第50話 それぞれの事情
ギルド支部長を交えて、仲間入りを志願してきたレトルスの処遇について話を終えた俺達は、そのまま『クラン<不気味な刈手>』として登録を済ませてからギルドを後にした。
因みに、クラン登録したからと言って共通した目印などの様な物はなく、ギルドにメンバー名が記帳されるだけの事だったのには拍子抜けしてしまった。
これではギルドの無い所でも加入脱退が自由だし、果たして記帳する意味はあるのだろうか……と思ってしまう。
兎にも角にも、次はいよいよユメラシア魔王国への侵入……否、別に不法入国するワケじゃないから、普通にユメラシア魔王国への入国だな。
まあ、その入国を前に、今日はアトーレで宿を取って休んでから行くと決めた為、まずは宿屋探しだ。ならばこの街を拠点にしているレトルスに聞くのが手っ取り早いか。
「レトルス、この街でお薦めの宿屋ってのはあるかな?」
「えっと……宿屋のランクは……どうしましょうか?」
「ランクかぁ。皆は宿屋のランクに希望はあるか?」
「ありません」「無いな」「私も無いです」「どこでもいい」「私もどこでもいいですよ?」
ハースだけ疑問形なのは置いといて。皆特に希望は無いみたいだ。まあ、場合によっては野宿だの馬車の荷台だので寝起きするくらいだしな。
「レトルス。メシの美味い宿屋で、七人が余裕をもって泊まれる処ってのはあるかな?」
「食事が美味しくて七人が余裕をもって……ですか。それなら【古月亭】という宿屋がありますが……」
「何か問題が?」
「いえ、あの……値段の方が……ちょっと……」
「それなら心配ない。少しくらい高級な宿屋に皆で泊まるくらいの金はあるからな」
「あ、いえ、私は別の安宿で――」
「馬鹿言うな。レトルスはもう俺達の仲間なんだぞ。お前一人だけ別にするワケないだろう。それとも何か? どこかの密偵でもしてるって言うのか?」
「そんな! そんなこと絶対にありません! 信じて下さい‼」
「ああ、いや分かった! 悪い、俺が悪かった! 変な事を言ってすまない。冗談のつもりだったんだが――」
「今のはターナス様が悪いです」「そうだな。ターナスが悪い」「まぁ、その冗談はレトルスちゃんにはキツイですよね」
「oui、反省……」
「それじゃレトルスちゃん、その【古月亭】に案内してもらえる?」
「は、はい!」
クッ……余計な事を言ってしまった。そういや昔、彼女にも「言って良い冗談と悪い冗談がある!」って泣かれた事があったよなぁ。ああ~、アレーシアがまたジト目で見やがる。こうなりゃ暫くの間、喋るの止めよう……。
レトルスとの遣り取りをパイルに任せて、全員馬車に乗り込んで宿屋へ向かう。
ギルドから街の中心部に進んでいくと、中央に像が立つ広場に出た。
人の多さからこの街が栄えている事は分かるが、他の街よりも身形の整った“金持ち風”の者が多く見受けられる。
それについてはパイルが教えてくれたが、アトーレの街は200年以上前に伯爵の邸宅として作られたのが始まりなのだそうだ。
訳あって、もともとあった伯爵邸は殆どが取り壊されてしまったものの、残った一部が現在は教会と行政部として機能していると言う。行政部ってのは要するに役場みたいなものらしい。
そして、アトーレを纏めているのが、その伯爵家の血を引く元貴族。ただし、現在は既に貴族としての特権等は皆無で、ランデール領主から街の運営を任されているにすぎないのだと言う。
他の街よりも多く見かける身形の整った者は、公的な地位にいる人物なので庶民よりも良い給金を貰い、ある程度裕福な生活を送っているからなのだとか……。
「要は徴収した税金で良い暮らししてるって事だろう?」
「ははは……それはそうなんですけどね。アトーレは他からの往来が多いから商業的にも盛んだし、商人が儲かってる分、税金も他より高いみたいですよ。ま、冒険者には関係ないから別にいいんですけど」
