第56話 死を司る神
※レトルスの出自に関する部分を修正しました。
※一部表現を修正しました。
ユメラシア魔王国とランデール領を結ぶ検問所。
ランデール領は亜人種族を擁護している為、一応はユメラシアとも友好関係ではあるものの、それほど人の往来は多くなさそうだ。
俺達以外でランデール側からユメラシアに行こうとしている者の姿は一組の冒険者パーティーと、護衛を付けた商隊と思われる馬車が5台のみ。
逆にユメラシアからランデールに入って来るのも、人間族や亜人種族の冒険者が数パーティーだけだった。
検問所に着くと、額から一本角が生えて薄紫色をした肌の魔族が手を前に出して俺達を制止させた。
「冒険者ですか? ユメラシア魔王国へはどんな用件で?」
「魔王国内で情報収集をしながら、ガットランド王国へ行く予定だ」
嘘偽りも曖昧にぼかす事もせず、グレッグはハッキリと目的を告げやがった。大丈夫かよオイ。
「ガットランド王国へ? 人間族の方は兎も角、獣人族の方がいらっしゃいますが……奴隷として売り込みに行くのではないでしょうね?」
「ここにいる全員、俺の仲間だ。俺達は<不気味な刈手>というクランで、人間中心主義壊滅を目的としている。魔族にとっても受け入れられると思うのだが?」
「証拠はありますか? 彼女たちが脅されていないとも限りません」
「……ターナス、頼む」
やっぱりね。
身分証云々よりも先に奴隷売買の疑いを掛けられてしまうとは。
御者台に座るパイルとレトルスの後ろに立ち、再びガーネリアス教典に記されている死神の姿に変化する。勿論、ほんの少しばかり『最強種の悪魔』の力も纏ってやる。
「……こ……これは……」「死神……タナトリアス……様⁉」
検問所にいる数人の魔族たちは俺の姿を見て慄き後退りしつつも、死神である事を認識しているようで、中には跪き首を垂れる者もいた。
「この方は死神……タナトリアス様で間違いありません! 魔族である私が保障します」
レトルスが俺の横に立ち、自分も魔族である事を伝えつつ宣誓すると、人間に変化していた姿を変えて魔族である本来の姿に戻した。
薄紫色の短めだった髪は白く長くなり、頭の両脇には水牛の角を小さくしたような漆黒の角がある。そして、赤い瞳孔と背中には蝙蝠に似た黒い羽根。
如何にも魔族の女って感じだが……これがレトルスの本来の姿なのか。
「レ、レトゥームス……様⁉ な……なぜ……どうしてレトゥームス様がこのような処に」
「私自身の目で魔王国以外の世界を見て見たかったのです。人間族の冒険者と行動し勉強にもなりました。そして……こうしてタナトリアス様との邂逅も叶いました。私が彼等を保障します。さあ、道を開けて下さい」
「――はッ!」
暫し、皆呆然である。ちょっと待て、どういう事だってばよ。
「レトルス、説明してもらってもいいか?」
検問所を少し離れて他の魔族が見えなくなってから、レトルスに訊ねてみた。
「黙っていて申し訳ございませんでした、タナトリアス様。私は実の両親を聖王国騎士団に殺された後、とある魔貴族に預けられて養女として育てられたのですが、義母に娘が生まれると私は不要とされ……家を追い出されてしまいました。その為、私のことを知る者が多いユメラシアを離れ、ランデールにて冒険者として生きて行く事にしたのですが……」
「そうか。まぁ、出自がどうであれ俺達には関係ないから、その辺は気にしなくていいぞ。それより、身バレしちゃって大丈夫なのか? 人間族の姿になっておいた方がいいだろう?」
「いえ、今はこの姿で構いません。その方が異種族の一行としても魔族に絡まれる事がありませんから」
「そうか……」
それにしても、本来のレトルスの姿はどこか威風を感じると言うか、かなりの実力者に見えるんだけどなぁ。人間族の姿になると魔族としての本来の力が発揮出来なくなるのだろうか?
