第51話 悩み多きターナス
日が暮れてやや暗くなってきた頃、皆で揃って宿屋の食堂に出向いた。
ちょうど、七人全員が座れる食卓が空いていたのでそこに腰掛けると、すぐさまウェイトレスが注文聞きにやって来る。
どこかで見たことが……と思ったら、この宿屋に着いて部屋に案内してくれた女性だった。訊けば「昼は宿屋で案内、夕刻からは食堂で給仕」なのだと言う。
早速、グレッグが女給にお薦めを訊ねていた。
「此処は食事が美味いと聞いたんだが、お薦めは何だい?」
「人気なのは『フリカデレ』馬肉のミンチに刻んだ玉葱を混ぜて焼いたものです。ここアトーレでは当宿でしか提供していないので、余所では食べられないと皆さん注文なさいます。あとは『ソーセージ焼き』と『鶏のグリル』も定番ですがお薦めですよ」
馬肉のミンチに刻んだ玉葱だと? これはもしかして――。
「その『フリカデレ』というのは、玉葱の他にパン粉やタマゴも使ってるかな?」
「パンコとタマゴ……ですか? いえ、そのような物は使っておりませんが……」
「そうか。いや、ありがとう。じゃあ『フリカデレ』と『ソーセージ焼き』を人数分。『鶏のグリル』を二つに……あとはそれらに合うパンとスープ、それにサラダも欲しいな。皆も食べたい物があれば好きに頼んじゃってくれ」
思い思いに食べたい物を頼むと、注文を受けて厨房へ向かう女給を見送り、グレッグが料理について聞いてきた。
「ターナス、その『フリカデレ』ってのがどんな料理なのか知ってるのか?」
「以前、ハンバーグの話をしただろう。もしかしたら、そのハンバーグの事かもしれないと思ったんだが……パン粉もタマゴも使ってないとなると、別の料理だな」
「ああ、あの馬肉を生で食べる死神料理の話をした時ですね」
「馬肉を生で……⁉」
パイルの言葉を聞いて、レトルスが俺に視線を向けて唖然としてる。
これはイカン。魔族にまで引かれてしまう。
「死神料理じゃないって言っただろ。それになあ、馬肉に限らず生肉を食べる文化ってのは、世界中にあるもんなんだぞ」
「死神の世界の話をされても……」
今度はアレーシアだ。まったく、コイツは本当に俺に対して手厳しいな。
「なあ、ハース、シーニャ。猫獣人族は生の肉を食べる事はないか?」
「ありませんね」「……ない」
――食べないのかよっ‼
「ね、レトルスちゃん。色々と“普通じゃない事”があるでしょ?」
「は……はい。あの、ちょっと……驚きましたが、ターナス様が死神であるのならば、それはそれで有りなのかと……」
この世界に送られてから、俺としては食べ物に関しては違和感なく受け入れられたのに、前世での食べ物はこの世界の者に受け入れられないのか? この世界だって地方独特の料理とか、ゲテモノ料理とかだってあるだろうよ。
アレーシアとパイルにツッコまれるのは、もはや日常的な遣り取りになってしまったので慣れたが、このままだとレトルスまでツッコミ側に加わりそうだ……。
「ほら、料理が来たぞ。零さないように気を付けろ」
無駄話馬鹿話をしていると、あっと言う間に時間が経っちまう。いつの間にか料理が運ばれて来た。
運ばれてきた料理皿がそれぞれ目の前に並べられると、皆も腹が減っていたのか料理に目が釘付けになっている。
「それじゃあ、いただこう」
それぞれが、それぞれなりの“食前の所作”を行ってから、料理に手を付けた。
『食事が出来る事への感謝』であったり、『食事を与えてくれる神への感謝』であったり、『食材、農家、料理人、給仕、関わる全てに感謝』であったり。まぁ、最後のは日本人である俺だけの『いただきます』だろうけどな。
食べ始めてから暫くは「ウマい」「美味しい」「流石に高いだけのことはある」だのと、全員が料理の美味しさだけしか言葉が出てこなかったが、そのうちに次の行程となるユメラシアに関しての話も出始めた。
「なぁレトルス、俺達がユメラシアに入国するのに、何か問題になるような事はあるかな?」
「特に無いとは思いますが、人間族の方は検問で色々と調べられる可能性はあるかもしれません」
「取り調べか?」
「そこまで執拗ではないはずですが、身分証の提示と魔王国内での行動予定を聞かれると思います」
その程度なら厳重と言うほどではないが、俺は身分証を持っていない。身分証提示は困った問題だぞ。
