第47話 魔族の冒険者
※誤字他、若干修正しました。
「来たぞ! あの黒服の男だ!」
どうやら俺が目的のようだな。
階段を降りながら左手に魔力を込めて『ギルド内にいる人物を全員残らず捕縛する』準備を整える。
ひしめき合う冒険者の中から、女が一人前に出てきた。
「あのっ! 私はレトルスと言います、先程は助けてくださりありがとうございます!」
よく見れば、矢が胸を貫通していた冒険者の女だ。
「ターナス様、その左手は何ですか?」
「ん? いや、別に何でもないけど?」
アレーシアがジト目で見て来た。どうやら俺が警戒していて、いつでも魔法を放てる準備をしていたのに気付いたみたいだ。相変わらず鋭いというか、何というか……。
「具合はどうだ? 痛みなどはあるか?」
「いえ、全く。あれほど重傷を負っていたはずなのに、傷跡一つありません」
「そうか。良かった」
フロアまで降りると、レトルスと名乗った女が俺の前まで歩み寄って来て、そのまま床に片膝を付き両手を組んで顔を上げた。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ターナスと言う」
「ターナス様、命を救っていただいた事、心より感謝致します。今後この身はターナス様の物として忠義を尽くす事を誓います」
「なっ……⁉ 何言ってるんだ、そんなこと気にする必要はないから立ってくれ」
「いえ、私は既にパーティーを脱退しましたし、仲間たちも快諾してくれました。どうかお傍でお仕えする事をお許しください」
また厄介なのを助けちまったなぁ。ハースの時と似た感じだけど、こんな公衆の面前でやられるなんて……どうすりゃいいんだ?
「あなた……人間族じゃなさそうですね?」
「――えっ⁉」
唐突に、女に向かってパイルが問い出したが……人間族じゃないだって?
「はい、私はユメラシア魔王国出身の魔族です。見た目は魔法で人間族の容姿に見せていますが……」
なるほど言われて見れば人間族とは違う気を纏っている。だが俺でもパイルに言われてから確認して分かったくらいなのに、よくパイルは気が付いたもんだ。
――などと驚いていたら、パイルが俺を見てニヤリと笑った。
「私だから気付けたのかもしれませんよ?」
「魔術師だからか?」
「いいえ、彼女がターナスさんと似た匂いをさせていたからです」
「「「匂い⁉」」」
俺は勿論、グレッグとアレーシアも驚いている。その横で、相変わらずハースとシーニャは「何事?」みたいな顔をしているのは……お決まりなのか。お前達も少しは関心を持て。
「匂いと言っても嗅覚で感じる匂いじゃありませんよ。何と言うか……ターナスさんは人間族や獣人族などには無い、独特な雰囲気があるんです。これはターナスさんから色々と指導を受けているうちに感じられるようになったのですが、それと似た感じを彼女からも受けるんですよ」
「ほう、それはちょっと興味深いな」
魔族と似た雰囲気か。レトルスが纏っている気と同じものを俺も纏っているのだとしたら、やはりそれは魔法が使えるというのが関係してるのか……も。
因みに、俺がこの世界に来てからというもの、ほぼ一緒にいるハースとアレーシアにもパイルのように俺の匂い的なモノが感じられるか聞いてみると、ハースは五感ではなく純粋に嗅覚で俺だと分かるらしいが、アレーシアは特に怪しい雰囲気は感じられないと言う。「怪しい雰囲気」とは失礼なヤツだが、アレーシアだから仕方がない。
「兎に角、ここじゃあ落ち着いて話も出来ないな。他に移って話そうか」
野次馬と化した冒険者たちの衆目に晒されながら話をするなんて無理なので、いったんフードコートの方へ行って……と思ったが、ギルド内の同じフロアなのだから殆ど意味が無いな。
ならば外に出るしかないか。
「ギルドのブリーフィングルームを借りましょうか?」
考えあぐねていたらアレーシアが提案してきた。
「部屋が借りられるのか?」
「勿論です!」
俺の問いに答えたのはアレーシアでも他のメンバーでもなく、その後ろに隠れていたギルド職員だった。