「レトゥームス……魔族のレトゥームス……」
「どうした、アレーシア?」
レトルスの本名を呟きながら、アレーシアは額に指を当てて考え込んでいる。もしかして他国でも「知る人ぞ知る」的に名の知れた存在だったりするのか?
「いえ、どこかで聞いた事があるような気がしたんですけどね。思い出せないし、気のせいかなぁ……っと」
「そうだっ! ダイモルディア神話に出て来る『死を司る神』の名ですよ!」
叫んだのはパイルだった。
神話って……何だかまた仰々しい事を言い出しやがった。
「私、魔術学校時代にガーネリアス教の起源について調べた事があったんですけど、ガーネリアス教が人間族に広まる以前は、ダイモルディア神話という伝説が人間族の中で語られていたそうで、その中に『死を司る神』として登場するのがレトゥームス神なんです。神話によれば人間族にとって相当恐ろしい存在だったみたいですよ」
「という事は……つまり、レトゥームスってのはタナトリアス同様に『人間族にとっての死神』って事になるのか?」
パイルの説明を聞いたグレッグが訊ねると、パイルは「そういう事になります」と大きく頷いて返事をした。
続けてレトルス本人にも――。
「レトルスはその事を知っていたか?」
「いえ、全く。私の名前は母が名付けたと聞いてますが、その由来などは特に何も聞いてませんのでした。ですが、まさかそんな意味があったなんて……」
そっとシーニャに顔を向けると、小さくコクリと頷く。つまり、嘘偽りは言ってないということか。
「なぁパイル。そのダイモルディア神話ってのは有名な話なのか?」
「いいえ、今は殆ど知られていないんじゃないでしょうか。私も過去の文献を調べていて、偶然見つけただけですからね」
「ガーネリアス教徒でも……?」
「ガーネリアス教は『人間の為に福音を齎した唯一神ガーネリアスを祀る』とされていていますから、その礎がダイモルディア神話であるなんて言っても信じませんよ。――と言うか、そんな事言ったら殺されちゃいますね」
「殺されちゃいますね」なんて、ガーネリアス教の物騒な一面をケラケラと笑いながら語るパイルも、どうかと思うけどな。
そういやラダリンスさんも言ってたっけ。唯一神と驕り他の神を排除してる神がいるって。そいつが人間中心主義を作った張本人だと。
何れにしても、レトルスが俺達に加わったのは――。
「なぁ、ターナス。これはレトルスが<不気味な刈手>に加わったのは単なる偶然とは言えないみたいだな。必然だよ必然!」
グレッグもそう思ったか。それに、グレッグの言葉に他の皆も頷いているし、やはり仲間になるべくしてなったって事か。
「レトルス、どうやら俺達がこうなったのは神の思し召しらしいぞ。……と、そういえばレトルスはラダリア教を信仰してたりするのか?」
「あ、いいえ。魔族が崇拝するのは魔王様のみとされるので、ラダリア教と言えども表立って信仰することはありません」
「魔王崇拝……か。レトルスは元貴族だと言ったよな? 魔王に会ったことはあるのか?」
「いえ、ありません。貴族といえど私が育った家は男爵家ですから、王宮に出向く事もありませんし、そもそも私は三年前に家を追放された身ですから」
「ああ、スマン。嫌なこと思い出させちまったな」
「いえいえ、全く問題ありません。家を出された後も、町の人たちは私のことを慕ってくれましたから、却ってその後の方が居心地良かったですよ」
「それで、さっきの検問所にいた兵士のような者達も、お前の事を知っていたというワケか」
レトルスを慕う兵士クラスの魔族がいるならば、件の傭兵ギルドでガットランド王国と繋がってる傭兵の捕縛も頼めるかもしれないし、レトルス自身に問題が無ければ衛兵にも協力してもらった方が得策か……。
皆がどう思ってるかも知る必要があるし、少し聞いてみるとするか。




