が建っている。本来は渡し舟の船頭や乗船客が待機する小屋のようだ。そこからだと廃教会も見えないので、傭兵が今の俺達に気付く事はないだろう。
全員が小屋の中に入ると、傭兵を呼びに行く男を廃教会に向かわせる。
「さあ傭兵を呼びに行け。俺はすぐ近くでお前に狙いを定めつつ、付いて行く」
男は何度も頷いてから振り返り、廃教会に向かって歩き出した。そして俺は自分とシーニャに認識阻害を発動して数歩離れ場所から付いて行った。
男は時々辺りをキョロキョロと見回して警戒……否、怯えているのだろうが、兎に角落ち着かない様子だ。
なので、俺は男がこっちに目線を向けた時を狙って認識阻害を緩める。すると、男にしてみれば突然目の前に俺が現れるので驚愕するのだが、何故かウンウンと頷いてから歩きはじめる。
ぎこちない歩き方にも見えるので、万が一傭兵がその様子を窺っていたとしたら、おそらくは何かしらの疑念を抱くかもしれない……が、まぁこれは仕方がないだろう。
たまに念話……と言っても一方通行なので会話にはならないが、俺から男に「通常を装え」とか「ビクビクするな」などと指示をしておく。
そして遂に、廃教会の真ん前までやって来た。




