第41話 日課牧歌
ユメラシア魔王国を経由してガットランド王国へ向かう事にした俺達は、トラバンスト聖王国とユメラシア魔王国の紛争地帯である国境付近から離れた、アトーレという街を目指すとする。
ただし、アトーレまでは距離がある為、夕暮れ時に到着すると宿の空きが無いかもしれない……というパイルに従い、手前のカルゴ村を宿泊地とした。
「皆、忘れ物は無いか? 出発するぞ」
宿屋併設の馬繋場で馬車を引き取ると、グレッグの言葉に皆が頷く。
そして、日が昇るのと同時に馬車を動かしてギルトアの街を後にした。
御者台に座るのはシーニャとハースの“仲良し義姉妹”コンビだ。
パイルの話によると、カルゴ村までの道中は深い森や険しい山を通る事はなく「ゆるやかな高低差のある道をひたすら進むだけ」らしい。
確かに丘による起伏はあるが、アップダウンはそれ程厳しくはない。
もともとがある程度標高の高い土地だからか、見える景色は『草原』と言うよりも『高原』といった雰囲気に近い。
「良い景色だな」
荷台の後ろから、のんびりと流れる時間と牧歌的風景を眺めていたら、つい呟いてしまった。
「天気も良いですからねぇ」
誰かに伝えたかったワケじゃないが、背中越しにアレーシアが答えてくれた。
「このところ移動中はバタバタしてましたからね。少しは何事も無く平穏に過ごしたくなりますよ」
「それは嫌味か?」
「違いますよ! 別にターナス様のせいで――とか言ってないでしょう」
「そんなに慌ただしかったの?」
アレーシアの言葉にパイルが笑いながら問う。
「私、もともとトラバンストで中央聖騎士団と戦闘行為になっちゃって、命からがら逃げたものの、殺されかけたのよね。そこをターナス様に救われたんだけど……それからは何故か、巨躯猪狩りやら野盗狩りやら山岳狼狩りやら、毎日行く先々で血を見てるわね」
「うわぁ~、ターナスさんって本当に死神なんですね」
「いや、ちょっと待て! 俺はアレーシアやハースに無理矢理やらせてなんかないぞ。野盗は兎も角として、巨躯猪も山岳狼も二人が自分から進んでやったんだって」
「まぁ否定はしませんけど? あれだけ斬れるショートソード持っていれば、使いたくなるってものでしょう」
「それ分かります! ターナスさんが魔法掛けてくれたナイフの切れ味ったら、そんじょそこらの高級品なんか目じゃないくらい切れますものね!」
「それに関しちゃ俺も同意だな。俺もショートソードで森林狼を斬った時に、斬ったはずなのに斬った感覚が無くて焦ったもんな。あんなの持ってたら、そりゃあ試したくなるよ」
「うんうん」
シーニャも大きく何度も頷いている。
「私もナイフを強化して貰いましたけど、私は魔術師ですからねぇ。戦闘で刃物を使う事が無いからなぁ……」
「パイルはターナスから魔術……ってか、魔法を魔術で再現するのを教わってるじゃないか。死神から直接教えてもらえる魔術師なんて、他にいないぞ?」
自分だけ戦闘用の武器が刃物ではないパイルが愚痴をこぼすが、実際には他の魔術師からすれば羨むほどの待遇にいるのだと諭されると、納得したのか更なる欲望が芽生えたのか……俺に笑顔を向けた。否、笑顔というよりも悪巧みの薄ら笑いに見えてしまうんだよな。
そんなこんなで、長閑であるが故に冗談話も出て自然と時間が経過していた。
陽も高くなってきて、そろそろ今日最初の食事にしようと誰かが言った。腕時計を見ると10時少し前だ。
ここまで来る間に小さい集落や村はあったが、時間も早かったので立ち寄る事はなかったから、小休止はしたものの纏まった休憩は初めてになる。
場所的には周囲に何も無い辺鄙な所ではあるが、見晴らしが良くてピクニックとして見れば最高のシチュエーションかもしれない。
俺が荷台から食べ物の入った木箱を持ち出し、グレッグがワインの入った小樽を降ろす。アレーシアとパイルはそれぞれ敷物やコップを持って降りる。
適当な所に車座になって座り、木箱からパンと生ハム、粒マスタードを取り出すと、アレーシアにナイフでパンに切れ目を入れて貰い、そこに生ハムを挟み粒マスタードを掛けた簡素なサンドイッチを作って皆に渡した。
「このパンは宿屋で買ったものですけど、時間が経っても柔らかくて、スープに浸さなくてもそのまま食べられるのが良いですね」
「ああ、このパンは野菜肉巻きに使っている生地と同じモノで作っているらしいからな。それで柔らかいまま持つんだそうだ」
野菜肉巻きに使ってる生地は、クレープやタコスに似たモノだった。おそらく小麦粉を使っているのだと思うんだけど……その辺のところは良くワカラン。
この世界でも、作って間もないライ麦パンは普通にそのまま食べられるのだが、日持ちするからと何日も置く事があり、そうなると汁物に浸して柔らかくしないと食べられたもんじゃない。
「そういえばターナスさんって、食事に関してはグレッグみたいに拘りがあるみたいですね?」
「そうか? あまり気にした事はないが……」
パイルに言われて考えてみたが、この世界に来てからというもの、食べ物には特に不満を感じた事無いんだけどな。
お粥でもスープでも、質素だけど不味い食べ物には出会ってない。
「鳥肉に目が無いみたいでしたけど?」
「単純に鳥肉が好きなだけだよ。豚や牛も食べるけど、そっちはステーキよりもハンバーグ派だしな」
「「「「「ハンバーグ?」」」」」
うおぅ! 五人揃ってハンバーグに興味を持つかい。
「ハンバーグってのは、豚肉と牛肉をミンチにして混ぜ合わせたモノを、丸く潰して鉄板の上で焼いたモノさ。この世界ではまだ無いのかな?」
「馬の肉はミンチにしますけど、豚や牛の肉をミンチにするとは……聞いた事がありませんね」
「馬は食うんだ?」
「働けなくなった馬は食肉にされますよ。ただ、硬くて食べ難いからミンチにしてスープに入れたりするくらいで。ターナスさんは馬の肉って食べたこと無いんですか?」
「無いこともないんだが……。俺がいた世界というか、住んでいた国では他の肉と一緒に加工されるか、馬刺しと言って生で食べる習慣があってな。俺も一度食べたんだけども、どうも俺には合わなかった」
「いやいやいやいや、肉を生で食べるとか。死神ってそんなの食べるんですか⁉」
パイルだけじゃなく、グレッグとアレーシアにも怪訝な顔をされてしまった。
ハースとシーニャが特に反応していないのは、獣人族には生肉を食べる文化があるって事なのだろうか? 敢えて聞きはしないが……。
「死神だからじゃないわ! だいたい馬刺し用の肉はそれ用に飼育された馬で、馬車とか農耕とかで使われていた馬じゃないんだよ」
「食べるための馬を飼育する……?」
馬刺しもそうだが、レバ刺しなんてのもあるんだけどな。まぁ、生で食べるのは魚の刺身が殆どとはいえ、それだって嘗ては日本くらいだったもんだからなぁ。
これ以上は言わないでおこう……。
まったく、ただの食事休憩が何故か俺のゲテモノ扱いになってしまったのが解せんが、これも長閑過ぎるが故の戯れと思えば許せるか。
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