「俺は冒険者登録してないし、身分証ってのが無いんだが……どうすりゃいい?」
「そういやターナスは登録してないんだったよな。それならアトーレで冒険者登録しておくか?」
「ちょっと待ってグレッグ。ターナスさんは『死神』であり亜人種族の『救世主』なのよ。それを冒険者として登録するのは、今後の事を考えたらマズイんじゃない?」
「うむ。だが、そうは言っても『亜人種族の救世主である死神だ』なんて言っても、スグには誰も信じないだろう」
俺的には何がマズイのか分からないが、その辺はパイルに何か考えがあるのかな。
「いっその事、魔族がターナス様に喧嘩売ってくれれば話が早いんですけどね」
通常営業のアレーシアだが、いくら何でもそれは無茶苦茶だ。
「喧嘩を売られれば――そりゃ買ってやるし、場合によっては力任せでねじ伏せておとなしくさせる事も出来るが、そうなると魔族とは信頼関係が築けなくなるだろ」
「それなら、魔王への謁見を申請するとかは……どうです?」
「それこそ無理だって。何処の馬の骨とも分からんヤツの謁見なんて、一国の王が受けるワケがない」
「あの……もしかしたら、魔王様への謁見は可能かもしれません」
俺とアレーシアの掛け合いを止めたのはレトルスだった。
「謁見出来るのか?」
「はい。魔王様は力の強い者には大変興味を持ちます。魔族の私がこの様な事を言うのは問題かと思いますが……。検問で魔王様への謁見を申し出ます。勿論それは断られるでしょう。なので、ターナス様が魔族と力比べをして大勝すれば、その事が魔王様の耳に入り謁見が許可されるかもしれない……と。あくまでも可能性としては、ですが」
「逆に、侵略者とか犯罪者扱いされないか?」
「あっ……それは……どうでしょう?」
「そのレトルスの考え。やってみてもいいんじゃないか?」
静かに食事をしながら俺達のやり取りを聞いていたグレッグだが、レトルスの進言に同意の考えを示した。
「力比べ……ってやつをか?」
「ああ、そうだ。あくまでも、素直に入国出来なかった場合だけどな。ターナスの力が一国を壊滅させられるだけのモノだと知らしめれば、魔王も謁見せざるを得なくなるかもしれん。まあ、そこまでやったら“謁見”じゃなく“会談”になるだろうがな」
――と、口角を上げて意味深に笑いやがる。
「あ……あの……。一国を壊滅させられる……とは……」
「ターナスはそれだけの力を持ってるという事だよ。俺達も実際にそこまでの力を目にしたワケじゃないが、それが可能だってのは……ここにいる全員が分かってる」
レトルスの顔が蒼白になる。少々脅し過ぎだ。
「レトルス。俺がラダリンス様から授かった『最強種の悪魔』という能力は、その気になれば一国を壊滅どころか、この世界から跡形もなく消し去る事も可能なんだ。尤も、だからと言ってその力を闇雲に使う事はないし、俺の目的……というか、ラダリンス様から頼まれたのは『亜人種族を救う事』なのだからな。魔族もその“救う”方の種族だってのは覚えておいてくれ」
「……ありがとうございます。私はターナス様にお仕えする身。この命はターナス様の為にありますから、如何なる使命も全うする所存です」
「カタイ! 仲間なんだからもっとくだけて接してくれよ。それに、あくまでも入国を阻止された場合の……何て言うか、敵ではないという事を分かってもらう為に多少力を誇示して見せるだけだから。魔族に危害を加えるつもりは毛頭ないから安心してくれ」
ともあれ、俺の身分証明証が無いだけで大事になるのは――ほぼ確実。
あとはどれだけ穏便に済ませられるかが課題だな。
課題と言えば……目下の課題はレトルスの従属的態度の緩和もそうだ。いつまでもあのような態度でいられるのは良くない。
とは言え、俺がどうこう言っても直りそうもないし、そっちはパイルとアレーシアに任せた方が無難かな。
違う意味で悪い方に転ばなければいいが……。
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※作中『フリカデレ』について
フリカデレは挽肉にパン粉を混ぜて焼いたハンバーグの起源と言われてますが、パン粉を使わないレシピも存在するらしいです。