そういえば冒険者は土地に根付くワケじゃなく流動的なのだから、税金ってものを徴収される事はないのか。その分、稼ぎも不安定だし命の危険もあるワケだし……リスクが多いよな。
「ここです。ここが【古月亭】です」
街並みを眺め話をしていたら、いつの間にか宿屋に到着してしまった。
三階建てだがそれほど豪華な造りをしているワケでもない。それでも専用の馬繋場が併設されているところを見ると高級宿で違いないのか。
宿屋の扉を開き皆で揃って中に入ると、意外と今まで泊まった宿屋と変わり映えしない様相だ。
「今夜一泊だが部屋はあるかな? 男が二人に女が五人だ」
「男性二名で一室、女性の方は四人部屋を二室でもよろしいでしょうか?」
「四人部屋を二室……ああ、それでいいか。じゃあそれで頼む」
「お食事は日暮れ以降に食堂で食べられますので、落ち着いたらお越し下さい」
「ありがとう」
宿屋の主人といえば、ぶっきらぼうかフランクかが常なのだが、此処は対応がすこぶる丁寧だ。カルゴ村の【虹の橋亭】の更に上といった感じか。高級とまではいかずとも上級宿ではあるな。
部屋は三階。階段は長いが勾配を抑えているので歩くのが楽だ。こういった所も上級宿たる所以かもしれない。
取り敢えず部屋割りは、アレーシア、ハース、レトルスで一部屋。パイルとシーニャで一部屋としてもらおう――と思ったら、パイルが「レトルスちゃんと同室がいい」と。そしてハースが「シーニャ姉さまと一緒はダメですか?」と……いうワケで、パイルとレトルスで一室、ハースとシーニャを一緒にしてアレーシアを監視役として同室にしてもらった。
「監視って必要ですか?」
「あいつら、また一晩中起きてるかもしれないぞ」
「……確かに。シッカリ寝かします」
『寝かせます』じゃなくて『寝かします』という言葉に少し不穏さを感じるのだが、まぁ仕方ない。
「ハース、シーニャ。安らかに眠ってくれ」
「殺しませんよッ‼」
怒られてしまった……。
「ま、まぁ。くれぐれも夜更かしさせないように。頼むな」
どうにも締まらないまま、そそくさとグレッグを急き立てて自分等の部屋に入ってしまう。
「ターナスとアレーシアって、そんなに長い付き合いじゃないよな?」
「ああ、まだ半月も経ってないけど……それがどうかしたか?」
「いや、お前等二人を見てると古くからの付き合いがある者同士みたいでな。悪友と言うか腐れ縁と言うか……。ターナスを恩人として敬ってはいるんだろうけど、お前の弱味を軽く抉れる度量も持ってるから、つい面白くてな」
「笑うなよ。俺も思ってるんだよ、アイツが俺を時々冷たい目で見たりするのを」
「ハハハ、でも悪い意味じゃないんだぜ。それだけアレーシアはターナスの事を信頼してるんだろうなって、分かるからさ」
「そんなもんかねぇ……」
「それと、レトルスについてだが。あの娘は三等級冒険者だと言ってたから、ある程度実力はあるはずなんだ。だが、かなり自分を卑下してるように感じる」
「俺もそれは思った。確か二等級冒険者にクエストを横取りされて、尚且つ見下されたと言ってたよな。だが、どうもそれだけじゃない様な気がするんだ」
「ああ、もしかしたら他にも何か自信を失った理由があるのかもしれん。ユメラシアに入ってからは少々危ない目に遭う可能性が高くなりそうだし、自分を卑下したままだとレトルス自身に危険が及び兼ねない」
「分かった、俺も出来るだけの事はしよう。場合によってはパイルの方が上手くやりそうな気もするけどな」
「ああ、アイツだいぶレトルスを気に入ってるみたいだからな。やっぱり魔法が気になるのかな?」
「だろうな」
レトルスにとっては言いたくない事情があるのかもしれないが、自信を取り戻してやる事が出来れば<不気味な刈手>の一員として皆と遜色のない活躍が出来るだろう。
焦らず慌てず、見守りながら……だな。
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