第40話 出立前夜
重要な会議というワケでもないが、一応は真面目に計画を立てようと話し合っているはずなのに……何故かいつも脱線してしまうんだよなぁ。
「それでは、ユメラシア経由でガットランドに向かうという事で、次の目的地はアトーレという事でよろしいですか?」
アレーシアが確認するように皆の顔をグルっと見渡す。
「安全にユメラシアに入るのなら、それが良いだろうな」
それにグレッグが答え、皆も頷く。それから、パイルが挙手して付け加えた。
「ギルトアからアトーレまでは、日の出と同時に出発しても到着が日暮れ頃になります。日が暮れてからだと宿が満室になる可能性があるので、その手前にあるカルゴの村で一泊した方がいいかもしれません」
「俺はアトーレ付近はよく知らんし、それはターナスも同じだろう。その辺はパイルに任せる」
「分かりました。それでは出発はいつ頃にします?」
「明朝でいいだろう。夜明け前に起きて準備を整えて、日が昇るのを待って出発するとしよう。そうすれば今晩は宿で飯を食って、ゆっくり体を休めるとしようじゃないか」
グレッグの言葉に全員賛成の意を示し、その後は揃って宿屋の一階にある食堂に出向く事にした。
「鶏肉の丸焼きはあるかい?」
食堂で開口一番に聞いたのは、鶏肉を一羽丸々ローストしたモノがあるか否か!
「鶏のグリルならありますよ。料金は小銀貨一枚上乗せになりますけど」
「ああ、じゃあそれを俺と彼女に」
そう、予めハースにも何が食べたいか聞いてみたら、案の定「大きな鶏肉」との返事だったのだ。
ローストチキンではなくチキングリルとの事だが、そんなのはどうでもいい。こんがりと焼けた鶏の皮を想像するだけで、口の中には唾液が溜まり、腹は大きな音を立ててしまう。
勿論、鶏のグリルだけではなくパンとスープ。それにサラダも頼んだ。まぁ、サラダとは言ってもリーフレタスと玉葱がメインでスプラウトが少々乗っているだけなので、俺がこの世界に来て最初に食べた『肉野菜巻き』に入っていたのと同じなんだけどね。
鶏肉のグリルは想像してた通り。前世でのチキングリルのようなモノではなく、単に串刺しにして炙り焼きしたバーベキュー版『鳥の丸焼き』だ。
だがそれがイイ! 正直、丸齧りして食らいつきたい程だったが……流石にそれは出来ないので、ナイフで切っては刺して口に運ぶ。
多分、味付けはオリーブオイルと塩だけなのかもしれないが、全てにおいて薄味なこの世界の料理なので、ガッツリと味も食感もあるこの丸焼きは食べ応えがある。
「ターナス様、ハース、もう少し落ち着いて食べませんか?」
一応、行儀は気にしていたが……それでも少しがっつき過ぎたか?
「あ……ああ、悪い。ちょっと行儀悪かったか」
「……うむあえん、おういいおえ」
「ハース! 口に入れたまま喋るなんて、行儀悪いわよ!」
「まぁまあ、ハースも楽しみにしてたんだ。なあハース? 仕方ないよなぁ?」
「……ゴクン、ハイ!」
「まったく……」
確かにハースはがっつき過ぎだ。まぁ、ハースだってセサンに居た頃は、とてもじゃないがこんな料理は食べられなかっただろう。それに、マナーとか気にせず食べるのが一番美味しく食べられるからな。
彼女の嬉しそうな顔を見てるだけで、こっちも幸せな気分になれるってもんだ。
「ハハハ! ターナスも意外と庶民的なんだな」
そう言って大笑いしているグレッグは、それこそ意外とゆったりと食事をするので、装いさえ違えば貴族にも見えそうな気がしないでもない。
尤も、食事に関しては妥協しないとの事で、食べたいと思えば躊躇わず注文するから、テーブルの上に並んだ料理の品数は<宵闇の梟>の面々の方が多い。
「明日からは少し質素な食事になるかもしれませんからね。アレーシアも今のうちに、食べたい物を食べておいた方がいいよ」
「ええ、そうするわ。気にする時間と労力が勿体ないものね」
パイルに言われて納得するアレーシアだが、その呆れ切った言葉は俺とハースに向けられたものなんだよな……。
「そう言えば、明日の道中では野獣なり魔物なりが出るような場所はあるのか?」
何となく、毎度毎度道中で狩りをしている様な気がするので、取り敢えずその事をパイルに訊ねてみた。
出たところで俺達からすれば危険度は低いだろうが、余計な時間を取られるのは面倒くさいしな。
「カルゴ村までの街道はワリと開けた所を行きますから、特に狂暴な野獣や魔物が出る事は無いですね。出るとすれば犯罪者集団の野盗くらいでしょうか。尤も、野盗程度ならターナスさんやグレッグで片付けられるでしょうから、問題無いと思いますよ」
確かに、その程度なら問題ないか。
その時「野盗」という言葉を聞いたハースが、食事の手を止めて俺に訊ねた。
「ターナス様、また野盗が出るんですか?」
「いや、出るかも……ってだけだ。前回の様な事にはならないだろう」
「あっ、いえ。別にそういうんじゃなくて。もしまた野盗が出たら、今度はシーニャ姉さまに教わった戦い方をやってみたいなって、思ったんです」
「ほう、シーニャに戦い方を教わったのか」
「はい。えっと、お母さんに教わったのは、一人で戦う方法だったんですけど、シーニャ姉さまはコンビネーションっていう方法で戦うんです」
シーニャは猫獣人族亜種の豹族だが、豹ってのは単独で狩りをする動物だったはずだ。尤も、ネコ科の動物で群れで狩りを行うのはライオンくらいだったか。
まぁ、この世界じゃ兎だって獣人となれば肉を食べるワケだし、前世の動物と同じに考えちゃダメなんだよな。
「機会があれば、ハースとシーニャに任せるかもしれないから、その時は頼むぞ?」
「はい!」
チラっとシーニャの方を見ると、あのいつも無表情に近い彼女が、余程嬉しいと見えてハースに顔を向けてニコニコしている。
そのシーニャの姿を見ているグレッグとパイルも、何故かニヤニヤしている。
『ああいうシーニャの姿は珍しいのか?』
『ああ、シーニャは殆ど感情を表に出さないからな。まぁ、だからといって無関心ってワケじゃないんだ。あれで時々冗談を言ったりもするからさ。だけど、あんなにもニコニコした顔は本当に珍しいよ。よっぽどハースちゃんを気に入ってるんだろう』
こそっとグレッグに聞いてみると、やはりシーニャにとってハースは妹のような存在になっているのだと実感した。
その晩は、食事を楽しみながら一層と六人の親睦が深まったように感じた。