第45話 不穏な動き
アトーレの街でもガットランド王国絡みの獣人族襲撃があったと知り、詳しい情報を得る為この街の冒険者ギルドに向かった。
ギルドの建物内に入ると、ギルトアの時と同じ様に取り敢えずフードコートに居場所を確保する。
「ご注文はありますか?」
注文を取りに来た兎獣人族のウェイトレスに、グレッグ任せで注文をする。
「食事がしたい。パンとスープを人数分頼む」
適当に腹にたまる物を注文し、待つ事暫し――パンとスープを先程の兎獣人のウェイトレスともう一人、人間族のウェイトレスが運んできた。
テーブルに置くのを見計らって、グレッグが声を掛ける。
「聞きたい事があるんだが、少し前に獣人族の冒険者が何者かに襲われたんだって?」
「ああ、それですか。バーガスト荒野の先にある小さな集落から出てきたばかりだって言う、兎獣人族だけのパーティーなんですよ」
兎獣人のウェイトレスが答える。
「兎獣人族だけ? いくらなんでも、それは危険過ぎるだろう。亜人種族なら登録する時に、人間族の上級冒険者とパーティーを組むように説明されるはずだ」
「シャットのギルドで登録したそうなんですけどね。何の説明も受けなかったらしいですよ」
グレッグとウェイトレスの話を聞きながら、アレーシアが亜人種族が冒険者になる時の注意事項について教えてくれた。
それによると――
「亜人種族は三等級になるまで単独または亜人種族のみでの行動は禁止。必ず自分よりも等級が上の人間族冒険者とパーティーを組むこと。その際、人間族の冒険者はギルドから推薦を受けた信頼のおける人物であること。三等級以上になればギルド推薦は必要としないが、同等級以上の人間族とパーティーを組むこと」と、亜人種族を守るための規則が冒険者にはあるのだと言う。
これらの規則はランデール領やカウス領、ムスターク領などの人間族主権領地でのみ決められている規則なのだそう。
襲われた初級冒険者の兎獣人族は、これらの説明を受けていなかった為に、危険な目に遭ったという事らしい。
「シャットの冒険者ギルドは、何故そんな大事な説明をしなかったんだ?」
「さあ? でも昨日シャットから来たパーティーが言ってましたけど、シャット支部が一時的に閉鎖されたそうですよ。理由は知らないって言ってましたけどね」
「そうか、ありがとう。俺は<宵闇の梟>のグレッグと言う。もしまた何かあったら教えてくれ」
横で聞いていただけだが、なかなかにキナ臭い話に感じる。
「そのシャットっていうのは、何処にあるんだ?」
「シャットはアトーレから東に丸二日ほど行った所にある。街としては小さいが、そこから歩いて半日程度の所に、ニースという兎獣人族の村があるんだ。多分そこの若いヤツなんだろうな」
「そういえば……」
何かを思い出したのか、急にハースが口を開いた。
「セサンからニースに行った刃物売りのおじさんに『ハースはニースに行かない方がいいぞ』って言われたことがありますね」
「理由は聞いたか?」
「いいえ。ただ『ニースはそのうち人がいなくなるかも』って言ってた気がします」
内容からは何が起きているのか分からないが、ハースに「行かない方がいい」と言った理由は、何らかの危険性があるからだと思われる。
しかし「そのうち人がいなくなる」とは……どういう事だろう。村に何らかの危険が迫っていて、住民が他の土地へ避難せざるを得ない……とかかな?
ともあれ、そのニースから若者が出て行って他の街で冒険者になる道を選ぶってのは、別におかしな話ではないと思うが、気になるのは登録を受け付けたギルドの職員が亜人種族向けの重要事項を説明しなかったことだ。
「シャットのギルド職員が、今回の一件に係わっていたという事でしょうか?」
アレーシアの言葉に俺もグレッグも考えを巡らせるが、そんな気もするし、違う気もするし……なんとも答えが出せない。
「もし、シャットのギルドが意図的に亜人種族の新人冒険者に何の説明もしないのだとしたら、他のベテラン冒険者が不審に思ったり、ギルドに注意したりするんじゃないか? そもそも既に冒険者として活動してる中堅ならば、誰でも知ってる事なんだろう?」
「……言われてみれば、そうですね」
「ギルドとしてじゃなくて、ギルド職員の誰か……だったら?」
頷くアレーシアの横で、今度はパイルが疑問を投げかける。
「特定の職員がそれをやっていたとして、やはりベテラン冒険者や他の職員から注意を受けるんじゃないか? 尤も、今回被害に遭った連中だけだったのなら分からないが……」
「「う~ん……」」
理由は分からないが、取り敢えず問題の根幹であるシャットの冒険者ギルドは一時的とはいえ閉鎖されたというし、現状では俺達がどうこう出来る事はないだろう。
考え考え疑問のやり取りをしていたら、自然と手が止まってしまいスープが冷めてしまっていた。
目を瞑ってまだ考え込んでいるアレーシアとパイルを余所目に、俺とグレッグは冷めたスープに口を付けつつ苦笑いする。
「誰か! 誰か治癒を使える魔術師はいないか!」
突然、慌ただしくギルドの扉が開かれると、男が大声で叫びながらフロアに飛び込んできた。
「どうした! 何があった⁉」
「仲間が重傷なんだ! 誰か助けてくれ!」
飛び込んできた男にギルド内にいた冒険者が駆け寄ると、どうやら男の仲間が重傷を負ったので治癒が使える魔術師に助けを求めに来たという事のようだ。
ギルド内にいた魔術師の冒険者たち数人が駆け付けてギルドの外に出て行ったので、魔術師であるパイルも席を立って向かって行く。俺達も顔を見合わせてその後に続いた。
ギルドの前は人だかりが出来ていて、その中心に件のケガ人がいるようだ。
「無理だ。これじゃ治癒を掛けたところで助からない」
「ああ、ダメだ。悪いが諦めてくれ」
人をかき分けて前に出ると、胸に矢が突き刺さった女が横たわっていた。
矢の鏃は貫通して背中から飛び出ているため、これを抜かなければ治癒を掛けられないのだと誰かが言っている。
「パイル、お前でも無理なのか?」
「ええ、あの矢を抜かなければ治癒を掛けたところで意味がありませんし、かと言って無理に矢を抜けば血が噴き出ますし、場合によっては抜いた衝撃で死ぬかもしれません。何れにしてもどうにもならないです……」
「分かった。――皆、ちょっと下がってくれ」
俺は魔術師たちや女の仲間を退かせて、女の身体に突き刺さっている矢の鏃と羽に手を掛けた。
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