第46話 ギルドとの団結
※脱字修正しました。
胸に矢が突き刺さって貫通している女の冒険者に歩み寄ると、背中側の鏃部と胸側の羽根部をそれぞれ掴み、掴んだ矢を伝って体の内部を読み取る。
(これならいけるだろう)
矢のシャフトを体の中で分断しつつ、胸側と背中側の両方から引き抜いていく。
そして、シャフトを外に移動させるのと同時に、体内の損傷した部位を修復していく。
体内の損傷を修復する速度に合わせて矢を抜いて行くので、感覚的にはかなり長く時間が掛かっているように感じるが、実際に傍からこれを見ている連中にとっては、おそらく時間など気にならない程に衝撃的に映っているはずだ。
身体の両側から完全に矢を引き抜くと、それまで刺さっていた部分も修復されて、肌の表面はまるで何事も無かったかのように無傷の状態であるが、纏っている服には矢が刺さっていた事を示す破れた穴と、その周囲を染める血痕が残ったままである。
直す気になれば服も修復出来るが……そこまでしてやる事もないだろう。
「これで問題無いはずだ。何処かに寝かせてやってくれ」
「助かったのか? レトルスは無事なのか?」
この場にいたほぼ全ての魔術師が「治癒不可能」と諦めた為、この男も絶望に打ちひしがれていたのだろう。懐疑的な目で俺を見ると同時に、彼女が助かったのだと確信したい気持ちが見て取れる。
「大丈夫だ、あとは目が覚めるのを待てばいい」
男は俺の言葉を聞くと、何度も礼を言って感謝の意を示すが……。
それよりも周りのざわつきの方が煩わしく感じてくる。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
声のする方に振り向くと、ギルドの制服を着た職員らしき人物がいた。
「冒険者さんを救って下さり、ありがとうございます。少しお話があるので、奥へお願いできますか?」
「パイル、どうしたらいい?」
「行きましょう。職員さん、私たちも同行していいですよね?」
「えっと……あなた方は?」
「私たちは二等級パーティーの<宵闇の梟>で、彼と一緒にクランとして行動を共にしています」
「承知しました。それではご一緒にどうぞ」
どうしたらいいのか分からなかったのでパイルに訊ねたが、結局全員でギルド職員に付いて行くことになった。
◆◇◆◇◆◇
「冒険者ギルド、アトーレ支部の支部長をしてるゴーランだ。先程は冒険者を救ってくれてありがとう。感謝する」
職員に案内されるままギルド内に入ると、建物二階にある応接室のような部屋へ通された。そこで暫し待っていると、身形の良い服を着た中年の男が現れて頭を下げた。
支部長という事は、ここでの最高責任者なんだろうな。
「他に出来る者がいなかったみたいだから仕方なく――グホッ!」
突然、アレーシアに脇腹をどつかれてしまった……。
「申し訳ありません。彼はいろいろと常識的な事を知らないものですから、ご容赦下さい」
「いや、問題無い。何しろギルドにいたどの魔術師も治癒出来なくて諦めていたのを救ってくれたのだからね。何を言われても頭を下げるしかないのはこちらの方さ。――ところで、そちらの名前を聞いてもよろしいかな?」
「俺はターナスと言う。ここにいる皆は俺の仲間であり友人だ」
「俺はグレッグ。二等級冒険者で<宵闇の梟>というパーティーのリーダーをしているが、今はターナス等とクランとして行動している。こっちがパイル、その隣がシーニャ。二人が<宵闇の梟>のメンバーだ」
「私はアレーシアと申します。三等級冒険者です。今はターナス様と行動を共にしています。こちらの猫獣人族はハース。冒険者ではありませんが、一緒に旅をしています」
グレッグとアレーシアがそれぞれ紹介してくれたが……これって俺が言うべきだったのかな? まぁ、どうせ常識的な事を知らない俺ですけどね。
「丁寧にありがとう。さて、本題に入るとしよう。職員の話によるとターナス殿は詠唱をせずに治癒を施したそうだが、魔族なのかね?」
「いや、よく訊かれるが魔族ではない。だが魔法が使える」
「それは……理由を聞いても?」
そう言われても、理由を明かしてしまっても良いものなのだろうか?