なんでも特定の冒険者に指名依頼があった場合に使われる部屋で、だいたいが懸案事項のある案件を冒険者に説明する為に設けられているらしい。
軍隊の作戦会議室のようなモノが、冒険者ギルドにもあるってことか。
案内されたブリーフィングルームに入った俺達は、自分たちがこれから行おうとしている「人間中心主義との戦争」について、レトルスに説明する事から始める。
「――そういうワケで、俺達は攫われた亜人種族を見つけて救い出すのが第一の目的ではあるが、最終目標は『人間中心主義の壊滅』であり、その為にガーネリアス教やそれを国教とする国々と戦争をする。場合によっては敵対する者全てを殲滅する事も辞さない。仮に、亜人種族の中に自らの意思でガーネリアス教会と通じて他の亜人種族を売ってるヤツがいれば、例え亜人種族であってもソイツを殺すだろう。そんな俺に付いてくる事が出来るか?」
「私も亜人種族を裏切る同族なら容赦しません。それに、既に獣人族のお仲間がいるじゃないですか。彼女たちも同意してるという事ですよね?」
ハースは問題ないだろう。だがパイルとシーニャは……と、彼女たちに視線を向けると、二人とも大きく頷いて同意である事を示してくれた。
それを見たレトルスは俺に向き直ると、覚悟を決めるように決意を示す。
「お願いします。私もターナス様のパーティーに加えて下さい。どうかお仕えさせて下さい」
「ああ、因みに俺達はこの六人で一つのパーティーというワケじゃないんだ。グレッグ、パイル、シーニャの三人は<宵闇の梟>というパーティーだが、俺とアレーシア、それにハースはパーティー登録はしていない……寄り合い? というか、まぁ仲間ではあるがパーティーじゃない。ただし、今はこの六人でクランとして行動している……って事でいいんだよな?」
何となく不安に思い皆に確認を取ると、皆揃って頷いたので安心した。
「まぁ、というワケだ。ハッキリ言ってしまえば、全員の命が掛かってる。勿論、俺は誰一人として死なせる事はない。だが、俺の一存で君を加える事は出来ない」
そう、もう既に俺一人が勝手に物事を進めていい状態ではないんだ。クランとして行動している以上、一心同体でなければならない。
そこに、今のところはまだ得体の知れないレトルスを認められるか否かは、皆の気持ち次第だからな。
「皆さま――――」
「レトルスだったな。聞いておきたい事がある」
彼女が言い終える前に、グレッグが制して言葉を放った。
「魔族である君が俺やアレーシアといった人間族と一緒にいることに、不満や不安はないのか?」
「ありません。今までも人間族とパーティーを組んでいましたし、私自身、憎いのは我等亜人種族を蔑む連中だけです」
「憎いとは?」
「私の両親はトラバンスト聖王国軍に殺されました。たまたま国境近くの街に仕事で訪れていた時にトラバンストの侵攻が始まり、街の人たちの避難を手伝っていたところを殺されたと、両親に救われたと言う女性から聞きました。その時に、形見となってしまった母の指輪も渡されました」
レトルスもまた、家族を殺された亜人種族の一人だったか。
彼女の言葉を聞いたグレッグが皆の顔を見渡すと、アレーシアとパイル、そしてシーニャも頷いた。それは――レトルスを仲間に加える事を承諾するという意味だろう。
「彼女、嘘は言ってない」
シーニャがポツリと呟く。グレッグによればシーニャは相手の嘘が見抜けるのだと言う。――因みに、猫獣人族であるハースにも同じ能力があるはず……らしい。俺もアレーシアもそんなの初耳なのだが……。
「ターナス、どうだ?」
「ああ、どうやら覚悟は出来てるようだしな。拒む理由は無さそうだ」
「ありがとうございます!」
俺の言葉を聞くやいなや、レトルスは勢いよく立ち上がって深く頭を下げて礼を言うと、皆も笑顔で「よろしく」と迎え入れた。
「では、ターナス殿。彼女を仲間に加えるのであれば、先程我々に話してくれた事を彼女にも教えて良いのだな?」
「ああ、そうだな。じゃあ説明は支部長さんに任せる」
こうして、仲間として加わったレトルスには、ギルドが知る『亜人種族の救世主である死神』の説明が成された。