考えあぐねて皆の方に目を向けると、グレッグ、アレーシア、パイルは頷いている。ハースとシーニャは……無関心のようだ。
「はぁ~っ、まぁいいか。俺は創造神ラダリンス様から力を授かり、亜人種族を『人間中心主義』から解放する為に『死神』としてこの世界に送られた者だ」
「死神……? ラダリンス様から力を……⁉」
「それについては、ここにいる全員が真実だと保証しよう。ガーネリアス教典における死神……タナトリアスの化身で間違いない」
「死神タナトリアスの化身……。何故そう言えるのか、説明してもらえるか?」
ゴーラン支部長の疑問に対し、グレッグ、アレーシア、パイルの三人が今まで見て来た俺の行動を事細かに話し出す。
正直言って、聞けば聞くほど自分が何をやったのか蒸し返されているようで、非常にむず痒いし……ちょっと恥ずかしくなってきた。
「死神タナトリアス……か。事実なら亜人種族にとっては救いの神になるな。勿論、ランデール領をはじめ、ムスターク領やカラム侯国にとっても歓迎すべき存在ではある。逆に、トラバンスト聖王国やガットランド王国にとっては悪しき存在として警戒されるだろう」
「もともと『人間中心主義』をぶち壊すために、ラダリンス様から力を授かったんだ。その諸悪の根源でもあるガーネリアス教も抹消する。場合によっては殲滅……国ごと消し去る事も辞さない」
万が一、この男が『人間中心主義』側だったらと仮定して、少し脅しのつもりで軽く殺気を放つと、ゴーランは息を呑んで体を硬直させる。
「……冒険者は人間族も亜人種族も関係なく平等だ。勿論、亜人種族を守るための規則もきちんとあるし、人間族の冒険者も亜人種族への偏見を持たない事が登録時に約束されている。だからこそ、冒険者ギルドは全面的にタナトリアス殿を支持させて頂く」
「ランデールの城塞内で起きていた亜人種族の拉致殺害事件は、さっき言った通りだが、この街でも兎獣人族の冒険者が、ガットランドの者と思われる人物に襲われたという話を聞いてる。ただ、その冒険者たちが登録をしたシャットの冒険者ギルドが、亜人種族襲撃に関係している疑いがあるのだが……何か知らないだろうか?」
「その話ならば、既にギルドとしても手を打った。シャットの冒険者ギルド支部にガーネリアス教会の間者が潜っていたのだ。一部の冒険者がギルド職員に不信感を抱いたことで調査をしたら、トラバンスト聖王国から送られたガーネリアス教会の間諜である事が判明したのだよ。それで念の為シャット支部は閉鎖した」
「……で、そのガーネリアス教会の間者はどうなった?」
「トラバンスト聖王国に抗議する為、中央城塞に送られた。おそらくトラバンストは認めないだろうから、間者は裁判に掛けて処遇を決めることになるだろう」
ふむ、取り敢えずシャットの街では同じ問題が出る事は無くなったワケか。
「アトーレ支部は問題無いんだろな?」
徐にグレッグが支部長に問い掛けるが、これまでの話を聞けばそう思うのも当然だ。
「ああ、それは大丈夫だ。ウチでは二等級冒険者パーティーの<雷光>が目を光らせている」
<雷光>とは五人組のパーティーで、アトーレのギルドでは冒険者の相談役や指南役も請け負っているほど、ギルドからも他の冒険者からも信頼されている二等級冒険者の集まりだそうだ。
「俺達は攫われた亜人種族の行方を追って、ユメラシアからガットランドへ向かう。亜人種族が危険な目に遭わない様、警戒してもらいたい」
「ああ、任せてくれ」
ゴーランと握手を交わすと、俺達は応接室から退出してギルドのメインフロアへ降りて行った。
すると――
そこには此処に来た時以上に多くの冒険者たちが集まっていて、それらの目が一斉に俺達の方へ向けられたのだ。




